第20話 プロジェクト


 さて、とうとう放課後になってしまった。部活に所属せずまっすぐ帰る生徒が本当にうらやましい。俺もいつもはそっち側に立っていたのに。


(まあ、文句を言っても今更か)


 なってしまったものは仕方がない。風紀委員において、どうすればいかにサボれるかを重点に行動するのみ。少なくとも責任を持たされる役職などはまっぴらごめんだ。


 俺は荷物をもって集合場所となっている教室へと向かう。信頼ならない連中がはびこる教室に自分の荷物を置いていくという選択肢を基本俺は取らない。昔はそれで痛い目を見てしまった。


 集合時間のぴったり五分前に着いた俺。教室に入るとすでに何人かの生徒が教室の中で待機していた。中にいるのはいかにも真面目そうな生徒たち。きっとこいつらは自ら志願して風紀委員会に入ったんだろうな。


 俺に遅れて続々と生徒たちが集まってくる。中には俺のように気だるそうにしていた生徒も数名おり、いかにも面倒くさそうな顔をして教室の中にある椅子に座っていた。ちなみに席順は早い者勝ちだった。当然俺は後ろの端っこの方に座りじっくり教室全体を眺めている。


(利用できそうな生徒は、あんまりいないな)


 パッと見た感じだが流されやすそうな生徒はこの委員会の中にはおらず、責任感を持っていそうなやつらもほんの一部だけだ。正直に言って能力不足になる者がほとんどな気がする。


 そうして全員の生徒が集まった時、教室の前の扉から入ってくる教師がいた。だが俺はふと違和感を覚える。


(あれは……たしか生徒会の顧問をしてる先生じゃ?)


 たしか一年の学年主任をしている高橋先生だ。記憶が正しければ情報の授業を担当していたはず。厳格そうな先生で下の学年にあまり人気がないが受験を控えた生徒からは的確な指導をしてくれるとのことで人気が高い。

 この学校では委員会の掛け持ちはできない。そしてそれは生徒だけでなく教師もだ。よってあの先生がこの風紀委員会の集まりに顔を出すのはおかしい。

俺だけでなく数名の生徒が疑問を持つ中、その答えは続いて入ってきた意外な人物の口から答えられることになった。


「全員、揃っているかしら?」


(……うそだろ)


 思わず二度見してしまったし、何ならその後吹き出しそうになった。この場にいるというのが違和感バリバリだし、周りにいる生徒たちも明らかに戸惑っていた。だがそれに構わず今入ってきた二人は自己紹介を始める。


「一応自己紹介しておく。一年の学年主任をしている高橋聡だ。本来は主に生徒会の方を見てる」

「皆さん、改めてご挨拶を。生徒会の会長を任されております椎名遥です。本日は事前に知らせず突然お邪魔して申し訳ありません」


(義姉さん、マジで何してんの?)


 当たり前だが俺は何も聞かされていない。突然現れた義姉に驚く俺だがそんなこともつゆ知らず、義姉はさっそくとばかりに話し始めていく。


「さて、皆さん。私たちがここに来た理由ですが、新しいプロジェクトを風紀委員会と生徒会で連携させて展開するということが生徒会と職員会議で決定したからです」


(新しい、プロジェクト?)


 なんだ、不穏なワードが聞こえてきた。そういえば昨日義姉さんに風紀委員会に入ることを言ったら苦い顔をされた。もしかしてあれはそのプロジェクトとやらが原因か?


「ここ最近、一年生を中心とした騒々しさが問題になっています。これは例年にないことで異常な事態だと生徒会は認識しました。原因は三つほどありますが、プロジェクトの前にそれを紹介していきましょう」


 一年生の問題を他学年の俺たちに持ち込まないでほしい。本来ならそれは一年生の間で解決するべきことだ。


(いやでも、あの義姉さんだぞ?)


 他学年の事とはいえ生徒会の一員として人一倍責任感のある義姉さんなら何かしらの手は尽くしたはず。だが、その結果がこれ。もしかして、解決しようとしてもできなかったのか?


 そして義姉さんはその原因とやらを話し始めていく。


「まず一つ目は、芸能活動をしている女子生徒の入学です。非常に人気があり、男子が首ったけになって彼女のことを口説いたりとしています。そして本人はそれを拒否し続けるためイラつき始める男子たちが増加しています」


 芸能活動をしている女子生徒と聞いたら、そんなの一人しか思いつかない。あの七瀬ナツメと呼ばれるハーフの子だ。とうとう俺のクラスまで噂が聞こえ始めたので、間違いなく義姉さんのクラスにも噂は届いているはず。

 俺の周りの奴らも思い当たることがあったのか真剣な顔をして聞き入っていた。


「そして二つ目ですが、反社会組織……いわゆるヤクザと繋がりを持つ生徒が入学してきたことです。繋がりというのは具体的に言うと血筋のことで、彼らのリーダーを務めている人物の息子が今年この学校に入学してきました」


 ざわざわざわ……


 反社会組織。その言葉を聞いてほとんどの生徒が身構えて動揺しざわめき始めた。だがそれを落ち着けるかのように高橋先生が全員に説明する。


「その生徒は私のクラスの生徒だ。反社と聞いて悪い印象を持ったかもしれないが、彼自身に問題があるというわけではない。多少乱暴な言葉遣いと鋭い目つきが目立つものの、素行そのものは真面目な生徒のそれだ。」


「そして、そんな彼を悪く言う人たちが複数名いるのです。ヤクザの息子と悪いイメージを持ってしまうのは仕方ないかもしれませんが、それに加えて自分のクラスメイトにも怖がられて本人が落ち込んでるらしく、先日になって担任の高橋先生に相談したのだとか」


(いや、担任に相談て)


 仮にもヤクザが揃う組織を見て育ったのならもう少し強いメンタルをもてよ。一般家庭で育った俺でさえ中学校の時はわりと頑張ったんだぞ?

 まあ、頑張った結果があれだったが……


 俺がその生徒と過去の自分に呆れていると、義姉さんは話題を断ち切り改めて話し始める。その瞳は、学校を本気で良くしたいと思っている者の目だった。


「最後ですが、これは例年に引き続きかもしれませんね。校内外でのマナーだったり挨拶だったりと、当たり前のことを当たり前にできている生徒が意外に少ないんです。これでは、いつまでたっても学校が変わりません」


 義姉さんは心配するような表情を見せ俺たちにそう言った。義姉さんのあんな顔を見る機会はあまりないので俺は少しだけ驚く。周りの生徒たちは義姉さんの方を真剣な顔をして見ていた。


「生徒会だけでは対処しきれないのである程度の業務を風紀委員会に委託しようかと考えていたが、それでは効果が薄いと職員会議で判断された」


 義姉さん代わって今度は高橋先生が話し始めた。きっとここから最初の話に繋がってくるのだろう。俺たちに、何をさせる気だ?


「生徒会と風紀委員会が連携して、共に学校の見回りや挨拶の呼びかけをすることになった。本来は風紀委員会の顧問は七宮先生がすることになっていたのだが、私が特例で兼任することになった。七宮先生には補佐の要員になってもらう予定だ。よって、これから風紀委員会の皆には生徒会の業務の補佐と、例年通り行っていた風紀向上活動の双方を行ってもらう。これが新たに採用された、生徒会と風紀委員会の合同プロジェクト、校内風紀促進運動だ」


(……マジですか)


 生徒会と風紀委員会の連携。それが最初に言っていたプロジェクトとやらだろう。だが、それでは風紀委員会の負担が増えるだけではないか?

 俺がそう考えていると、高橋先生は再び喋り始める。


「もちろん君たちの負担をただただ増やすつもりはない。ある程度の業務は生徒会でも担うし、責任者として生徒会の者が代表を務めることになっている。君たちには、その人物の指示を聞いて業務をこなしてほしい」


(責任者?)


 それはもしかして義姉さんの事か?

 そんなことを考えていたが、残念ながら違った。高橋先生は教室の外を見て義姉さんと頷き誰かを手招きする。


「さあ、君の初仕事だ。教室に入って自己紹介を」


「あ、はい!」


(この、声はっ!?)


 俺は一瞬だけ体が固まってしまうが、何とか冷静を取り戻しその方向を見る。そして案の定、あいつが来た。


「あ、えっと、今回のプロジェクトリーダーを任させることになった二年の新海桜です。まだ生徒会に入ったばかりですが、よろしくお願いします」


(そう、きたか……)


 俺が冷や汗を流していると、高橋先生は桜のことを話し始める。


「彼女は生徒会に入ったばかりだが非常に優秀な人間だ。それに昨年は風紀委員会の副委員長を務めていたので君たちの業務にも精通している。これらが彼女をリーダーに任命した理由だ」


 経歴と今までの桜を見てきた俺からしてみれば……確かに。彼女以上に適任な人材もいないだろう。あいつは、こういう揉め事に関して多彩な力を発揮する。


「それでは早速話し合いを始めましょう」


 若干オドオドしているものの、彼女はきちんと胸を張り高橋先生と義姉さんに挟まれるように教壇に立った。


(……どうする?)


 初めてかもしれないな。俺がここまで焦りを覚えてしまったのは。

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