第21話 孤独な告別式


 あれからしばらく時間が経ち、今日の委員会はお開きになった。


 今回の話し合いは軽い役割分担をするだけに留まった。新しいプロジェクトということでさすがに最初から飛ばすようなことはしないらしい。とりあえず、俺が何とか勝ち取った役割は……


(放課後の校舎の見回り……か)


 朝の挨拶を呼びかける運動や、備品の管理などの様々な役割もあったが俺は一番サボれそうなやつをチョイスした。これは教師や生徒含め誰の監視や指示も受けないのだ。これなら多少手は抜いたところで問題あるまい。


『……』


 まああの時、義姉さんにジトっとした目で見られていたことが脳裏に焼き付いてしまったが。まったく、義姉さんは俺を何だと思っているんだ?


 俺が帰ろうと荷物をもって教室を出ようとした時、誰かに呼びかけられる。


「あの、少々よろしいですか?」


「……」


 俺は静かに振り返り、できるだけ顔を合わせないようにその人物を見つめ返す。くそ、これはさすがに想定外だ。桜の方から俺に話しかけてきやがった。


「えっと、椎名さん、ですよね?」


「……そうですが、なにか?」


 できる限り自然体を装い俺は桜に返答する。声変わりなどを経ているためあえて声を変えたりはしていない。その方が落ち着いて話せると思ったからだ。


 その成果があってか、桜は俺に変な視線を向けることはない。ならば、どうして俺に話しかけてきた?


「すいません、個人的にお話ししてみたいなと。遥先輩の弟さんが同じ学年にいるとは知らなかったので」


「ああ、なるほど」


 そういうことか。俺に橘彼方の面影を重ねてではなく、義姉さんの義弟というプロフィールが気になって話しかけてきたらしい。


 あれでも義姉さんは結構おしゃべりだから俺のことを多少話題に出していてもおかしくはない。まして、自分が面倒を見ている後輩と自分の義弟が関わる機会になってしまった。確かに、面倒見のいい義姉さんなら俺のことをこいつに言っていてもおかしくはないな。


「これからよろしくお願いします。あなたのご活躍を期待していますね!」


「まあ、ほどほどに」


 そう言って桜は高橋先生の方へと踵を返した。少しだけヒヤリとしたものの、おそらく俺のことはまだバレていない。

 あいつが俺のことを知っていて、なおかつその感情を隠しているのだとしたら見事だ。しかしあいつにそんな技能はないし、そんな高度な技術を俺も教えていない。少なくともあいつは俺に期待と仲良くしたいといった感情を抱いていた。あれならば、まだ大丈夫だ。


(とりあえず、今日のところは急いで帰ろう)


 幸い活動を開始するのは明日からだし、毎日する必要はなく週に一、二回ほどだ。余計なことをしなければあいつと関わることもないだろう。そしてそれが、あいつと本当のお別れ。


(悪いな、桜)


 俺はお前と、もう関わりたくはないんだよ……



   ※



 俺が帰宅して一時間後に義姉さんは帰宅した。その表情は疲れ切っており激務を乗り越えてきたのだということが伺える。そして、帰宅早々俺に一言。


「あんた、桜にしょーもないこと話してないでしょうね」


 どうやら俺と桜が話していたところを見られていたようだ。義姉さんは不安がっているようだが、俺が義姉さんの陰口を言うことはない。そもそも、陰口をたたく隙が無いほどに義姉さんは完璧に近い人間だ。


「期待してるって言われただけだよ」


「そう。なら、あの子の期待に応えてあげることね」


「ほどほどにって答えておいたよ」


「……男として、少しはかっこいい所を見せようとは思わないの?」


 義姉さんはそう言って呆れつつ二階の階段を上がって行った。それにしても、男として、ね。


(……男として、か)


 別にこだわりはないのだが、その言い方は少し嫌いだ。俺は平等主義者というわけではないが、そのような枠を作ってしまうことで固定概念が生まれ、それが不平等に繋がっていくと思っている。簡単に言うと、変な決めつけをしてかかると痛い目を見るということだ。


 例として挙げるならそれこそ俺や桜だろう。俺は男だが女子のバレリーナくらい体を曲げることができる柔軟性を持っているし、最初は運動音痴だった桜も酔っぱらった暴漢の攻撃を素手で凌ぎきった実績を持っている。その双方は天性によって生まれつき持ち合わせていた才能ではなく、俺たちが努力して身に着けた後天的な特技だ。


(義姉さんの思考回路って、もしかして古い?)


 そういえば、俺はこの家に来る前の義姉さんを知らない。中学校も別のところに通っていたし、共に過ごした期間だってまだ一年くらいだ。


 俺と出会うまで、一体どこで生まれどのように育っていったのだろう。俺が聞いても義姉さんは答えてくれないだろうが。


(ま、別に知る必要はないし)


 特別仲がいいというわけでもないし、そもそも必要な情報ではない。ま、家族でいる間は変に危害を加えたりする予定もないしな。


 それと、さっきの痛い目を見るという話で思い出した。


(桜、俺が教えたことを継続してねぇな?)


 嫌いな男が教えた技術など使いたくもないといったところだろうか。無意識に魂が拒否して自分の成長を阻害している可能性がある。それならば、昔の桜の方がよっぽど脅威的だ。


 今の桜は、案外簡単に攻略できてしまうかもしれない。


 決めつけがよくないというのはわかっているが、なんとなくそんな気がしてならない。何かきっかけがあれば一発で崩れてしまうような……


(ふっ、そりゃまさにだな)


 選択を間違えること。それがどれだけ重く非情なことなのか、あの時身をもって知った。


 まったく、人助けというのはとことん報われない役割だ。そういう意味では、昔ばあちゃんに正義心を焚きつけられたのが人生における最初の間違いだったのかもしれないな。


(父さんも、あんなことやこんなことを俺に教えたりするから)


 そのせいで、他人を助ける力を持ってしまったではないか。父さんを信じすぎたことが俺の人生における二回目の間違いだった。


 ばあちゃんに心を作られ、父さんに様々な技術を身につけさせられたこと。それが、僕という間違いを誕生させてしまった。


(桜……いや、新海。俺に余計なことをしなければまだ許してやる)


 かつてのあいつの言葉に、どれだけ苦しめられたか。いまだにその時の言葉と顔が脳裏に焼き付いて離れない。ただ、別に恨んでいるというわけではないし無理に追い詰める必要性もなかった。


 だが万が一、俺のことに気が付いたりどうしようもない事態に陥ってしまうかもしれない。同じ学校という組織の中で過ごしている時点で、その可能性は常に存在する。これはもうどうしようもないことだ。


 如月のように赤の他人のまま絶縁関係に迫れればいいのだが、あいつ相手ではそれもかなり困難を極める。だが、もしそれができる可能性が僅かでも生じれば俺は間違いなくその手段をとるし、僅かな可能性も確実なものにしてみせる。


(もし、必要に迫られたのなら)


 他の生徒やすらも、利用できるものはすべて利用する。


 中途半端な橘彼方はもう死んだ。それならばあいつのことを気にかける必要性はもうない。


俺にとって新海桜は、もう他人なのだから。









——あとがき——

次話から少しずつ危なげな展開になっていき、主人公の秘密兵器(魔改造した防犯グッズ)も続々登場していくのでどうかご期待を!!!

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