第22話 生意気な後輩


 もはや登校が怠くなってしまった次の日の朝。

俺が学校の校門をくぐると早速挨拶運動をしている生徒がいた。風紀委員を主体とし、何名か生徒会のメンバーと思わしき人物も混ざっている。どうやら校内風紀促進プロジェクトとやらが本格的に始まったらしい。


 だが皮肉なことに、挨拶を真剣に返している生徒は三分の二も満たない。きっとみんな興味がないんだろうな。


「おはようございまーす!」


「……おはようございます」


 俺はできる限り下を向き聞こえるか聞こえないかのギリギリの声で挨拶を返した。風紀委員会だから知っていることだが、今回の挨拶運動で挨拶を返してくれた人を計測しているらしい。そしてそれを今後のデータに活かすとかなんとか。


(頼むからもう少し増えてくれよ)


 もし挨拶をする生徒が少ないと結論付けられてしまったら他の役割に就いているメンバーも朝っぱらからこの運動に参加させられる恐れがある。こんなくだらないことのために義姉さんくらい早く家を出るなんて俺にとっては拷問に等しい。俺は早めに起きてゆっくり朝の時間を過ごす派なのだ。そのおかげで寝坊なんてしたことがないさ……はは。


 そうして俺は素知らぬふりをして通り過ぎ、自分の教室へと向かう。俺の活動時間は放課後。本当に面倒くさい委員会に所属してしまったものだ。


 そうして俺が教室に入ると、すでに登校してきていた雪花と目が合う。どうやらあっちもあっちで大変らしい。席に座ってため息をつきながら音楽を聴いていた雪花に喋りかけられる。


「……契約って、まだ生きてる?」


「もう音を上げるのか?」


「……あいつ、私にいらないことまでやらせようとしてる」


 相も変わらず鋭い口調で愚痴をこぼす雪花。どうやら如月は雪花に学校の業務以外にも変な依頼をしているらしい。


『今度の定期テストの対策用の問題を作るの、手伝ってくれないかな? それをみんなで共有すればこのクラスの平均点を上げられると思うの!』


 今度のテストの予想問題って、まだ範囲すら発表されてないぞ。それに確か十科目以上あった気がするが……


「それで、できたのか?」


「……バカなの?」


 どうやら無理だったらしい。そりゃそうだ、俺だって範囲が定まらないとさすがに問題なんて十分に予想できな……ああ、そういうことか。


「俺に予想問題を代わりに作ってもらいたいと?」


「……私のことを、全力で支援すると記載されていた」


「ああ、確かにそう書いたな」


 あの契約書に従うなら確かに俺がその作業を雪花に代わりやることになる。だが、もちろん答えはノーだ。


「まあ、無理だな」


「……理由は?」


「範囲がわからないと作れるものも作れない」


「……はぁ」


 こういう類の誘いには、正論で返せば意外と相手が折れる。

俺ができないと答えると目に見えて落ち込む雪花。だが如月の提案を断っていないところを見る限り、こいつにも如月と向き合う覚悟ができているようだ。願わくば早いこと如月をコントロールしてほしい。そうすれば俺がいくらでも介入できる。


「……だるい」


 そう言いながらも教科書を読みふける雪花。大変そうで何よりだ。実を言うと、予想問題を作れないこともない。ただ、少々リスキーな賭けに出たり、担当の先生に目を付けられそうなので作れないのではなく作らないのだ。

頑張ればできるかもしれないが、それを言うと本当にやらされそうなのでだんまりするのを決めた。


「それに、これからは俺も委員会で忙しく……」


 俺が更なる言い訳をしようと思ったところで当の如月や七宮先生が教室の中に入ってくる。気が付けばホームルームの時間を迎えていたようだ。


 とりあえず俺は荷物を手早く整理し、眠そうに話し始める七宮先生を見ながら放課後のことを考え始めるのだった。



   ※



 さて、放課後になってしまった。とはいってもすぐに活動をするわけではなく帰りのホームルームが終わってからしばらく時間を空けることになっている。だから俺は雪花や如月が教室を出ていくのを見届けしばらくのんびりとした時間を過ごす。


(あー、やっぱあの二人が教室にいないだけで室内が浄化された気がする)


 そう思ってしまうのはここ最近あの二人に深入りしすぎたせいだろうか。だが、必要なことだったのであの時はやむを得なかった。これからはもう少し関りを減らしていくべきだろうか。


(っと、そろそろ時間だな)


 スマホを眺めていたらあっと言う間に一時間が経過してしまった。やはりすごいな現代機器は。時間なんてあっという間に過ぎてしまう。


 そして俺は重い腰を持ち上げて廊下に出た。荷物などは教室のないかにあるロッカーに全部突っ込んで早速学校内の見回りを始める。まずは一年生のエリアからだ。


(あーあ、早く帰りたいな)


 すでに夕方になりかけており、赤くまぶしい日差しが俺にとっては鬱陶しい。昔はこんな強い日差しの中でも外を駆け回っていたんだけどな。


「や……は……」


(……お?)


 なんか、女子生徒の声が聞こえた気がする。それも、かなり慌ただしかったような……


(……ま、見るだけ見てみるか)


 俺は声がした方に足音を殺しながら近づいていく。その方向に進むにつれて先程の声がより明確になって聞こえてきた。


「だから、自分はそんなことに興味ないんで他をあたってほしいっス!」


「まあまあ、そんなこと言わずにさ。ほら、今日はオフなんだろ?」


「そうだぜ、せっかく待っててやったのによぉ!」


「……はぁ、困ったっスね」


 あれは、男子二人が女子生徒一人に対して言い寄っているな。明らかにガラの悪そうなやつら。去年まであんな奴らは見たことないので恐らく新しく入学してきた一年生だろう。そしてそんな二人に言い寄られているのは……


(七瀬……ナツメ)


 金髪が夕日に照らされ碧眼が綺麗な女子生徒、あれは間違いなく七瀬ナツメだ。どうやら男子生徒二人に待ち伏せされたらしいな。方向的に、職員室から帰ってきたところだったのだろう。

 一年生を中心に風紀が乱れているとは聞いていたが、まさかここまであからさまなものだったとは思わなかった。そりゃ義姉さんもあんな困った顔をするわけだ。おそらく、あいつらのような生徒が今年はたくさん居たのだろう。


(見過ごすか?)


 面倒ごとには関わりたくない俺。だが、昨日の新海が言っていた言葉が脳裏にチラつく。


『もし校内で問題が起きていたらすぐに教師に報告を。緊急を要するようでしたら直接介入してくれても構いません。ただし、介入するのは危険がないと判断した場合のみで、その後は必ず委員会か生徒会に報告してください』


(……)


 ここで無視して立ち去ってしまった方が問題になるだろうか。このことが後に発覚してしまえば大問題になる恐れがある。もし本当にそうなれば、責任を問いただされるのはこの日に見回りをしていた俺自身……

なるほど、それだけは絶対に避けるべき事態だ。


「はぁ……」


 俺はやる気のなさを隠そうとせずポケットの中に手を入れる。自分が介入することで起きる問題を色々シミュレートしたが、どれもこれも面倒くさそうなことばかりで萎えてしまう。とりあえず、今はこれでサクッと終わらせよう。


さて、これを使うのも久しぶりだな。


俺はポケットから取り出した物体を手に構える。そして勢いよく栓を抜き男子生徒たちの足元に放り投げた。よし、しばらく投擲をしていなかったがコントロール技術は健在のようだ。


 カランコロン


少し間をおいて乾いた音が静かな廊下に鳴り響いた。


「あ?」

「オイ、何だこれ?」


 男子生徒たちはいきなりのことでよくわからなかったのだろう。目に入ったのは白いプラスチック製の丸い物体。一見すれば見慣れないものだが、これは小学生の時に誰しもが親に持たされていたもの。すなわち


 ピピピピピピピピピピピピッ!!!!!!!!!


 子供が最初に持つ最大の防犯グッズ、防犯ブザーだ。少し基盤とスピーカに手を加え音を大きく、音が鳴るタイミングは投擲することを考えて若干遅延するようにいじってある。今回は使わなかったが手に持ったままボタンを押せばフラッシュ機能が発動し目をくらませることも可能。さらにはGPSがついておりスマホで追跡もできるというおまけつき。

直接的な攻撃をするものではないが、あのような輩には効果的だった。


「な、お、おい、これって!?」


「チッ、どこのどいつだよ……おい、とりあえず走るぞ!」


 男子生徒二人は突然廊下に鳴り響いたけたたましい音に驚きその場を去っていった。そして残されたのは俺が魔改造した防犯ブザーと呆気にとられたままそれを見つめる七瀬ナツメ。まあ、このまま帰るわけにはいかないよな。

 俺はゆっくりと歩き七瀬ナツメの方へ近づいていく。


「大丈夫か?」


「え、あ、はい。自分は平気っスけど……」


 彼女の無事を確認したら俺は防犯ブザーを拾い上げ栓を元に戻し音を止める。本来ならもう少し音は大きくなったはず。長いこと使わなかったせいで基盤が劣化しているようだ。帰ったら中身を改めなければな。


 そんなことを考えていると、七瀬は俺の顔をまじまじと見てきた。ようやく緊張が解けてきたみたいだ。


「その、助けていただきありがとうございます。えっと、センパイ、っスよね?」


「……そうだな」


「フフ、何か変わった人っスねセンパイ」


 助けてやったのに変な人と評価された俺。あれ、何か最近恩をあだで返されることが多すぎないか。というか、変な人ってなんだよ。俺がため息をつきながらもと来た道を帰ろうとすると七瀬に呼び止められる。


「あ、ちょ、ごめんなさい、ちょっと待ってほしいっス!」

「……なんだ?」


 なぜか回り込まれた。つい失言してしまったと直感したのか必死に七瀬は弁明を始めた。


「男の人って自分の事見ると目を変えるんスすけど……えっとほら、センパイは自分の事をそういう目で見てないっスよね?」


「……自意識過剰か?」


「ちょ、酷くないっスか!? 少なくとも今までがそうだったんスよ!」


 慌てて釈明を始める七瀬。なんか性格や口調が思っていたものとかけ離れていたからギャップを感じるな。もう少しクールぶったおどおどしている奴だと思っていた。というか、金髪碧眼なのになんだよその『~っス』は。似合わないにもほどがあるだろ。


「ほら、普通ここで自分を助けたことを恩に着せようとするはずですけど、センパイはそんな様子もなく帰ろうとしたじゃないっスか。だから言ったんっスよ、変な人だって」


「……ああ」


 なるほどそういうことか。確かに俺は異性に興味はないし関わろうとも思っていない。七瀬にとって俺のような人種は珍しいのだろう。

 それにしてもこいつ……


「でもあれっスね、センパイ根暗で内気っぽいっのに助けてくれたんスよね。その勇気、自分は感服したっス!」


「お前、よく人に生意気とか一言多いとか言われないか?」


「センパイ、自分を何だと思ってるんスか!?」


 あれ、何で俺が怒られてるんだ? というか、こんなにコロコロ表情が変わる奴だとは思っていなかったな。この女、喜怒哀楽がめちゃめちゃ激しい。雪花に見習ってほしいくらいには正反対だ。


「えっと、とりあえずありがとうございました! このお返しはまたいつか!」


「忘れてくれても構わないぞ」


「ヘヘ、一生忘れないっスよ!」


 そう言って笑顔で俺のもとから走り去る七瀬。どうやら、如月とは別の次元で厄介な奴と関わってしまった。あの手の奴は利用しようと考えず距離を置くのが最適解なのだが。


「フフ、やっぱりヒーローはいるんだっ!」


(ん?)


 なんだ、走りながら何かを呟いた気がしたがあまりにも小さな声だったので聴きとれなかった。まあ、俺には関係のないことだろうと思うことにする。


(それにしても……)


 近くであいつを見て確信したが、やはりあいつの運動能力は一般的な女子高生と比べてもずば抜けて異常に高い。先ほどの男子生徒なんて一瞬で制圧できるくらいの身体能力を持っている気がする。


(なぜ、無理やり振りほどこうとしなかったんだ?)


 非力で怖がりな女子ならともかく、あいつはあのそこら辺の男子たちを圧倒する力を持っているし、あいつらに対して恐怖を感じ怯んでいるようには見えなかった。それなのに、その力を発揮しなかったのだ。


(理解できないな。実現可能な力を持っていながら、なぜそれを使わない?)


 暴力に抵抗がある? モデルだから体が傷つくことを恐れている?


 可能性は無限にある。だが答えがわからない問いに挑戦していても生まれるものはない。とりあえず今は……


「「……」」


 廊下の端っこで睨んでいる男子生徒。先ほど七瀬に言い寄っていたガラの悪い二人が俺のことをずっと見ていた。


(……どうするかね)


 俺は二人に気が付かないふりをしてゆっくり自分の教室へと引き返した。










——あとがき——

どうも、激務を終え再び舞い戻った作者です。

昨日はTOEICで力を使い果たしましたが、今日は朝五時に起きで部屋の掃除をした後に全集中で書類作成を終わらせてその足で郵便局に行き簡易書留で書類を郵送しマックによってマフィンを食べながらそのまま一限目から五限目までバッチリ埋まっている学校に行って日が暮れた頃に帰ってきました。(一限目開始時刻が普通の学校より遅いのが何よりの救い)


ついでにここでお知らせしておくと、今これを投稿している時点でストックがゼロになりましたハイ。だってTOEICが終わっても、課題が……課題が……うっ……

ストックを溜めつつできるだけ早めに更新いたしますので、どうかお許しをっ!

(そう言いつつこれを投稿した後に課題に取り組んでおります)


追伸:誤解が生まれているので一応補足しておきます。作者、まだ就活を始める学年じゃありません。むしろ、ついこの前入学したばか……コホン、それじゃ今日はこれくらいで、また次回お会いしましょう!

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