第23話 乱暴なご挨拶


 この日は与えられた仕事をボイコットしてそのまま帰宅した。先ほどの男子生徒たちは俺のことを付け回したりすることなく無事に家までたどり着くことができた。

 あの程度の生徒なら気にすることもないのだが面倒ごとを起こされて俺まで指導を受けたくはない。というか、自衛の手段が相手にとってリスクのあるものばかりなのであまり使いたくないのだ。


「というかあいつら……」


 たぶん、朝に見かけた生徒の集団の中にいた。おそらく入学してからずっと七瀬に言い寄っているのだろう。あのような奴らがいるから風紀が乱れているとか言われてしまうのだろう。つまり、俺はあいつらに仕事を増やされているようなもので……


「あー、なんかイライラする!」


 どうして俺があいつらみたいなしょうもないやつらを取り締まらなければいけない?

 七瀬も声を上げることはできるだろうし、何よりそこそこの身体能力を持っているはずなのだ。あんな奴ら七瀬なら一捻りで……


「はあ、寝ようかな・・・・・・・」


 久しぶりに慈善活動をしてしまったためか体がすっかり疲れてしまった。やはりどうにかして風紀委員会を辞退するべきだったか。


 ガチャリ


 俺が改めて如月の貶め方を考えていると、夜遅くなって義姉さんが帰ってきた。どうやら今日も生徒会で遅くまで残って事務作業をしていたらしい。


「あんた、ちゃんと与えられた仕事はしてきたんでしょうね?」


「やることはやるさ」


「どうなんだか」


 そう言うと義姉さんはソファーにもたれるように座りこむ。あれ、なんか義姉さんいつもより疲れているような……


「義姉さん、なんでそんなに疲れてるの?」


「あんたたちに今までの仕事を投げたおかげで、私には新たな仕事が与えられたのよ。それも、実質一人でやってるし」


 風紀委員会と生徒会の合同プロジェクトは新海が実権を握っている。義姉さんはあいつや他の生徒会メンバーにその仕事をやらせている間に別の作業を一人で黙々と進めているらしい。


「そんな大変なこと?」


「……今度の体育祭の計画書よ」


「ああ、そういえばもうすぐ……でもなくない?」


 確か夏休み直前にあるイベントでまだ二か月くらい先だ。この学校は進学校でありながらきちんとやるべきイベントをすべて回収してあり、しかも受験を控えた三年生に負担がかからないように時期を考えてくれている。まあ、俺にとっては地獄のようなイベントだが。


「それより……今日なんかあった?」


「なんかって?」


「見回りをしていて、なんかあったかってことよ」


 ま、生徒会のトップに立つ人間からしてみれば、知りたいことではあるか。だけど、本当のことを話すと間違いなく仕事が増えてしまうため俺はあの男子生徒たちのことは喋らないで義姉さんに大体の概要を伝えた。


「そう、特に何事もなく静かに終わったの」


「うん、俺が早く帰れるくらいには」


「あんた……まさか面倒くさいからって途中でボイコットしたんじゃないでしょうね?」


「……」


「……お願いだから真剣にやりなさい」


 そう言って義姉さんは奥へと引っ込んでいった。たぶんシャワーでも浴びに行ったのだろう。義姉さんはイライラしている時やストレスが溜まっている時はとにかくシャワーを浴びたがる。多分疲れや悩みを洗い流したいのだろう。


 リビングに一人残された俺は先ほどまで義姉さんが座っていたソファーに座り込み、適当にスマホをいじりだす。


「はぁ、とにかく明日のことは明日考えよう」


 とは言いつつ、今後の計画をある程度考えスマホにまとめている俺なのであった。



   ※



 そうして次の日も変わらぬ時間帯に登校する俺。ちなみに義姉さんは俺が朝ご飯を食べている間にもう家を出てしまった。

 変わらない通学路にいつもどおり眩しい朝日。ただ、いつもと違う点が一つだけあるとすれば……


(完全につけられてるな)


 人数は二人。間違いく昨日の二人組だろう。完全にマークされたな、俺。


 七瀬の姿はこの時間にはない。どうやら通学時間をずらしたようで残念そうに、あるいはイラつきながら登校する生徒が目にチラつく。


(……まだホームルームまで時間があるな)


 俺は昨日考えたことを実行するべく、わざとらしく脇道に逸れた。そして脇道のど真ん中でスマホをいじって待っていると、やはりあの二人組が現れた。


「よぉ、先輩。昨日はやってくれたなぁ?」


「おいおい、そんなにスマホばっかりいじってたら目ぇ悪くなるぞコラ」


 二人組の男子は一瞬で俺に詰め寄り、強い力でスマホを持つ腕を掴んできた。どうやら思ったより乱暴な一年生みたいだ。


(こいつら、場慣れしてるな)


 たぶん中学生のころから喧嘩ばかりして過ごしてきたのだろう。そのうえで進学校に入学できるくらい頭がいいと。なるほど、こいつらの同級生たちは暴君の君臨にうんざりしていたのだと当時の情景が伺える。


 そして俺をコンクリートの壁に押し付け凄むように言ってくる。


「あいつは俺らが目を付けた女だ。これ以上余計な真似するなら、二度と学校に来れないようにしてやんよ」


「お前の顔、きっちり覚えたからなぁ?」


「……」


 俺は終始無言を貫き、あえて怯えたような表情を見せこの男たちと目線を合わせた。よし、こいつらの顔を完璧に覚えた。あとは名前とクラスも特定したいところだがそこまでする必要もないだろう。別に、俺がこの男たちと関わる必要はないのだ。


「……」


「チッ、とにかく次は承知しねぇぞ」


「ハハッ行こーぜ、


「おい、置いてくなよ


 そうして乱暴そうな後輩は去って行った。いや、乱暴そうなじゃないな。バリバリヤバめな一年生たちだ。まあ意図せず名前を知れただけでも良しとしよう。

 背が高い方がリクで、体つきがいい方がカイ……


(そういえば、ヤクザの息子が入学してきたんだっけ)


 もしかしてあいつらがそうなのだろうか。それにしては伝わってきた殺気に物足りなさを感じたが……


(あ、そういえば昔……)


 俺、中学生の時にヤクザの抗争を止めたことがあったな。あの時は既に新海と相棒のような関係になっていたが、まだ未熟なあいつを巻き込むのはさすがに危なそうなので俺一人ですべて片を付けた。そしてそれを新海に伝えることなく俺は普段通りの日常へと戻ったのだ。


 危うい場面が何度もあったが、かろうじて俺は生き延びた。そんな修羅場を乗り越えた俺だからこそわかる。あいつらはあちら側の人間ではない。


(やっぱりただ粋がってる一年生か)


 そう確信した俺はもと来た道を引き返し大通りへと戻る。ふと見ると、先ほどの男子生徒たちはニヤニヤしながら学校へと向かっていた。俺を脅せたことに満足と愉悦を覚えたのだろうかゲラゲラ笑っていた。あんなのと同級生になった一年生たちが不憫でならない。


 ま、俺にはそんなことどうでもいいが。


 そして俺はリクと呼ばれた男のポケットを見つめる。どうやらまだ気が付いていないようだな。


(さて、あいつらはどこまでやってくれるかね)


 俺はあの二人の乱暴さと理性のなさに期待しながら昼食を買うためコンビニへと向かった。気が付けば結構時間が過ぎていたことに気が付いた俺は急いでおにぎりを買い込む。今日はチャーハンとオムライスのおにぎりにしようと即決する。普段なら絶対にしない組み合わせだ。


 今日は早く家を出たはずなのに、結局ホームルーム開始までギリギリになってしまったことがどうしても解せない俺であった。

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