第24話 親友と心配


「うーん、疲れましたぁ……」


 放課後の生徒会室。時刻はすでに夕方で生徒会室の中には眩しい夕日が差し込んできている。運動部も片付けを始めている時間帯で、先ほどまで会議をしていた生徒会室にも気づけば私一人しかいない。

 今回のプロジェクトとは別に作成しなければいけない資料があり居残り中だ。私が多少パソコンを扱えると言ったら、他の役員の人に仕事を押し付けられたのだ。さすがに酷すぎると思う私だ。


「皆さん頑張ってくれていますけど、そこまで目覚ましい成果は得られてませんねぇ」


 遥会長や先生たちが話し合っていつの間にか決定していたという新規プロジェクト。多少の効果はあるかと思っていたのだが、先週と全く変わらない。このままでは骨折り損になってしまう。


「やっぱり、私には人の上に立つ器がありませんか……」


 勇気を出して入会した生徒会だが、まさか開始早々このような大役を押し付けられるとは思ってもいなかった。それに加えて意外と雑務も多いし、職員室に行って先生と話し合いをする機会も結構多い。


 この一週間、残念ながら私は生徒会において活躍できていない。まだレベルが足りていないのだろうか。


(それでも、あの時の彼にだけは負けるわけにはいかない)


 あの日から一度も連絡をしていないあの男。中学校時代に嫌なことがあり、それ以来一度も来ていなかった私の元恩師。事が起きてから気づいたのだが、私は彼のことを何も知らない。彼の連絡先や家の場所を知らないと気づいたのはすべてが終わった後だった。


「それでも、あの選択に後悔はしていません」


 あの男は、学校を自分勝手にめちゃくちゃにして、私にできた数少ない友人たちを泣かせた諸悪の根源だ。あの時の自分の行動に後悔はしていないし、あの日彼が起こした事件を許しているわけでもない。もし目の前にあの男が居たら、問答無用で組み伏せてあの時の子たちの前に引きずり出して謝罪させてやるのに。


「……今の私なら」


 筋力はわずかに低下してしまったが、それでもあの日々で彼に教えてもらった技術はすべて健在だし、新たにいろいろなことを学んだ。正直、犯罪者に教えられた技術なんて使いたくはないが彼に勝つためなら私は自分のプライドを捨てる。


「っと、いけないいけない、集中しないと」


 昔のことを思い出すと今でも腸が煮えくり返りそうだが、メリハリはきちんとつけなくては。今私は提出された資料をパソコンを使って高速でタイピングしながらまとめ、マルチタスクでまったく別の資料に目を通している。

 脳内処理の分離化、別名を並行思考。これは私が元々持っていた才能ではなくあの男に後天的に学ばされたものだ。

 思えば酷い出来事だった。


『よし! まずは、目の前のことを考えながら脳内で別のことを考える練習だ。じゃ、左手でルービックキューブを揃えながら右手で今日の宿題をやって、それと同時に僕としりとりを……』


『できるかぁ!!』


 そして最終的に出来るようになってしまった自分が少しだけ怖い。しかもあの男は私としりとりしながら姫路城の立体模型をピンセットで作成し、おまけと言わんばかりに足を使ってテト〇スをして遊んでいた。どうやったら画面を見ずにあれだけブロックを積み上げ連鎖させられるんだろう。しかも足で。

 おまけに私が一時間近くかけて解けなかったルービックキューブを十秒以内に揃えていた。……しかも足で。

 いったいどれだけ私の心が傷つけられたことか。あの男、何でも知ってるし何でもできてしまう。


「よーし、終わりましたぁー」


 そんなことを考えていたらいつの間にか今日中に終わらせるべき作業を終えていた。並行思考はこんな時に役に立つ。まあ、認めたくはないが。


「とりあえず、今日のところは帰りますかね」


 これ以上学校に残ったら迷惑になるし、遥会長もすでに帰宅している。おまけに日もだんだんとくれ始めてきた。

 私は急いで鞄に自前のパソコンを詰め込んで教室を後にする。鍵をかけ事務室に返却した後にはすでにクタクタになっていた。どうしてこの学校の事務室と来賓用の入り口は校舎の端っこにあるのだろう。ただでさえ広い学校なのに生徒会室からあまりにも遠すぎる。


「ふう、今日は早く帰って熱めのシャワーでも……」


 そう考えていた私はふと見知った人影を見かける。彼女は自転車にまたがり帰ろうとしていたが私に気づいた途端に自転車を降りて駆け寄ってきてくれた。


「桜ぁーおひさー!」


「……こんな時間まで元気なのはさすがですね……遊」


 彼女は如月遊。一年生の頃は同じクラスでよく一緒に過ごしていた友達であり、私の親友だ。部活が終わっても全くやる気や元気が萎えなることがないある意味凄い子。


 遊は良く訳の分からないことを言い暴走してとんでもないことをしようとするのだが、それを私が宥めて手綱を握っていたのだ。おかげで一年生の頃は遊係という謎の役割をクラスの中で担うことになっていた。まあ遊は悪い子じゃないし妹的な存在なので私としては可愛くて仕方がなかったのだが。


 そして何より……彼女と一緒にいるとなぜか落ち着くのだ。まるで、長年に渡り親交を深めた人と一緒にいられるような安心感があるような気がして……


 そうして私たちは気が付けば一緒に下校していた。遊は自転車から降りて私の歩幅に合わせてくれる。ちなみに私はバス通学なので最寄りのバス停まで一緒だ。


「なんか、こうして話すの久しぶりね」


「違うクラスになったし、私が生徒会に入りましたからね」


「もうぅ、相変わらずその敬語癖は抜けないの?」


「あははっ、呼び捨てにしてるだけいいじゃないですか」


 私は基本誰に対しても敬語を使う。一度だけその癖をやめたことがあったが、それを指摘してきた奴も今や私にとって敵だ。あの時の指示に従う道理はない。


「それより、新しいクラスになってからどうです? 迷惑とかかけてませんか?」


「なんで私が迷惑かけてる前提なのよ!」


「ふふっ、やっぱり聞かなかったことにしてください」


 絶対に迷惑をかけているだろうことは聞くまでもないだろう。生徒会の意見ボックスに遊(だと思われる)がいろいろやらかしていた旨が投稿されていた。驚くべきことに遥会長が対処したみたいだが、遥会長なら信頼できる。きっと私以上に適切な指導をしてくれたことだろう。


「友達は……できていないわけがないですよね」


「ふふん、もうクラスのほとんどと仲良くなったわ!」


「ふふっ、それはなによ……ほとんど?」


 勢いよく言っていたのでつい聞き逃してしまいそうになるところだった。


「ほとんどって、仲良くなれてない子がいるんですか?」


 遊は曖昧な表現をあまりしない。言うべきことははっきり言える子だし、誰が相手でも物怖じしないタイプだ。だからこそ、遊のこのような表現を聞いたのは初めてだった。


「え、あー……あははっ、まあ、気にしないで?」


「はぁ、遊がそう言うなら」


 少し不安になるが、遊に限って対人関係で後れを取ることはないはず。私が気にしすぎなのだろうか。


(対人関係で私がアドバイスできることなんて、何もないですからね)


 この件についてはあまり深入りしない方がいい気がする。遊だけじゃなく私まで痛い思いをする気配が漂ってきた。あれだ、地雷注意報だ。私にもいろいろトラウマが……うん、やっぱ深入りはやめよう。


「そっちこそ、友達はたくさんいるんでしょ? いいなー、私高校で急いで作った友達ばっかりだし」


「おや、そうなんですか?」


「そうそう、中学校までの私って真面目ちゃんだったから。急いでキャラ変したんだよねー」


「……」


 そのキャラ変は失敗だったのではと密かに思うが藪蛇な気がする。遊には、このままでいてもらおう。これ以上コミュ力を爆発させられたら何をしでかすかわからない。


「そういう意味では、私が本当に仲いいのは桜と……新しくできた友達の瑠璃ちゃんくらいかなー」


「瑠璃ちゃん、ですか。可愛らしい名前ですね」


「でしょでしょ! 無表情なんだけどちょっとむすっとした時に口の端を上げたりするところとか、すっごく可愛いんだよねー」


「……もしかして、それを見たいがためにその子に迷惑をかけたりはしていませんよね?」


「そんなことあるわけ……あるわけ、ないってぇ」


「がっつり目をそらしましたね?」


 まあ今気づけたなら大丈夫だろう。遊はおバカなところが結構あるが、一度体験したり経験すればきちんと覚える子だ。そこを信頼するしかない。それまでは頑張ってくれ、瑠璃ちゃんとやらよ……


 そんなことを話しているときが着いたら私たちは目的地のバス停についていた。私はここに残り遊はこのまま進んで帰宅するはずだ。本来なら電車で通う距離のはずなのに、ほんとよく頑張る子だ。


「とにかく、私は私で頑張ってるから、桜も生徒会頑張って!」


「……もちろん。ご心配ありがとです」


「ふふっ、桜と久しぶりに話せて元気が出てきたわ。じゃ、また明日ねー」


「はい、また明日」


 そう言って私たちは分かれた。するとすぐにバスが到着したので、すかさず定期券をかざして中へ乗り込む。運転席の近くにある席が私のお気に入りだ。


「ふう、今日も疲れましたー」


 私はいつも通り席に座って脱力する。バスに座る瞬間が一番落ち着くなど、ここまで忙しくなるのは予想外だった。私は押し寄せる疲労に耐えながら今日の授業内容を思い出す。バスの時間を無駄に過ごすのはもったいないから時間を有意義に使おうと思い、気が付けばここで僅かな時間を復習に充てることが日課になっていた。


「……」


 だから私は気が付かなかったのかもしれない。というか、そもそも見破る術を彼に教えてもらっていなかった。


 遊に話しかけられたあの時から、ずっと後をつけられていただなんて。



   ※



「……」


 私は次々に景色が変わる夜の町を眺めながら、ふと遊が言っていたことを思い出す。


『そっちこそ、友達はたくさんいるんでしょ? いいなー、私高校で急いで作った友達ばっかりだし』


「……」


(そんなことは、ないですよ)


 認めたくはないが、私が変わることができたのは間違いなく彼のおかげ。彼の影響で、私は変わることができた。友達? そんなもの、恐怖の対象でしかなかったのだから。


(ブス、貧乏、お化け……あとは、何でしたっけ)


 もうあまり覚えていない。それだけたくさんの言葉を、幼い頃から浴び続けてきた。


(悪いですね彼方。私は、あの時のことを一生感謝しますが、一生あなたを許しません)


 私は少しだけ思い出す。地獄のようなトラウマの日々と、それが突然一変し人の優しさを知った日。そして……また地獄が出来上がったあの日を。

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