第15話 言葉


「一応自己紹介しておくわ。私は椎名遥。あなた達が通う学校の生徒会長だけど、見覚えはある?」


 いきなり現れ、生徒会長と名乗る女。確かによく見れば、始業式の時あいさつをしていたような気がする。そしてそんな人物の登場に


「え、あ、はい」


「……椎名?」


 私と如月遊の反応は対照的なものだった。如月遊が予想だにしない人物の登場に驚いているのに対し、私は椎名という名前を聞いた瞬間にとある可能性に思い至る。


(……まさか、あの男)


 私が彼の狙いにようやく気が付いたところで、生徒会長である椎名遥は如月遊に対して厳しい視線を向けた。


「最近、学校の職員室に苦情が入ったの。うちの学校の生徒が、飲食店や通行人に騒音などの迷惑をかけているって。それは、あなたの事ね?」


「え、えっと……」


 如月遊は困惑しつつヤバいという顔をしていた。きっと彼女にも思い当たる節や言い訳があるのだろうが、それは彼女の行動が招いた結果なので弁解の余地はない。


だが、どうして生徒会長自らがわざわざ駅まで出向いて?


「言っておくけど、まだまだあるわよ。最近、生徒会に向けた意見ボックスであなたたちのことが通報されていたの。如月遊という生徒が同じクラスの女子に付きまとうなどのストーカー行為をしているって。本人が嫌がっているのにやめようとしないとか、そんな主旨の内容が書かれていたわ」


「私が、ストーカー?」


 なるほど、言い得て妙だ。だが通報されていたとしてそれが生徒会長の耳に入るまでの時間があまりにも短すぎる。事前にこうなることを見越して誰かがボックスに意見を入れていたとしか思えない。


 だが、そんなことは関係ない。生徒会長に説教でも食らえばいくら如月遊といえどしばらくは大人しくなるだろう。

 私がそのことに安心していると、生徒会長は私の方を見てきた。


「ところで、安心しているそこのあなた。あなたのことも書かれていたわよ」


「……え?」


 それは、被害者としてではなく?

 私がそんなことを思っていたら、生徒会長は呆れるように私に向かってその内容を教えてくれる。


「とある生徒がクラスの女の子のことをずっと無視しています。このままではいじめに発展してしまうかもしれません、ですって」


「……なっ」


 いじめに発展するだと? むしろ現在進行形でこちらがいじめられているようなものなのだが。そんなことを考えていると生徒会長は何か思い浮かんだのか顎に手を当て私たちに指示を出す。


「如月さん、と言ったわね。少し後ろに下がりなさい」


「え、後ろですか?」


「早く」


「え、あ、はい」


 如月遊は先ほどのストーカーという言葉がショックだったのか随分狼狽えていた。こんな様子の彼女を見るのは初めてだ。


「それで、もう一人のあなた。私が今から聞くことに答えて」


「……なぜ?」


「いいから、答えなさい」


 問答無用で命令されてしまった。だが彼女に逆らっても仕方ないので渋々その要求を聞き入れることにする。


「それで、質問だけど」


「……」


「如月さんは、どんな髪形をしてる?」


「……え?」


 如月遊が、どんな髪形をしているか?


「ほら、早く答えなさい」


 そんなことを聞いてどんな意味があるのか。彼女は確か……確か……


(……あれ?)


 そういえば、如月遊はどんな髪形をしていたっけ。迷惑になるほど私に付きまとっていた彼女だったが、いざ聞かれてみると彼女がどんな髪形をしていたか思い出せない。


「……なら、顔やその他は? どんな目で、どんな声をして、あなたと比べてどれくらいの身長なの?」


 声は、さすがに思い出せる。身長は私より高い。そして……


(……どんな顔、してたっけ)


 そういえば、彼女の顔をまっすぐ見たことがない。椎名彼方とは契約を交わすうえできちんと目を見て話したが、彼女とは一度も目を合わせていない。それどころか、次第に彼女のことを見向きもしていなかった。


「……はぁ、呆れるわね。それじゃ答え合わせよ。ほら、後ろを見てみなさい」


 私は生徒会長に促され、後ろを振り返ってみる。そこにはうざったるしくてもう見たくもない如月遊の姿が……


「……え?」


 私は思わずそんな声を出してしまう。だって、後ろにいたのは気味が悪いほど元気な如月遊ではなく


「う……ぁ……」


 涙を流しながら私のことを見つめる如月遊がいた。その顔は涙で酷いことになっており、先程の勝ち気な雰囲気など一切残っていなかった。まさか彼女のこんな顔を見ることになるなどと、私は内心ひどく驚くと同時にうろたえてしまう。


(……ど、どうして泣いている?)


 彼女がなぜ泣いているのか、私は一切理解できなかった。だが、私が原因であることは分かる。

 様子を見かねた生徒会長が、私たちを諭すように言う。


「あなたたちの件で一番悪いのは何をどう言おうと如月さん、あなたよ。彼女の気持ちを一切考えることなく、嫌がるようなことばかりをして付き纏った。あなたがよくても、周りからはそうは見えない。結局、あなたの自己満足で終わってしまっていたのよ」


「……ぁ」


 如月遊は答えなかった。きっと精神的に答えられる余裕はなかったのだろう。そして生徒会長は如月遊を無視し、次に私へと向き直る。


「そして、もちろんあなたにも問題はあったわ。彼女のことを見向きもせず、ただただ無視を貫き通した。言葉で表すのと、態度で表すのは違うのよ? そこのところ、あなたは分かってる?」


「……」


「さっきも少しだけ見てたけど、あなたは如月さんと話すとき一切彼女の方を見ていなかったわね。如月さんはずっとあなたのことを見ながら喋っていたのに対し、あなたは明後日の方向を向いて自分の世界に閉じこもっていた。もし自分が不快に感じていたのなら、しっかり言葉にしなければいけない。それもしないで一人でイライラしているのは、すこし痛いわよ?」


「……」


 ダメだ、言い返そうにもうまく言葉が見つからない。私が動揺していたというのもあるが、少しだけ納得してしまったということもある。確かに私は、如月遊と正面から向き合っていなかった。

 彼女のことを拒絶するにしろ、まずは目を見て話さなければ何も伝わらないし始まらない。


「……」


 私は初めて、如月遊と顔を合わせて向かい合った。すると彼女も恐る恐る、私の方を見て一度泣くのをやめる。


「その……雪花さん」


「……」


「もしかしなくても、私のしてきたことって、迷惑だった、かな?」


「……ええ」


 私は正直に、彼女に自分の気持ちを伝えた。すると彼女は顔を下に向け、ひどく落ち込んでいる。ここぞとばかりに、私は自分の思いをぶつけた。


「……あなたと私では、性格が合わない。正直付きまとわれるのも嫌だし、私は一人で静かに過ごしたい。それを、邪魔しないでほしい」


「……」


 如月遊は顔を上げたかと思うと再び顔を下に向ける。すると、小さな声だったが確かに聞こえた。


「ごめん、なさい」


「……」


 彼女は私に謝罪した。彼女でも謝罪はできるのだと少しだけ驚いた。だが、それでは終わらない。


「でも、それでも、友達になりたいって最初に言ったのは本当、だよ? 私は、雪花さんと友達になりたかった」


「……」


「でも、空回りしただけじゃなくあなたに迷惑かけて。私って、本当にダメだね」


 そう言って彼女は立ち去ろうとする。だが、それを生徒会長が止めた。


「待ちなさい」


「……え?」


「雪花さんはまだあなたに答えてないわよ」


「……あ」


 確かに、私はまだ彼女の謝罪に何も答えていない。というか、そもそも始まってすらいなかったのだ。ここで私たちは初めて、どこへ続くかわからないスタートラインへ立った。


「……私は、あなたを許さない」


「……」


「ものすごくストレスを溜めさせられたし、本を読む暇もくれなかった。正直、頭が痛い」


「……ごめん、なさ……」


 彼女はまた謝ろうとする。だが、それより先に私が言葉を被せてそれを阻止する。


「……だから、責任取って」


「……え?」


 私は、この女が嫌いだ。だからこそ、彼女に罰を与える。


「……私が教室で過ごしやすいように、全力でクラスを導け。問題ごとを抱えて爆発するな。私に、迷惑をかけないように全力を尽くせ」


「……」


「……本当にどうしようもなくて困っている時だけなら、力になってやる」


 私がそう言うと如月遊はまた泣いた。この女の情緒が不安定になってきたのが少し怖い。そんなことを考えていると生徒会長が苦い顔をしていた。


「解決したならよかったけれど、さすがにあなたたちはもう帰りなさい。少し注目を集めすぎたわ」


 よく見ると通行人たちが足を止めて私たちのことを見ていた。まったく、駅前でこんな言い合いや説教などするものではない。というか、駅員や地元の人は私のことに気が付いたようでアタフタしている。


「ゆ、雪花さん……」


「……あ?」


「や、やっぱり何でもない。えっと、また明日!」


「……ちっ」


「あ、ふふふ」


 私が舌打ちしたことの何がうれしいのかわからないが、如月遊は少しだけ笑顔になって改札口を通っていった。そして私はまだ残っていた生徒会長の方へと行く。


「……なぜ、あなたがわざわざここに?」


「あまり詳しくは言えないけど、生徒会に匿名で通報が入ったの。うちの女子生徒が一方の女子生徒を付きまとっていて駅前で口論をしているって」


「……」


 そんなことができる人物は一人しかいない。しかもその人物は周りを見てもやはり見つからない。そう考えると落ち着いたイライラが再燃してきそうだ。


(……この状況を、狙っていた?)


 だとしたら本当に、食えない姉弟だ。


 一体どこから彼らの掌の上で転がされていたのだろう。椎名遥も彼に一枚噛んでいるとしか思えない。きっとこの展開が彼の思い描いていた計画なのだと私は悟った。いや、もしかしたら、椎名遥さえも……


 答えが出そうもないことを考えていると、生徒会長が思い出したかように私の方へ再び話しかけてきた。


「そういえば、生徒指導の先生から又聞きであなたの家業のことを聞いたことがあるのだけど」


「……」


「安心しなさい。うちの学校にいるのは雪花瑠璃という一人の生徒。特別扱いしないし、偏見も持たない。職員室の間でも生徒会の間でも、一年前からそう取り決められているわ」


「……ご勝手に」


 生徒会長にそう言い、私は駅を出て一人歩き始める。少し釈然としないが、悩みの種が意外な形で解決? したのはいいことだ。まさかあの契約書に記載してあった通り、瞬時に事態が解決するなど思ってもいなかったが。


 とりあえず、明日は彼にすべてを聞いてみよう。そう決心し、私はまっすぐ帰宅した。










――あとがき――

9~10話を如月視点、11~15話を雪花視点で描いていましたが次話から主人公視点に戻ります。


彼方の計画は、まだ終わっていない……



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