第14話 限界点


 椎名彼方と契約関係を結び、放課後にどういう風に動けばいいかの指示がされた。私としては彼の指示に乗っかるというのもムカつくが、他の手段が今のところ思い浮かばないため彼の指示を聞くことにした。


「……」


 そして教室に戻ってから彼と言葉を交わすことなく一瞬で放課後を迎える。横をちらりと見ると、彼はさっそく帰る準備をしていた。相変わらず行動だけは早いことだ。


 そして私も帰るために準備をしていると、やはり今日も如月遊が近づいてきた。相変わらずのニコニコ顔が、今となっては不気味だ。


「雪花さん、今日も一緒に帰ろ!」

「……」


 私はうなずくことも断ることもなくそのまま静かに彼女の横を通り過ぎる。だが如月遊は何も言わずに私の横を並走してくる。これでは昨日と同じだ。


(……一体、何を仕込んだの?)


 椎名彼方は私に言った。できるだけ昨日と同じ行動をしろと。つまり、今日も彼女と一緒に一時間以上歩き回らなければいけない。


(……もしかしたら、昨日より)


 彼女は昨日、自分も電車で通学するとかそんなことを言っていた。下手をすれば一緒に電車に乗ろうと提案してくるかもしれない。そうなってしまえば、家までついてこられてしまう可能性だってあるし私が電車通学と噓をついたこともバレてしまう。


 噓がばれたところで問題はないが、今後の彼女の行動がさらに厄介になってしまうと予想することは容易かった。できる限り避けたいところだが、そこは他力本願になってしまうだろう。


「それで、今日はどこかに寄るの?」


 校門を出た私たちは駅前通りへと一直線に向かう。如月遊は駐輪所に寄ることなく私と一緒に歩いてくる。やはり今日は徒歩で来たのだろう。朝の登校時に自転車を引いていなかった時点で気づくべきだった。


「……」


 私はふと後ろの方へ視線を向ける。だがそこには見たこともない他人が歩いているだけで、見知った人物が見ていたり隠れている様子もない。


(……本当に、私たちのことを見ているの?)


 彼は昼休み、私にこう言った。


『できる限り昨日と同じ行動をしてくれると助かる。今日は俺もお前たちの後をつけるから』


 彼の言葉が本当なら、今もどこかで私たちのことを見ているはずだ。だが如月遊の隙をついて後ろを見たり、はたまた横を見たりしても椎名彼方がいる様子はない。もしかしたら、あの言葉は噓?


(……どちらにしろ、今日はやり切るしかない)


 もともと椎名彼方だって信用できるか怪しいのだ。もし今日がダメなら私がバカだったと諦めて一人でこの女をどうにかするしかない。もしかしたらこの街を出て行ってもらうことになるかもしれないが、それは私の知ったことではない。


「それでね、今日は数学のテストで八十点を……」


「……そう」


「そうって、雪花さんは何点だったの?」


「……満点」


「まんて……えっ、満点!?」


 さすがにすべてを無視するわけにはいかないので適当に相槌だけは返しておく。まあ、本当に適当だったが。結局私は下校中の間、彼女の方を見ることは一度もなかった。そんなことをしてしまえば、イライラが増してしまう。


 こうして私はできるだけ昨日と同じルートを通り、昨日とほぼ同じ時間に駅の前に辿り着いた。同じく下校中の生徒もおりかなり賑わっている状態だ。


 そして……


「雪花さんって上りと下りどっち方面に乗るの?」


「……」


 やはり来た。きっと如月は方向が同じだったら同じ電車に乗るつもりだろう。ここから先の質問には、慎重に答えなければいけない。


「……あなたは?」


「私? 私は上りかなー」


「……なら私は下り」


「へぇ、下りなんだぁー?」


 私が適当に返すと、如月遊は私にニヤニヤと笑いかけてくる。まるで悪いことをして子供を見つめるような視線。一体、何なんだ?


「知ってる? ここの駅に上りも下りもないの。内回りと外回りって普通呼ぶのよ」


「……」


 なるほど、やらかした。確かに普通はそう言うのだが、彼女がそう問いかけてきたのでそういうものなのだと思って適当に答えてしまっていた。これは純粋に私の注意不足だ。


『気をつけろ、あの女意外とずる賢いところがあるから』


(……)


 彼の忠告を今になって思い出した。あの時はたいして気に留めていなかったが、彼の言葉は本当だったようだ。この女、変なところで鋭い。


「もう、どうしてそんな噓ついちゃうの?」


「……それは」


 お前が目障りで仕方ないからだ。頼むから必要以上に関わらないでくれ。


そんな人情味もないことを口にできたらどれだけ楽だろうか。だが、それを言ってしまえば彼女も私もどうなってしまうかわからない。ここから、どうすればいい? もう私にもわからない。


「ほら、ちゃんとこっちを見て雪花さん」


「……」


 ああ、もう……限界かもしれない。私は肩だけではなく腕に力が入ってしまっていた。


無言で如月遊のことを見つめ返す。私が彼女に手を出してしまうまでもう秒読みだった。これ以上彼女と一緒にいると、どんな酷いことをしてしまうかもうわからない。それほどまでの激情に、私は炙られていた。


「雪花さん?」


「……」


 そして……






「あなたたちね、問題の生徒たちは」


 聞いたことのない声が、私と如月遊にかけられた。


「え?」


「……っ!?」


 如月遊はその人物の方を見てすごく驚いている。一方の私は咄嗟に意識を取り戻し自分のやろうとしていたことに気づいた。もし今の声がなかったら、私は如月遊を……


 彼女につられるように私もその方向を見てみるが……誰だこいつは?


(……いや、どこかで)


 かれこれ一年以上過ごしている一之瀬高等学校のどこかで、確実に顔を見たことのある女子生徒。口ぶりと胸元のリボンの色からして恐らく三年生だろう。その人物は険しい顔をして私たちの方へ近づいてきた。


「始業式の挨拶でもうしたのだけれど、念のためもう一度自己紹介しておくわ」


 その女子生徒はどこか威厳に満ちた態度で、私たちの前に立ちはだかった。そしてその態度に恥じない口調で、私たちに告げた。


「私は椎名遥。あなた達が通う学校の生徒会長だけど、見覚えはある?」










――あとがき――

今日は調子がいいので22時にもう一話更新します。

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