第13話 契約
昼休み。直前の時間が小テストだったので大半の生徒はその結果を教え合いにぎわっている。今回の小テストは比較的難しかったようで、多くの生徒が苦笑いをしながらお昼ご飯を食べていた。平均点は大体六十点ほどだったので、かなりの生徒が苦戦して上位の成績を収めたのはクラスの中でもかなりの一部だったということがわかる。
今回の小テストは隣の席の人に採点してもらうことになっていた。だからもう自分と相手の結果は分かっているのだが……
「……おい」
「ん?」
「……ちょっと面貸せ」
動揺のせいでヤクザみたいな口癖になってしまったがそんなことを気にせず隣人を連れ出し教室を後にする。ここからの話は、教室の中でするわけにはいかない。ちなみにいきなり連れ出してしまったせいで椎名彼方は左手に開封しようとしていたコンビニのおにぎりを掴んだままだった。
「雪花さーん! 一緒にお昼食べ……あれ?」
教室の中から私のことを呼ぶ声が聞こえる。どうやら間一髪だったようだ。だが人気のないところがこの学校に……
「人気のない場所なら、一階の階段横に用具室があるぞ。とりあえずそこに行こう」
「……わかった」
彼は私の考えていたことを見透かすようにそう言った。つくづく読めない男だ。
そうして私たちは用具室へと向かい教室の扉を開ける。彼の言う通り鍵が開いていた用具室は誰も寄り付かない空き教室で秘密の話をするにはもってこいだった。ただ少し埃っぽいが。
「それで、どの話だ?」
「……その前に一つ聞きたい。あなた、何者?」
「……」
彼は首を傾げて不思議そうにしているが、もう誤魔化しはきかない。私は改めて先ほどのテストを振り返る。
「……あなたにもらった予想問題。私にとっては別に要らないも同然のものだった。あれがなくても、私は満点は取れた」
「おや、余計なお世話だったか?」
「……そうじゃない」
ぱっと見あの予想問題は勉強が苦手なものでもわかりやすかっただろう。だがそんなことよりも異常なことが起きていた。あの予想問題は……
「……なんで、出題される問題を全部当てられたの?」
あの予想問題の予想率はほぼ百パーセントだった。出題問題から使われている数字まで、全てが一致していたのだ。こんなの、問題を事前に知っていたとしか思えない。数学教師は私たちの担任でもある七宮先生だ。もしかしたら……
「……七宮先生に融通してもらったの? それとも、テストを盗んだ?」
「いいや、もっと簡単さ」
だが目の前の男は表情を変えず、答え合わせとばかりにあっさりと話してくれる。
「俺はこの一年、数学の授業を七宮先生に教わっていた。もちろん小テストだって何度も受けたさ。だからこそ、七宮先生を含むこの学年の先生が作成するテスト問題なんて容易に予想できる。特に七宮先生は図書室にある参考書の問題をそのまま使うし、その中で必ず一つ引っかけ問題を出してくる。だからこそ、簡単に予想できるのさ」
「……図書室の、参考書?」
私も何度か図書室に足を運んだことがある。決して広くない上によさげな本がなかったのであまり訪れる機会はなかった。けど、そこの参考書をそのまま使っている?
「……それは……教師としてどうなの?」
「あの先生は授業に関してどこまで手を抜けるかに全力を注いでいるからな。それにこの学校の図書室ってあんまり使われてないから、参考書を使っているという事実にほとんど誰も気がついていない」
たしかに、うちの学校の図書室を利用する生徒は少ない。最新の書籍なんて揃っていないし、参考書だって古臭いものばかりだ。けど……
「……なんで、そんなことを知っているの?」
「まあ、俺の特技みたいなものだ」
「……特技、ね」
どこか釈然としないが、目の前の男は私に証明して見せたのだ。自分が、有能な人間であるということを。
「それで、契約書の件について話すか?」
「……ちょっと待って、まだ聞きたいことがある」
契約書の件に関してはすでに答えを決めている。だからそのことについては焦ることがない。だがそれとは別に、私にはもう一つ聞きたいことがあった。
「……私はあなたの予想問題を見て満点を取った。別に必要なかったけど、それでも助けにはなった。それは認める」
「それで?」
「……どうして、なの?」
彼のテストを採点したのは私だ。だからこそ、その結果に目を疑った。
「……あの予想問題を作ったあなたが、どうして六十点という点数を取る?」
「ああ……」
的中率がほぼ百パーセントの予想問題を作った男。だが肝心のテストの点数は約六十点ほどで、間違えるはずのない簡単な問題をいくつか間違えていた。これは明らかに手を抜いていたとしか思えない。それに今回の平均点は、確か六十点ほど。
「……平均点を予想して、わざと点数を揃えた?」
「それくらいしないと、俺が楽をできないだろ?」
楽。その言葉の意味は多くのことを指している。
もし七宮先生が参考書を使っていることが生徒にばれたら新たな参考書を使うだけ。そうなってしまっては数学のテストで楽をできない。
それにもし、周りに頭が良いのがバレたら……
(……テストの結果で、上位者の中に椎名彼方なんて名前はなかった)
この学校の定期考査で上位三十位に入ったものは合計点数とともに廊下に貼り出されることになっている。私は毎回三位以内に入っているが、決して驕らずきちんと下の名前も確認している。そして間違いなく、この男の名前は載っていないし見たこともない。
(……入学当初から、この男は手を抜いている?)
そんなことをする意味が分からないが、ますますこの男のことが分からなくなったということだけは事実だ。
それが本当だとしたら、もしかして自分より……
(……いや、それはあり得ない)
私だって、自身の学力にはプライドを持っている。だからこそ、この男が自分より高い学力を保持しているかもしれないと思いたくはなかった。あるいは認めたくなかったのかもしれない。だから私は、この疑問を一度忘れることにした。
「……契約の件だけど」
私は話をすり替えるように先ほどの契約について言及する。契約を承諾するか否かは、テストを解き終わったときに決めていた。
「……本当に、こんなことが実行できるの?」
「俺はできないことをやろうと思わない」
そうして彼は再び契約書を出してくる。そこには、すでに彼の名前が書かれていた。あとは私の名前を書くだけ。
「……」
私はクラスのリーダーになるつもりはなかった。だが、あの女にリーダーを任せていたらクラスが崩壊するのは時間の問題。如月遊がダメになったとき、あのクラスのトップに立っているのは誰だろう。もしかしたら、時間の問題なのかもしれないと思い始めていた。
(……破滅の道をたどるか、悪魔と契約するか)
正直私はこの問題を一人で解決できるとは思っていなかった。如月遊という存在は、私のような人間とすこぶる相性が悪い。将来的に、私にとって害そのものになるだろう。それならば、取るべき手段は決まっている。
「……ペンを貸して」
「もちろん」
彼は用意していたのか、胸ポケットからボールペンを取り出す。もしかしたら、私が提案に乗ってくると確信していたのかもしれない。こうして私は書面にサインをした。
「契約成立。それじゃ、よろしくな」
「……慣れ合うつもりはない」
こうして、私たちは放課後から行動を起こすことになった。
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