第96話 疑念と解
「結局のところ、組織どうこうというより家族間の問題……か」
雪花関係で巻き起こっている問題。根本的な原因はそこにあるような気がした。親子の関係はうまくいっている。だがそれゆえにあの姉弟が父親との関係を壊すのを躊躇っているように思えた。だが、俺としてはそれでは困るかもしれない。
信也と理事長は雪花組から『何かしらの支援』を受けている。それが今の会話で確定した。つまり雪花の婚約話を解消することがその支援を断ち切ることに繋がる足掛かりとなるかもしれない。
「あとは信也たちが受けている支援が何なのか。それも探る必要があるな」
こればかりは本人たちに直接当たらなければわからないだろう。だがまだ関りのない組長には当然尋ねられないし、あの姉弟が素直に教えるとも限らない。だからこそ、別のところで仕込みが必要なのだ。
「……まだ帰るわけにはいかなくなったな」
最低限の情報は手に入れたのですぐに立ち去ろうとしていた俺だったが、そういう訳にもいかなくなった。俺はすぐにその場を離れ雪花家の中を歩きとある場所を探し出す。今からすることは、空き巣……いや、逆空き巣と言った方がいいかもしれないな。どちらにしろ犯罪まがいなことには変わりない。
「あいつが歩いてきた方向と寝ぼけた様子……間違いなくここら辺のどこかの部屋のはずだ」
雪花家は平屋なので二階に上がる必要がないが土地と建物がかなり広く部屋も無数にある。だから部屋を片っ端から開けて総当たりするしかない。俺は鍵がかかっていない部屋からそっとドアノブを回したり、あるいは引き戸を静かに引いて中の様子を探る。だが一向に目的の部屋らしき場所は見つからない。
「やはり、鍵がかかった部屋の方か」
俺はかけていたサングラスを外しフレームの部分を勢いよく折った。幸いこの家のセキュリティは一昔前のものらしく、鍵穴もスプーンがあれば簡単に開くレベルのもの。ピッキングスキルがない者でも簡単に開けられるのではないだろうか?
そうして俺は容易く鍵穴を回して施錠を解き、静かに扉を開け中に人の気配がないことを確認するとすぐにその中へと入った。そうして入ってすぐ横にあった照明のスイッチを入れる。すると……
「やっとあたりか。にしても……」
目の前に積み上げられた無数のカラフルな箱やポスター。未開封の者も大量にあるらしく、部屋の端に丁寧に置かれている。他にも少し大きめのクリアケースにフィギュアやカード、どこで買ったかわからないようなプラモデルが鎮座している。
「あいつ、この部屋にいくらかけてんだよ」
そうして俺はこの部屋の主、雪花にそう呟く。一応これでも親が再婚するまでは貧乏家庭で育っていたのだ。だからこそ、ここまで二次元にのめり込み散財できるあの女のことが少し怖くなった。あのフィギュアだけでも数十万円くらいの価値があると思う。少なくとも高校生が容易に手を出せるものではない。
「っと、目的を早く済ませないとな」
雪花の部屋に侵入していることが本人に知られたらさすがに取り返しがつかない。仮に弟に知られようものなら本当の意味で殺されるかもしれない。幸いにも今は二人揃って組員たちに構われているようでどこかに連れていかれていたのを目にしていた。とりあえず、一番目につきそうな場所を探す。
「まっ、オーソドックスに机の上か」
あのフィギュア台に置くのもありだが本人にとってはあって当たり前の者なので目にしない可能性がある。だから机の上に置く方が目に付く可能性が高いだろう。これは雪花以外の目に触れてはいけないものなので置く場所は慎重に選ばなければならない。
「まっ、二人分のプライバシーが駄々洩れになったところで、俺は困らないし別にいいけど」
そうして俺は雪花の机の上に一通の手紙を丁寧に置いた。あいつがこれを見たところでこの手紙に従うかはわからない。だが、選択肢の一つとして頭の片隅に引っかかってくれていれば、それで十分。結局のところ他人任せなのは否定できない。
「さて、やることも終わったし帰るか」
そうして俺は外に人の気配がないことを確認し素早く外を出て改めてこの家の裏口を目指す。一応顔を見られないようにするため、折ってしまったサングラスを鼻パッドの部分を支点にして装着する。だが、その道中で。
「……」
向かいから、雪花がまっすぐこちらへ歩いて来るのが見えた。俺はできるだけ自然を装い彼女の隣を通り過ぎようとする。だが……
「……ねぇ」
「はい、何でしょうかお嬢」
「……あなた、誰?」
どうやら雪花は俺という異物に気が付いてしまったらしい。だからこそ彼女は警戒心マックスで俺の前に立ち塞がった。声を変えて話しているが、気づかれてしまうと厄介だ。通ろうと思えば彼女を振り払って裏口を目指すことは可能だ。だが、後から騒ぎや問題ごとになるのは避けたい。
「お目通りが遅れて申し訳ありません。先日からここでお世話になってる三浦と申します」
「……そんな話、私は何も聞いてない」
「いきなりだったもので。翡……坊ちゃんに確認していただければ裏は取れるかと」
「……」
雪花は俺という存在をとことん怪しんでいるようだ。翡翠のことを出した上でそう簡単に信じてはくれないらしい。いや、むしろ疑心感が強くなってしまっている。もしかしたら、今までで一番のピンチなのかもしれない。
だが
「安心しろ、姉貴。そいつの言っていることは本当だ。オレが家に招いた」
彼女の背後から翡翠がやって来て俺の存在を容認していることを彼女に伝えた。そしてそれを聞いた雪花は一瞬だけギョッとするも自然と警戒心を解いていた。やはり弟がいるだけでこいつの刺々しさが一気に抑えられるらしい。これは貴重な情報だな。
「翡翠、本当?」
「ああ」
「……そう」
そうすると、雪花は翡翠から目線を外し俺のことを睨みつけながらゆっくり歩いて俺の横に立つ。そして
「翡翠に変なことしたら、コロス」
そう言って俺の横を通り過ぎた。きっと脅しとかではなく本当の事なのだろうな。だが、どうして弟にそこまで執着するのだろうか。家族だからとか、あるいその垣根を超えた近親相愛などの事情があると考えていたが、もしかしたらそれ以外の理由があるのかもしれない。だが、俺は過去を遡ることはできないので今は保留せざるを得ないだろう。
そんなことを想っていたら、今度は雪花とは逆の位置を翡翠が通り過ぎていく。そして、過ぎ去り際に、俺に耳打ちした。
「もうてめぇは出てけ。これ以上ウチに関わんな。あと……姉貴に手を出したらコロス」
そうして俺には目もくれず自室があるであろう方向に消えていった。それにしても脅し方が似通っているところは、さすが血の繋がった姉弟というべきだろうか。俺と姉さんでは考え方が根本から違っておりあのようにはならない。いや、まず性格そのものが正反対か。
「さて、こんどこそ本当に出ていくか」
この家でやるべきことはもうすべてやり終わった。あとは月曜日に何食わぬ顔で学校に登校するだけ。その時雪花がどんな心境でやって来るのかはわからない。だが、あいつの心に一石を投じることができるのは間違いないはず。
「もっとも、あの手紙の中身を確認せずに捨てられたらすべて水の泡だろうがな」
とりあえず、机の上に置いてきたあの手紙を雪花が粗末に扱わないことを願うばかりだ。そして俺は入ってきた裏口にやってきて、誰にも見られていないことを何度も確認しそのまま外に出た。だが、結局すぐにまた路地裏に身を潜めることになる。
「組長、本当にいいんですか? 組の中でも色々意見や憶測が飛び交ってます」
「ああ。だが仕方のないことだ。なにせ珠希が実質的に人質として取られているようなもの……おっと、これはあの二人には言うなよ。オフレコで頼む」
「はい。あのお二方が知れば殴るような勢いで組長に詰め寄りますからねぇ」
「ふっ、殴られるだけで済むなら安いものだ」
雪花家の正門を抜け高そうな車が停まっている前で、先程場を支配していた組長が親密そうな部下と話をしているのを偶然耳にしてしまう。とりあえず見つからないように留まるべきだな。上手くいけば面白い話を聞けるかもしれない。
「それにしても、まさか大学病院にまで手を出すなんて。あの理事長思ってたより顔が広いですね」
「ああ。どうやら大学の顔なじみが多く、そのほとんどが出世しているらしい。さらには企業との癒着などがあるとの情報も入ってきている」
「癒着?」
「オレにも詳しくはわからんが、御曹司の息子に有名校への推薦を無条件で与えたり、成績を操作しているそうだ。あの理事長が運営している中学と高校はそれなりに偏差値が高いからな。さらに他大学の教授や運営陣に知り合いがいるなど顔が広い。そういうことも可能なのだろう」
(……なるほど。一つ、謎が解けたな)
俺が現在通っている一之瀬高校はなぜか同じ理事が運営する一之瀬中学校からの進学者が極端に少ない。過去に問題を起こした俺としては好都合なことこの上なかったが、それと同時に今の現状におかしいと疑問も抱いていた。どうして中学時代のクラスメイトや同学年の生徒たちが今の高校にほとんど存在しないのか?
(その推薦ってやつで、他の高校に行ったんだな)
少なくとも一之瀬高校より高レベルなところには違いない。確かに今思い返してみればあの中学には親のボンボンが多かった気がする。新海が過去にイジメられていたのはそういう背景も影響していたりするのだろう。まぁ軒並み知能と学力が低い連中ばっかりだったし、そんな奴らが偏差値の高い高校に行って勉強についていけるのかは甚だ疑問だが。
「あの男、珠希の入院している病院にまで圧を掛けてきやがった。今は素直に従うしかないが、いずれ必ず報いは受けさせる」
「人命優先、ってやつですか?」
「人命というより、愛か」
「でも、お嬢が犠牲に……」
「なぁに。それはちと考えがある。オレに任せておけい!」
「ああ、なんか不安……いえ、期待してます」
そうして組長たちは車に乗り込み、そのままどこかへと車を走らせて言った。まさかあの組長からかつての謎の解明につながる話を聞けるとは思わなかった。縁というのは意外なところで意外なものを呼び起こすものだ。
「……まっ、関係ないか」
所詮今の話は過去に起きたこと。動いたところでその結果を覆すことはできないし、俺には直接的に関係ない他人の話。雪花家のことは組長の考えとやらを期待(できるのかはわからないが)しつつ、こちらでも策を考えよう。
「さて、そろそろ信也の方も何か動きを見せることだろう」
そうして俺はそのまま公園により、あらかじめ隠しておいた服に着替えて日常に戻った。朝からいなくなっていたことを姉さんに聞かれるも、それとなく誤魔化しいつも通りの週末を終える。それこそ、普通の高校生のように。
だが、学校の方はいつも通りではなかった。
——あとがき——
お久しぶりです。
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