第97話 綻び


 翌日、俺は何もなかったように学校へと登校した。特に何か変わるわけでもないいつも通りの朝。教室の中に入ってもそれは変わらず、朝からスマホにイヤホンを繋ぎ音楽を聴く雪花の姿が目に映る。どうやら、先日の潜入はバレていないようだ。



「……」



 雪花は音楽を聴きながら本を読んでいるが、そのどちらにも集中できていないことが目に見えて明らかだ。恐らく、俺が雪花の机の上に置いた手紙が功を奏したのだろう。捨てられるかもしれないと腹をくくっていたが、どうやら上手く作用してくれたみたいだ。あとは、こいつが一歩を踏み出してくれるかどうか。



(こいつの行動が、俺の今後を左右すると言っても過言ではないからな)



 今回の一件が俺の計画通りに解決すれば、俺は一つのわだかまりを解消することができる。そしてそれは、雪花の行動にかかっているといっても過言ではない。とりあえず、後は時間をかけて心が削れていくのを待つだけだ。



(とりあえず、当面はこれで……)



 様子を見る。そう思っていたのだが……俺はその考えが少し甘かったことにこの後すぐに気づく。



 そうして訪れたいつも通りの朝のホームルーム。いつもと変わらない、担任の一之瀬先生が連絡事項などを告げる他愛もない時間。通常であれば生徒の健康状態や連絡事項がないかを確認するだけなのだが、先生の顔が若干暗い。どこか、悲しげな表情にも見える。


 いつも通りのやり取りをした後、先生は重そうに口を開いた。



「えーと、まだ私たち教師も全てを把握できているわけじゃないんだけど、みんなに連絡しておくことがあります。つい先日のことなんですけど、一年生の女子生徒が問題行動を起こし停学処分になりました」


「えっ……」



 その呟きは、誰のものだったのだろうか。それくらい停学処分というものがこの学校にとっては珍しいものだったのだ。進学校で真面目な者が多いこの学校では問題行動を起こす生徒は極めて少ない。理事長の介入でそれも少し怪しいが、基本的にはそんな印象だ。


 そうして一之瀬先生は続ける。



「停学の理由なんだけど、えっと、これ言っていいのかな? でもとりあえず注意喚起で生徒に言うことになったから言うね。停学の理由は、二年生の男子生徒に淫らな行為を迫ったからだそうです」



 一之瀬先生が懸念した通り、少なくとも朝から聞きたい話ではなかった。女子生徒の中には顔をしかめている者もいる。隣の雪花なんてまるで嫌悪する表情で……



 …………まさか



「もう一度言うけど、私たち教師も全ての事実を把握しているわけではないの。とりあえずみんなには高校生らしい生活を送るように改めて注意と、この件に関して騒がないようにしてほしいの。一応、あらぬ噂を言い出した人には校則に乗っ取って反省文か、もしくは同じく停学処分を受けてもらうことになるそうです」



 前半はともかく、後半に関しては少し強引な印象だ。少なくとも思春期の高校生がこの噂を抑えられるとは思えない。むしろ、この件を学内外問わず広めてくれと言っているようなものだ。一之瀬先生も顔をしかめているが、恐らく上からの命令に逆らえないのだろう。



(気になるのは、その二人の生徒が誰かだな)



 淫らな行為を迫ったとされる一年生の女子生徒と、被害を受けた二年生の男子生徒。女子生徒の方は皆目見当もつかないが、男子生徒の方に関しては……なんとなくだが予想がつく。



(まさか、こんな風に動き出すとはな)



 被害を受けた男子生徒は間違いなく獅子山信也だろう。ここ最近の学校の事情。そして今隣で不快な表情をしている雪花。確定ではないが、その可能性が非常に高いと考えている。いや、ここは直感とでも言った方がいいのだろうか?



(これで悠長にしている暇は、なくなったな)



 どこの誰が被害を受けても知る由もないのだが、信也が加害者であるという可能性が出てきた以上、こちらも少し強引な手段に出ざるを得ない。そのために、するべきことは……



 そうして衝撃のホームルームが終わると同時に、俺はチラリと横で視線を落とす雪花を見る。今回の一連の騒動のキーになるであろう存在。こいつが動かない限り、事態は収束しない。


 だから、決めた。



(悪いな雪花。俺はお前の敵になる)



 そして、一つ確信した。おそらく信也は、俺の存在にとっくに気が付いている……と。


















 一方、隣のクラス。一人の女子生徒が怠そうに足を組みながら座る男子生徒の元へ迫るように駆け寄っていた。



「あの信也くん、少し聞きたいことがあるんですけど?」


「どうしたの桜ちゃん? そんな怖そうな顔をしてさ」


「そういうあなたは随分と楽しそうですね」



 周りから見れば冷静を保っているように見える新海だが、彼女は心の内で想像できないどの怒りを抑えていた。普段は絶対にしないが、今にでも信也の襟首をつかんでしまうほどの怒り。それほどの出来事が彼女の周りで起こっていたのだ。


 ちょうど教室を移動するタイミングで人が少なくなっており、誰も聞いていないことを確認して新海は話を切り出す。



「元気みたいですね。不可解な事件の被害者にしては」


「あれ、桜ちゃん知ってるの? ああ、そうか。そういや生徒会長だったか」


「……本当に、あなたが一方的に行為を迫られたんですか?」


「そうそう。いやー怖かったなー。目がギンギンに光ってて、あと一歩助けを呼ぶのが遅かったらどうなってたか~」


「……」



 嘘だ。


 新海は即座にそう見抜くがこの場でそう指摘することはできない。なぜならこの件に関するデータや証拠を一切持ち合わせていないからだ。すべてが終わった後に、彼女の下に生徒会長として教師より報告が行った。彼女にはもう、どうすることもできなかったのだ。



「誓ってもいいですが、彼女はそんなことをする人間ではありません。ましてや、転校して日が少ないあなたに積極的に関われる子でもない。想定外のトラブルに巻き込まれたと、私は疑っているのですが?」


「ああ、そういえばあの人、生徒会の人だったね」



 そう、今学校で話題になっている停学処分を受けた生徒は生徒会の書記を務める人物、橋本道子という生徒だ。彼女は新海が面倒を見ていた生徒であり、教師からも信頼され新人ながら今後の活躍を楽しみにしていた生徒だった。そんな中、この出来事。



(しかも、こんな学校中にあらぬ噂を広げるような真似をっ!)



 朝、担任の先生からその話を聞かされた時、新海は誰かの並々ならぬ悪意を感じ取った。そしてその悪意の渦中にいるのは今回の一件で被害者となっている……彼に他ならない。



(けど、迂闊に尋ねることができない)



 生徒会長といえど所詮は一介の生徒に過ぎない。そもそも生徒会長はアニメや漫画とは違い壮絶な権力があるわけでもなければ、絶対的な強制力もない。ただ、生徒の代表という立場に過ぎないのだ。



「……そもそも、なぜ君が橋本さんと一緒にいたんですか?」


「うーん、よく覚えてないなぁ」


「子供ではないでしょう? 自分の過去の行動くらい、きちんと述べてはどうですか?」


「いやぁ、物忘れが激しいタイプでね。それより、ちょっと口調が荒くなってきてるよ。ほら、スマイルスマイル」



 ダメだ。どんなに言葉を重ねても彼は飄々と流してしまう。新海は現状で何を言っても無駄だと悟る。だが、ここで引き下がっても何の収穫も得られない。だからこそ会話を引き延ばし少しでも信也の本心を炙り出そうとしたのだが……



「って、もうすぐチャイムなるじゃん。じゃ、お先に」


「……そうですか」



 確かに気が付けば時間はギリギリになっていた。新海もすぐに移動を始めなければ授業に間に合わないだろう。彼女はすぐに教科書と筆記用具を抱えて教室を後にする。彼女が廊下に出るころには信也の姿は既になかった。



「……」



 せめて、何か別の方向から彼に迫ることができれば。そして、何かこの状況を打開するヒントを得られれば。そんな縋るような思いが、彼女の中を支配する。



「……」



 新海は心の内に悔しさを隠すように、その唇を噛んだ。










——あとがき——


あっ、どうもお久しぶりです。ちょっと色々忙しすぎて執筆そのものができませんでした。


しかし、プライベートで自動車学校に通って何とか仮免を取得したり、大学で想像以上の成績を収めることができて学部長の教授からお褒めの言葉を頂いたうえ特別プログラム(学部で成績上位数名が参加できる研究室のようなもの)のご招待を頂けるなど色々と充実させることができました。まぁ、休みまくった分色々と裏で努力を重ねていました。


この小説もできればもっと積極的に更新したいと内心ちょっと焦りを抱えておりますが、これからも全力で駆け抜けていきたいと思います!


【宣伝】こちらの小説は夏休みに入る前に大量のストックを抱きかかえることに成功したのでまだ隔日更新が続いています。良ければご覧ください。個人的にいい感じの山場を迎えているところです。


『彼女なんて欲しくないと呟いたら大学一の美少女に迫られた件 ~でも彼女は俺のことが好きではないようです~』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556245692478

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