第35話 ギャップと邂逅
土曜日。俺が通っている学校は平日7時間目まで盛り込まれている影響で、週末は基本的に休みとなっている。土曜日に授業を入れないのは生徒の体調を気遣うことはもちろん、授業以外の場での学習を期待しているからだろう。
本来なら週末はいつもより夜更かしをして自分の趣味に没頭し、授業で分からなかったところや与えられた課題を一気に片づけるなど、俺たちに与えられた贅沢で貴重な時間。社会人になれば失われてしまう学生ならではの特権だろう。
だが、それが現在進行形で奪われていた。それも、目の前で幸せそうにケーキを頬張っている義姉さんに。
「ほらあんた、手が止まってるわよ。せっかくなんだから楽しもうという気概はないの?」
「いや、そんなこと言われても……」
「ま、あんたの奢りだし。私がとやかく言う筋合いはないんだろうけど」
そう言ってイチゴを基調としたケーキを食べ進める義姉さん。ちなみにケーキを食べる前に一つ一つ丁寧にスマホで写真を撮っている。机を揺らした時は人殺しみたいな目で睨まれたが。
さて、俺たちは家から少し離れたデパートの中にある、スイーツ食べ放題のお店の中に来ている。店名はよく覚えていないが、スイーツ〇ラダイスとかなんとか。俺は四つほどケーキを食べたがやはり胃に重かった。どうやら俺に大食いの才能はないらしい。
なぜこんなところに来ているのか。あれはクラス替えが行われたばかりで雪花と如月の関係が最悪だった頃、二人の衝突を義姉さんがうまいこと丸め込んだ日の話だ。
※※※
雪花たちが衝突したあの日。俺が家に帰ってしばらく時間を置き義姉さんが帰ってきた。それも、めちゃくちゃ疲れた顔で。
『まったく、余計な仕事を増やしてくれて……』
義姉さんはただいまよりも先に俺へ皮肉じみたことを言う。まあ実際大変だったのだろうが。
『でも結果的によかったじゃん。義姉さんのおかげでこれ以上学校の評判が落ちることはないよ』
『あの後、生徒会室に帰った私の気持ちがわかる? みんなが死んだような眼をしていたわよ。私が抜けたせいで、やるべき作業が終わらなさ過ぎて』
どうやら義姉さんが抜けた後の生徒会室は修羅場だったようだ。まあこの時間に帰ってこれたあたり、義姉さんがとんでもないスピードで書類の作成や処理をしたのだろう。相変わらずハイスペックな義姉だ。
『そういえば、近くにあるデパートにスイーツ食べ放題のお店が……』
『彼方、それちょっと詳しく!?』
お詫びの気持ちで近くにできたスイーツ食べ放題店のことを話題に出すと、俺の想像を超えた食いつきを見せる義姉さん。というか、久しぶりに名前で呼ばれたな。
『ほら、隣町の駅にあるデパートが改装されて、新しい店がいくつか増えたらしいよ。50分で1500円』
『……』
義姉さんは頭の中で俺が発言したことを整理していた。きっと何とかして予定を組み立てられないか模索しているのだろう。まあ、生徒会長や受験生などの身分に縛られ厳しいのだろうが。
我が姉、椎名遥は大のスイーツ好きだ。いつもコンビニで新作スイーツを買って帰ってくるし、時間があれば駅前のおしゃれな店で物色をしている。この前もただでさえ少ない時間を使って駅前まで出向きカラフルなマカロンを買って来た。きっと日々のストレスで糖分に飢えているのだろう。
『……そういえば、あんた私に借りがあったわよね?』
『え、借り?』
『そう、春休みの件』
『……あ』
今から数か月前、というか俺が二年生に進級する直前の春休み。俺はそこで義姉さんにちょっとした借りを作ってしまった。俺としては普段のだらしないイメージを払拭できる機会となったのだが、色々な要因が絡まり義姉さんに苦労を掛ける羽目になった。
『あーあ、今日わざわざ駅まで行くの疲れたな―、電話さえなければなー』
『……何が言いたいの?』
『すぐにとは言わないけど、奢りなさい。これは姉命令です』
『えー』
『私は! 疲れを! 癒したいの!』
※※※
そんなこんなで予定を合わせ、俺は義姉さんにスイーツバイキングを奢ることになってしまった。まあ俺としては借りを返せるいい機会になったので特に文句はない。それに義姉さんには世話になったのは事実である。だから、俺としても嫌というわけではなかったのだ。
(にしても、ケーキなんていつぶりに食べたっけ?)
俺は昔からお菓子とかそういうものはあまり食べなかった。金銭的に余裕がなかったというのもあるが、俺がそう言うのに興味を示さなかったこともあるだろう。というか、甘党とか辛党とかそんなこだわりがあまりないのだが。
カシャリ、カシャリ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャ……
俺がいつぶりかの自己分析をしていると、目の前でスイーツを激写する義姉さんの姿が目に映る。心なしかいつもはクールで冷たい瞳が、少年よりも純粋に輝いているように見える。これが、義姉さんの裏の姿。いや、こっちが本当の姿なのかもしれない。
俺は義姉さんから目を離し、自分で取ってきたチーズケーキを口に入れる。普段はチーズケーキなんて食べようと思わなかったのだが、せっかくこういうところに来たので普段は絶対に食べないようなものをチョイスしてみた。
(へぇ、結構おいしいな)
濃厚なチーズの風味が鼻を突き抜け、ねっとりとしたクリームが口の中で絡み合う。ドリンクバーで取ってきたコーヒーとの相性は抜群だ。こんなことなら、もう少しお腹をすかせて来るんだったとちょっぴり後悔する。
「義姉さん、そういえばケーキ何個食べたの?」
「えっと……もう十個以上は食べてるわね」
「健康に悪いと、一応忠告しておくけど?」
「大丈夫。私、食べても太らない体質なの」
そう言ってイチゴが乗ったチョコケーキにフォークを伸ばす義姉さん。一口食べると、次は一緒に持ってきたメロンにフォークを伸ばす。その手が止まることは一切なくせわしなく動いていた。
義姉さんはあらゆるスイーツを取ってきており、この空間にいる誰よりもスイーツを楽しんでいた。おかげでテーブルの上は既に皿でいっぱいだ。どうやら俺の義姉さんには(スイーツ限定)大食いの才能があったようだ。
(……けど、目立つなぁ)
義姉さんは気が付いていないかもしれないが、こちらを見ている視線が尋常じゃない。義姉さんが可愛いということもあるが、それ以上にテーブルの上に存在する皿の数に目を奪われているようだ。これだけの量のスイーツを摂取したら、胸やけどころの話じゃない。
さすがに俺一人だけ帰ってしまうと義姉さんに悪いしお金がもったいないので、何とか視線に耐えて無心でケーキを食べ進める。俺にとっては天国と地獄が同居しているような環境だった。この場に同じ高校の人たちがいないということが幸いというべきか。
そして俺たち姉弟は五十分間、ひたすら無心でケーキを食べていた。片方は惚けるような表情で、もう片方は凍ったような無表情。ここまで反応が違うと、俺たちのことを姉弟だと思う人は少ないかもしれない。というか、実際に血は繋がってなかったか。
そしてお会計を済ませ、俺たち二人はついでとばかりにデパートの中を散策することにした。二人で一緒に出掛ける機会など一切ないので俺としては新鮮な気分だ。デートと表現したのはあながち間違いではないだろう。
「……また来たいわね、スイーツバイキング」
「あれだけ食べたのに。というか、全種類制覇してなかった?」
「それとこれとは話が別よ。あーあ、まだしばらくは忙しいし本当に残念ね。ま、今日来れてよかったわ」
これから体育祭の準備なども重なるので、義姉さんはますます時間が無くなる。普段は土日なども学校に行って何やら作業をしているようなので、今日もスケジュールを切り詰めた上での休日だった。恐らく、義姉さんがゆっくりできるようになるのは生徒会長の座を降り、受験シーズンを乗り越えたその先なのだろう。
そんなことを考察していると、義姉さんが突如俺に向き直って微笑みかける。
「奢ってくれてありがと」
「……え、明日は天変地異? それともビックバン?」
「あ?」
「すみません何でもないです」
義姉さんが俺のことを肯定的に褒めてくれるのはそれこそ初めて出会った時以来だ。思わず変なことを口走ってしまったが、普段からグチグチ言われているのでこれくらいは許してほしい。
そんな心理戦(一方的だったが)を繰り広げ、俺たちはデパートの中を一周した。義姉さんはファッションなどにあまり興味がないので服屋や雑貨屋に寄ることはなく、俺も特に用事はないので本当にデパートを歩きまわっただけだった。女の子の買い物は長いと噂で聞いたことがあったので、俺は心の中で安堵する。ありがとう、義姉さんにおしゃれの趣味がなくて。
そして本当に何も買うことなく、俺たちはデパートの中央フロアまで来てしまう。さすがにこれ以上デパートにいても何もすることがない。義姉さんも俺と同じことを察したのかこちらの顔を伺いながら言ってくる。
「さすがに、そろそろ帰る?」
「そうだね。俺も家のベッドでゆっくりしたい」
「……あんたはいつも部屋に引きこもってるでしょうが」
先ほどまでのほのぼのした雰囲気と打って変わってギスギスした空気感が俺たちの間を漂う。ギャルゲーならバッドエンド行き必死の雰囲気だ。どうやら俺はどこかで選択肢を間違えたようだ。好感度というのが見えないのがもどかしい。
何とか暗い雰囲気を誤魔化しながら、俺は身を翻して出口の方向へ歩いていく。すると義姉さんも呆れてため息をつきながら俺の後を追って来た。
まあ、今回のお出掛けは俺にとっても息抜きになったので結果的によしとしよう。
そうして俺たちがデパートの出口を目指して歩きだした瞬間だった。
「あれれ? おーい!」
誰かが俺たちに向かって大きな声で呼びかけてきた。グレーの地味な服にマスクとサングラスと深めの帽子。明らかに不審者のフル装備だ。一応周りを見渡してみるが俺と義姉さん以外に周りに人はいない。
義姉さんも気味が悪かったのか俺に近づき尋ねてくる。
「ねぇ、あれってアンタの知り合い?」
「いや、あんな不審者みたいな人知らないけど」
「……そうね。アンタに友達はいなさそうだものね」
それは……さすがに酷すぎやしないだろうか。いや、実際にいないのだが。
そしてその不審者のような人物は俺たちの方へあっという間に近づいてくる。義姉さんと会話して意識が外れていたので、一気に詰め寄られた俺は少しだけ驚く。そして、ふと違和感に気づく。
(……あれ、そういえばこの声)
最近、どこかで聞いた。いったいどこだったかと思い出そうとするが、すぐにその答えは導かれる。なにせ、その人物は
「彼女さんとお買い物っスか、センパイ?」
俺のことを先輩と呼んだ。俺の知り合いにそんな人物はほとんどいない。何せ部活動などにも所属していないので先輩や後輩との関りがほとんどないからだ。だが、最近になって知り合った後輩が一人だけ学校にいる。それも、独特な口調で話す後輩が。
「……七瀬、か」
「おや、よくお気づきに」
彼女のサングラスの中で輝く碧眼が、俺の真っ黒な瞳とぶつかった。
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