第36話 後輩、そして先輩(義姉)


 俺がリクとカイに初めて邂逅した日、その時に襲われかけていた少女である七瀬ナツメが俺と義姉さんの前にいきなり現れた。それも、めちゃくちゃ地味で怪しい格好で。


 そんな俺の視線に気が付いたのか、七瀬はニヤニヤしながら俺に言う。


「ああ、これは自分のお忍びの姿っスよ。ほら自分、結構目立つじゃないですか。だからプライベートではできる限り地味な恰好をするように心がけてるんス。ほら、帽子とかかぶっちゃったりして」


 確かに不審者と間違われてもおかしくはない格好だ。金髪は隠れているし顔もよく見えない徹底ぶり。確かに、好んで声をかけに行く奴はいないだろう。というか、こんな格好でデパートに来るのはどうかしていると思うのだが。


 そんなことを思っていると、七瀬は不思議そうな顔で俺……いや、俺たちのことをまじまじと見てくる。


「センパイ、意外と隅に置けないっスねぇ。まさか彼女さんがいらっしゃったとは」


「彼女……ああ、別にそんなんじゃないし、そんな枠組みに収まる人でも……」


「余計なことは言わなくてよろしい」


 俺が否定しようとしたら、それ以上に嫌そうな声で義姉さんが否定した。先ほどまでスイーツ天国に溺れていたが、今では凛とした生徒会長としての雰囲気を身に纏っている。というか、俺が余計なことを言ったせいで少しだけ怒りが滲んでいるような……


「ほう、彼女さんではないと。お二人の仲が良さそうだったので自分はてっきりそうなのかと」


「仲が良さそうって……あなた、疲れてるのよ……人生に」


「ちょ、それどういう意味っスか!?」


「そのままの意味よ」


「猶更酷くないっスか!?」


 気が付けばなぜか七瀬と義姉さんの睨み合いが始まっていた。普通こういうのは一人の男を巡ってするものなのだろうが、如何せんシチュエーションが意味不明だ。というか、この二人に関しては別次元の圧を感じる。主に義姉さんの一方通行かもしれない圧だが。


 そうして二人の睨み合いに呆れた俺がその場を収め場所を変えた。というか、俺が動かなければ公衆の面前での意味が分からない睨み合いが続いていただろう。これでは七瀬もお忍びの意味がないし、そんな七瀬に俺が巻き込まれたくなかったから行動を起こさざるを得なかったのだ。


 先ほどの広場から離れ、今はトイレ近くのちょっとした広間。自販機などが置いてあるスペースで改めて義姉さん達は自己紹介を始めた。


 そして



「え……センパイのお姉さん……というか、生徒会長さんですよね!?」


「……今更になって気がつくだなんて、私もまだまだって事かしら?」


「い、いえ。そんなことはないと思います…………多分」


「最後の一言、聞き逃さなかったからね?」


 

 相変わらず俺以上に余計な一言が多い後輩だ。というか、今冷静に思えば……


 この前入学してきたばっかりの後輩に現在なんやかんやで苦労している俺、そしてもう卒業を見据えて行動している先輩な義姉さん。俺を含め、すべての学年が一堂に揃っている。俺としてはかなり珍しい光景なので不思議な気分だ。今まで、他学年との付き合いがなかったせいだろうか。


 俺が不思議な感情に浸っていると、義姉さんが俺の方を向いて尋ねてくる。


「というかアンタ、どうして七瀬さんと知り合いなわけ? 今この子が校内でウ〇娘並みに人気急上昇中だって知らないの?」


「センパイ……いえ、ややこしいんで遥センパイ、自分をとうとう人間の域から外し始めましたね? まあ、走るのは割と……いえ、かなり得意なんスけど」


 七瀬はいろいろ戸惑っているが、義姉さんがこういう例えを織り交ぜるときは自らの動揺を押し隠そうとする時だ。とはいえ俺と七瀬がどうして知り合っているのかは純粋に知りたい……いや、知っておきたいのだろう。


(……とりあえず)


 あの時のことを馬鹿正直に話してしまえば家に帰ってからきつい尋問が待っているのは確定。とりあえずここはうまいこと濁しておかなければならない。俺はちらりと七瀬の方を見る。すると、不思議そうな眼をして俺のことを見つめ返してきた。


 なんとなくだが、七瀬なら合わせてくれるだろう。そんな気がする。


「……迷っている七瀬に校内を案内をして、助けてあげただけだよ。そうだろ、七瀬?」


「あ……え?」


「な?」


「あ、はいそうです。とてもお世話になりました」



 俺の予想通り、話を合わせてくれた七瀬。さすがに突飛な話をしてしまったせいで動揺していたが、これくらいなら許容範囲だろう。義姉さんも一瞬だけ訝しげな視線を向けてきたが、すぐに呆れたように息を吐く。



「アンタって、気が付いた時にすごいことをしでかしているわよね。この前の春休みの時に比べたら、今回は些細なことかもしれないけど」


「あれ、もしかして褒めてる?」


「呆れてるのよ! もう、どうしてアンタは訳の分からないことを私にこう持ち込むの?」



 いや、今回は持ち込んだというわけではないのだが。しかしあの時のことは何とか誤魔化せそうだ。まあ、今度は義姉さんではなく七瀬の目線が痛いが。


「とりあえず、二人とも気をつけなさい。多少はマシになったとはいえ、バカみたいなことをしでかす生徒は割といる。常にアンテナを張れとは言わないけど、それくらいの危機感は持ちなさいね?」


「「はーい」」


「……本当にわかってるんでしょうね? はぁ、少し胃が痛くなってきた……飲み物買ってくる」


 その腹痛はおそらく先程のスイーツバイキングのせいなのでは? そう言おうと思ったが、これ以上義姉さんの怒りを買わないためにも、余計なことを言わないようにする。


 俺と似たように気の抜けた返事をした七瀬だったが、義姉さんがいなくなった途端に肘で俺の腕を突っついてくる。



「あの、センパイ。もしかしてあの時の事なにも報告していないんスか?」


「……忘れていただけだ。というか、もう必要ないだろ?」


「まあ、それもそうっスね。あの二人、気が付いたら退学してたんスよ。自分はてっきりセンパイが学校に何か告げ口したのだとばかり……」



 あの二人の退学の件の詳細は同じ一年生である七瀬でも知らないらしい。噂話程度ならあるかと思ったのだが、尋ねてもそういう噂はないらしかった。というより、あまりにも唐突な退学でほとんどの者の理解が追い付いていないらしかった。


「噂が出るなら多分これからっスよ。まあの二人は一年生の間でもかなり横暴だったらしいんで、自分としては清々するっス」


「へぇ、正義感でも強いのか?」


「そんなんじゃないっスよ。ただ……自分、理不尽ってやつだけはどうしても許せないんで」


「……強いじゃないか、正義感」


 本人は否定するも、その顔つきは真剣そのものだった。きっとこの以上に整った見た目からして、色々な目に遭って来たのだろう。それでもこの明るい性格を貫けているのはある意味尊敬に値するが。



(理不尽……ねぇ)



 俺も、どうしようもない理不尽な目に遭ったことがある。だがよくよく振り返ってみると自分の軽率な行動が原因だったりするので、のことを恨んでいると聞かれたら首を傾げてしまう。結局のところ、中学時代の自分には先を見据える能力がまだ未熟だったのだ。


 そんなことを考えていると、飲み物を買い終えた義姉さんが帰ってきた。だがよく見ると、その手には三本の缶が抱えられている。


「ほら、アンタたちもこれ飲んで落ち着きなさい。ま、アンタもさっき奢ってくれたし人助けをしたみたいだから、そのご褒美。七瀬さんには……まあ、ついで」


「ついで!? いや、奢ってもらえるだけでもありがたいんスけど、本当にいいんスか?」


「……ちょうど小銭が三枚あっただけよ」


 明らかに百円で買える飲み物ではないのだが、それを涼しい顔でほぼ他人といっても過言ではない後輩に奢るとは、さすが我が義姉と言ったところだろう。


「では、ありがたくいただ……おや、これは?」


「……うそやん」


 義姉さんが買って来た飲み物を七瀬は目を丸くして眺め、俺は戦慄しながら手に取って眺める。



 その名も……


【まるごと!! 飲むソフトクリーム】



「ふふっ、これ最近ハマってるのよね。さっぱりして美味しいし」


「……さっぱり? というか、さっきあれほどスイーツを食べてたのに?」


「?? アンタ何を言ってるのよ。これは飲み物……すなわちドリンクよ」


「……あ、そう」



 幸せそうに飲むソフトクリームの缶を傾け美味しそうに飲む義姉さん。ふと隣を見ると、何も知らない七瀬はいち早く順応し缶の蓋を開けていた。こいつはこいつで美味しそうに飲みやがるし。



(……糖尿病になりませんように)



 そして俺も決意を固めその液体を口にした。うん、案の定甘い。というか甘さ以外の味を何も感じない。



(……うっ)



ちなみに飲みきるまでに20分近くかかった。











——あとがき——

どうも、更新が完全に滞っていた在原です。

忙しかった月末に区切りがつき、何とか更新作業に復帰できそうです。テストもあまり入っていないので、12月は執筆に集中できそうかなと。

また、新作(コンテストに応募するかは考え中)も少しずつ書き上げているので、そちらも楽しみにしていただければ。もちろんこちらの更新と学業に怠ることはありません!


どうか皆さん、ぜひお待ちを!!!!!

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