第3章 情景に魅せられた少女
第34話 人気者の定義
この世には、大きく分けて二種類の人間が存在する。すなわち、良い人と悪い人だ。
正義の味方は当然良い人。悪を挫いて弱気を助けるみんなの人気者。そして悪者はその逆。みんなが困るようなことをして自分の願望を叶えようとする酷い奴。
本や映画で繰り広げられる物語はこの二つの勢力によって成り立っており、痛快でほんのり予想ができてしまうストーリーを展開している。ようするに、万人受けする物語というやつだ。
だが、そんな物語にもう一つだけ加えるべき登場人物がいる。正義の味方でもなければ悪者でもない、忘れられてしまうようなありふれた存在。
それはすなわち、傍観者だ。
あるいはモブと、そう言い換えてもいいのかもしれない。どんな物語にも登場する、無数の雑音たち。時には被害者や加害者になり、脚光を浴びることもあるだろう。だが、そのほとんどが忘れ去られて、人々の記憶から容易く殺される。
自分も、その中の一人だった。少しだけ目立つ容姿だが、ただそれだけ。いつもナンパやセクハラまがいのことをたまに言われ、同性からも軽い嫌がらせをされる飽き飽きとした毎日。まあ笑って許せる範囲だったので、自分が大人になればみんなと仲良くやれた。たぶん人付き合いの才能があったのだと思う。
だが、自分より頭や容姿がいい人なんていくらでもいるし、身体能力は言わずもがな。
自分が何のために存在しているのかわからず、無駄に時間を消費する毎日。あるいは、それくらいの平穏に納得していたのかもしれない。
あの日、彼という光を見るまでは。
初めて、誰かのことをカッコイイと思った。憧れ、畏敬、そして今まで経験したことがない種類の体の震え。様々な感情が、自分の体を殴りつけた。
あの日の情景は今もずっと忘れていない。だって、あれが自分の原動力となったのだから。
※
先日の図書室での一件から数週間が過ぎた。中間試験はとっくに終わり、まさに今日結果が返ってきた。ちなみに科目数は12科目で、進学校ということもありまあまあの難易度だった。おそらく、今回の平均点は一年生の時を大幅に下回るだろう。
ちなみに今回の結果で上位五十位以内に入った生徒は廊下に張り出されることになっている。俺のクラスで一番の成績を収めたのは雪花だった。合計1200満点中1185点と、かなりの好成績を収め学年で三位を獲得した。
雪花の上に立つ二位の名前は隣のクラスで俺と全くの関わりがない奴だ。確か眼鏡をかけた真面目くんだったと朧気ながら記憶している。きっと毎日勉強漬けの日々を過ごしているのだろう。
そして堂々の一位は新海桜だった。1200満点中1200点。先日の事件で自身のトラウマを抉られていたはずだが、そんなことを気にせず堂々と全科目で満点を取っていた。多少は引きずると思っていたが、まさかここまで快調だとは思っていなかった。
(俺は……入ってないな)
今回のテストはかなりギリギリを攻めてみた。全体的に成績が落ち込むのを見越したうえで51~55位ほどの順位を狙って点数を取った。まだ詳しくは発表されていないが、おそらく俺の成績はそこら辺の順位に位置しているだろう。
『あのね、せめて名前が掲示されるくらいの成績をとりなさい! それくらいしないと、進学や就職に苦労するわよ』
まあ、義姉さんに怒られることは間違いないだろうが。今からその光景が脳内に再生されている。あれか、危険を察知した未来予知というやつか?
俺が僅か先の未来を想像して恐れながら教室へ戻ると、雪花が多くの生徒に囲まれていた。やはり今回のテストの件でもてはやされているみたいだ。なんでも、気合を入れて予想問題を作り切ったのだとか。俺も受け取ったが、かなりの精度で完成された素晴らしい問題だった。
先陣を切ってか、如月を中心とした陽キャ達が雪花に話しかけ始めている。
「ありがと瑠璃ちゃん! おかげでこのクラスの平均点も上がったわ!」
「……フン」
いつものようにぶっきらぼうなやり取りをするあの二人。微妙にだが、雪花の口の端が吊り上がっている。きっと恩を売れたとか、純粋にいい予想問題を作ることができたと一人で誇っているのだろう。
徐々にだが、雪花も周りとの会話が増えてきた。きっとあと半年もすればこのクラスに馴染むことができるくらいに交友関係を構築していくのだろう。
「ありがとう雪花さん!」
「今回のテスト、難しかったもんねー」
「あれがなけりゃ終わってたな」
そう言ってクラスのみんなは雪花のことを称えていた。さすが、このクラスの副委員長サマだ。ただ本人は常に無表情で鋭い目つきをしているが、まんざらでもないことが隠しきれていない。
「いやぁ、みんなも優しい瑠璃ちゃんに感謝してよね。誰かを贔屓せず、公平にみんなのために作ってくれたんだから!」
そう言って雪花への称賛を高めようとする如月。ちらりとだが、俺に目線が向けられた気がする。やはり、まだこの前の一件のことを根に持っているようだ。というか、卒業するまでこんな感じだろう。
ちなみに雪花は如月の言い回しに引っかかるものを覚えたのか若干不満げだったが、それをうまく隠す。あいつもあいつで苦労しているようだ。そして俺もあいつらに視線を合わせずひたすら無視を貫くことに決めた。だが、今は昼休みだった。
(まったく……静かにしてくんないかな)
ここまで騒がしくされてはゆっくり昼食を取ることもできない。それだけ今回のテストで雪花が英雄的な活躍をしたということなのだが、俺からしてみれば疫病神そのものだ。
そういうことで俺としては珍しく違う場所で昼食を取ることにした。中学校の時と違い屋上に入ることができないので、また新たに場所を開拓しなければいけないが。
(じゃあ……まずはあそこだな)
俺は以前に雪花と密会した用具室に行くことにした。あそこなら誰も寄り付かないだろうし、一人で過ごすのにぴったりだ。というわけで一階へと急いで向かったのだが、少しだけドアが開いていた。
(……まさか、先客か?)
こんな場所を使おうという人物が、俺の他にいるとは思わなかった。一応確認のため、こっそり中を覗いてみる。すると、細い人影がちらりと見える。
「……もぐもぐ」
そこにいたのは、埃っぽい用具室に似合わない輝く金色の髪を纏う少女だ。服装にうるさいこの学校でそんな目立つ人物は、一人しか該当しない。
(……七瀬、ナツメ)
もしかしてあいつ、ボッチか何かなのか? そうでなければこんな場所で食事をしようとは思わないだろう。少なくとも、雑誌や漫画で見るような優等生や人気者の気配は今の七瀬からはしない。なんというか、悲壮感すらある。
(……こんな時)
かつての
だから俺は、何も見なかったことにしてその場を静かに離れた。きっとこれが、正解なのだ。何かに関わろうとしなければ、何かに巻き込まれることもない。これは人間関係における究極的な真理だ。
結局その日は屋外の階段で外の景色を眺めながら一人で昼食を楽しんだ。ちなみに今日もおにぎり二つと小さなお茶のペットボトルをコンビニで買って来た。
まさかそばめしがおにぎりとして発売される時代になるとは。鮭のおにぎりと合わせてつい手を伸ばしてしまった。最近のコンビニエンスストアにおけるマーケティングは、俺の予想を超えて新たな次元へと到達しているらしい。
「……あんまり美味しくないな」
期待したそばめしも冷え切っていたら意味がないなと、一人で文句を愚痴りながらゆっくり昼食を取る。つい最近不良な後輩から襲われたとは思えないほどに、平和に満ちた光景が目の前に広がっている。
まあ今くらいはゆっくりしていてもいいだろう。今日は金曜日で明日から二日間学校は休みだ。本来なら休日を前にして何をしようかと予定を立てたり、目いっぱい寝てやるぞとラストスパートをかけるちょっぴり嬉しい日。
しかし明日は俺にとって台風が来るのと同義。いや、ある意味それ以上の災害か?
何せ明日は、義姉さんとデートなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます