第32話 それぞれの結末


 俺の今回の目的は大きく二つ存在した。



・校内風紀促進運動という厄介なプロジェクトを終了させる

・新海桜の覚悟と自信を挫く



 最初に思い立ったのは、プロジェクトをどうやって終了させるかだ。結果が出るかどうかも怪しい無駄な作業を行うなんて俺にとっては拷問だ。面倒ごとを嫌う俺だが、できる事なら効率的なやり方をしたい。


(それなら、癌を切除すればいい)


 このプロジェクトが立ち上げられたのは、一年生を中心として風紀が乱れていたため。だから俺は活動初日に、今回の原因である一年のフロアを優先して見回ることにした。そして運よく、その現場を目撃することに成功する。


(あの二人が今回の騒動の原因か?)


 俺はそう考えたものの、すぐにその考えを否定する。きっと他にも似たような生徒は存在しているのだろう。そしてどうすればそれを抑えることができるのか。


(そんなの、あの二人を今回の人柱にすればいい)


 見せしめ、と言ってもいいだろうか。あの二人に退学レベルの処罰を与えることで、一年生を牽制する。それにより、ふざけた行動をする人物は一気に減るだろう。そしてその後の行動次第で、プロジェクトは早期終了に繋がる。


 そして俺はこの計画に二人の人物を巻き込むことを決めた。


 一人はもちろん新海桜。今回被害者となってもらう人物だ。あの二人に襲われてもらうことであいつの覚悟を挫く計画を同時並行で進めることを決めた。


 そしてもう一人この計画に巻き込まれた人物、それが七宮先生だ。

 七宮先生は一応だが風紀委員会の補佐的な役割を務めていると、風紀委員会の顧問になった高橋先生が言っていた。そして担任ということもあり電話番号を教えてもらっている。本人の投げやりな性格もあって、今回の計画に巻き込むのはうってつけの人物だった。


 今回の計画のゴールはというところだ。


 もしあの二人が新海のことを本当に強姦してしまったら、それは立派な犯罪であり問答無用で警察沙汰になってしまう。だが未遂ということにしてしまえば、まずは学校の問題として処理することが可能になる。


 僕が通っていた私立一ノ瀬中学校と、現在俺が通っている私立一ノ瀬高校は同じ理事会が運営している。彼らは学校のブランド力を落とさないことばかりを考えており、同時に面倒ごとを極端に嫌っている。だから一度学校の問題にしてしまえば、警察沙汰にならないだろうという確信があった。というより、そのような出来事が中学校の時に実際にあったのだ。


 今回の事件も生徒同士の揉め事と判断され警察の介入はないだろう。ふざけた経営陣だが、皮肉にも今回はそれに助けられる。


 後はあの二人が新海を下し、そのまま犯そうとするタイミング(ギリギリ未遂にできるタイミング)を戦闘状況から逆算して七宮先生にこっそり電話をかける……はずだったんだが


(まさか、ここで自分の殻を破るなんてな)


 だから俺はプランを若干変更し、あの場で出ていくことを決めた。結局のところ俺が直接出ていかねばならないことは計画の内に入っていたのだ。だから、そのタイミングとシチュエーションが僅かに変わっただけ。そしてそれとほぼ同時に七宮先生にマイクの感度をマックスにして電話をかける。きっと職員室では、まだ残っている教師を中心に騒ぎになっているだろう。


 だが、一般の教員である彼らが理事や校長に発言したところでそれはまかり通らない。下手をすれば今回の出来事そのものがもみ消され、転勤か解雇処分が言い渡される。だからこそ、教師も強く発言することができない。それが、この学校の実状だ。


 さあ、後は俺の行動次第だ。




   ※




「ありがとうございます、椎名くん。おかげで助かりました」


 リクとカイが逃げ去ったことで落ち着きを取り戻した新海は俺に開口そう告げた。やはり、まだかつての俺の面影を重ねられていないらしい。まあ、かつての僕はこんな回りくどいやり方をしなかったからな。


「怪我はなかったですか?」


「はい、おかげさまで」


 一応だが、敬語を使い新海の体を心配するような発言をしておく。こうすることで、相手は一気に警戒心を失うのだ。ついでに七宮先生に繋がる通話を切っておく。これからする話は、少し先生たちに聞かれたくない。


すると緊張感が緩んだのか、新海は俺の左手をまじまじと見つめてくる。


「それにしても、ボイスレコーダーなんてアナログなものをお持ちなんですね」


「最近、治安が悪いって聞いたんで」


 ちなみにこのボイスレコーダーだが、授業時間以外には必ずオンにして胸ポケットに忍ばせている。このアイデアは、昔の失敗を繰り返さないために生まれたものだ。


 だってあの時、証拠さえあれば俺はを追い詰めて反論することが……


「おかげで助かりました。ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ」


 社交的な挨拶だが、その言葉は感謝の念に満ち溢れていた。きっと、俺のことを信頼できる人間だと判断したのだろう。やはり、こいつはこういうところがだめだ。味方と判断した途端に甘くなる。


(よし、そろそろ切り出すか)


 このボイスレコーダーを、最大限に生かしてみよう。


「ところで新海さん、一つお聞きしたいんですけど」


「はい、なんでも」


「新海さんって、イジメられてたんですか?」


「!?」


 まさか、ここで俺からその話をぶり返されるとは思っていなかったのだろう。新海は途端に顔を青くした。


「えっと、その……」


「ああ、そうですか」


 俺は新海に話を逸らされないようにするため、すぐに今の話を切り上げる。そして、別方向から穿つように彼女に向かって言う。


「それなら、義姉さんに相談してみましょうか」


「え? な、なにを言って……」


(……この反応、やはりか)


 なんとなく確信していたのだが、新海は高校で交友関係を築いている人たちにイジメられていた過去を隠蔽している。本人が意図的に隠しているのか、たまたまバレていないのかはわからない。不思議なことに、この学校には同じ中学校に通っていた人たちがほとんどいない。それならば、自分の嫌な過去などなかったことにしてしまえるだろう。


 生徒会のメンバーに選ばれるためには、義姉さんに指名されるのが一番の近道。少なくとも新海は選挙などで大々的にアピールできるタイプではない。だからその制度を使ったのだろう。そして生徒会長に選ばれるためには、イジメられていたという経歴はマイナスイメージにつながってしまう恐れがあり、結果的に邪魔にしかならない。


 それだけではなく、もしもこの事実が広まってしまえば人間関係に若干の距離が生まれるだろう。少なくとも、新しく築き上げた関係に変化が生まれてしまうのは確実。いじめというのは、現代でかなり注目が集まっている行為なのだ。被害者とはいえ、今までとは違う目で見られてしまうかもしれないという不安感。



 新海桜は、身の回りの人間関係が変わってしまうことを恐れているのだ。



「大丈夫です、義姉さんがダメなら他の人でも」


「お、お願いします……どうかそれだけは……」


「安心してください。このボイスレコーダーに先ほどの会話がすべて記録されています。良かったですね、イジメられていたという証拠ができて」


「っ!」


 そう、このボイスレコーダーには新海がイジメられっ子だったという会話が盛り込まれている。そして、新海はそれに否定するような発言をしていない。



 つまり、俺は新海桜が(会話の音声)を手に入れたのだ。



「どうせなら、大々的に公表しときますか? そうすれば、あなたに同情してくれる人がたくさん……」


「お願いします! それだけはどうかっ!」


 露骨に嫌がり必死に俺を説得しようとする新海。まるで、捨てられる直前の子犬みたいだ。だからできる限り純粋な笑みを浮かべた俺は、あえてこう言う。


「そうですか、ではやめときます」


「……え?」


「けど安心してください。このデータは、きちんと俺がとっておきますので」


「……は、はぁ!?」


 そう、今回の俺の狙いはこれだ。新海桜の弱みを本人の目の前で証拠品として握る。


 新海の目には俺がどう映っているのだろう。少なくとも、いいイメージが徐々に壊れているのは確実だ。ま、俺に変なイメージなんて持たれても困るだけなのだが。


「そうだ、自分からあなたにお願いがあるんですけど」


「……お願い、ですか?」


 きっと新海はこう思うはずだ。このお願いを聞かなければ、自分が隠していた過去が俺にバラされてしまうと。それならば、俺のお願いとやらに耳を傾けた方がいい。判断するのは、それからでも遅くない……とか。


(無理やり解決する気は……やはりないか)


 新海がまだ実力行使に出ていないのは、善悪の区別がつかない人に手は出すなと俺が昔きつく教え込んだからだ。だから俺は新海を心配するかのような素振りを見せ、新海の審判能力を奪っている。だからこそ新海は俺に手を出せないのだ。


 新海にとってこの場での最適解は、俺から無理やりでもボイスレコーダーを奪い取ることだ。既にネットに保存されたので一応無駄だが、それができないだけでもこいつの甘さが滲み出ている。ようするに、詰めが甘いのだ。


 俺は一度言葉を整理して、新海桜に要求する。


「えっと、何かプロジェクトができたじゃないですか。あれ、正直もう解決したと思うんですよね。だって、根本的な問題はたった今解決できたでしょ? だから、新海さんからお願いしてくれませんかね、このプロジェクトはやめましょうって」


「な、何を言って……」


「いえ、合理的な判断ですよ。あの二人を追い出せた以上、これ以上無駄なことにリソースを割いても仕方がないじゃないですか。だから、よろしくお願いしますね?」


「……」


 新海桜は、答えない。だが、この後すぐにでも行動を始めるだろう。少なくとも自分にとって有害になる要求ではないし、自身が被害者になったため決して不可能なものではなくなったからだ。自分が手に入れた副生徒会長という立場を守るために、こいつは頭を捻るのかもしれない。


 俺の目の前にいる新海桜は困惑しつつも、次の行動を考えているように見えた。だが、今のこいつには何もできない。脳が、現状を受け入れるのを拒否しているからだ。


 そして……


(……やっと来たか)


 数秒ほどたち、大勢の足音が聞こえてきた。教員がようやく図書室に駆け付けてきたのだろう。俺は新海から目線を外し、まだ沈み切っていない夕日を見つめる。


 これから俺たちは事情聴取を受けるかもしれないが、それは許容範囲内だ。というより、計画の内だといってもいい。


 風紀委員会の俺が怪我をしたという事実が教員に広がれば、このプロジェクトの解体がより早まる。だって、このプロジェクトのせいで俺は頬と背中に怪我をする羽目になったのだから。そして、俺と新海が被害者だということはプライバシー保護の観点から他の生徒に漏らされることはない。


 さすがの学校も、生徒の身の安全には変えられないだろう。すぐに代替案を提出され、そこに新海の提案があればすぐに受理される。


 生徒の見回りが、面倒を嫌っているこの学校の教師たちや専門の業者に代わるだけだ。


(さて、七宮先生にはなんて言おうかね)


 そして俺は脳内でこれからの流れをシミュレーションする。ふと新海を見ると、不安げな表情で俺のことを見つめている。



 今のあいつに、先ほどまでの自信に満ちた雰囲気はもうなかった。










同刻:校門近くの暗い駐車場


 すでに暗くなりかけている学校の正門前に、二人の男が潜んでいた。


「おい、逃げねぇのかよ!?」


「静かにしろ!」


 すっかり危うい立場になってしまったこの二人、リクとカイはすぐに逃げるわけでもなく学校の正面にある駐車場で息を潜めていた。


「俺たち、これからどうなるんだよ……」


「いや、まだ希望はあるぜ」


「ど、どういうことだよ!?」


 カイの妙に自信に溢れた佇まいに、困惑しながら尋ねるリク。一見絶望的な二人の状況。少なくとも、明日学校へ行ったら事情聴取が待っているだろう。そしてやったことだけに、退学は免れないはず。下手をすれば警察沙汰だ。


 だが、カイがリクを宥め丁寧に説明していく。


「いいか? 俺たちにとって脅威的なのはあのボイスレコーダーだ。あれさえ取り上げちまえば、証拠はなくなる。そしてその後あの男を脅すのさ。こいつを使ってな」


 カイは懐から銀色に光る物体を取り出す。リクでさえ少し息を吞んでしまった。まさか自分の友人が学校に携帯ナイフを持ってきているとは思わなかったからだ。メリケンサックとは違い、見つかればただでは済まないだろう。


「刃物で脅せばあの男も首を縦に振るだろ。そして今日の出来事は全て噓だったと先公に証言してもらうのさ。今回の出来事は、すべて新海のトラウマが引き起こした被害妄想だったってなぁ!」


「な、なるほど……」


 かなり雑な計画だが、カイはまだ打開できると信じていた。いや、信じなければ精神状態を保てないのだろう。せっかく苦労して入ったエリート校を、一か月も経たずに退学するなんて悪夢に他ならない。


 彼が思い浮かべていた人生計画は、既にめちゃくちゃだ。それもこれも、あの二人のせいで……


「覚えてろよ……今回は少し失敗しちまったが、これからどうにでもなる。そして、あの男と新海に復讐を……」






「お前らだな? オレの悪評をでっち上げてんのは」


「「……え?」」


 そこに、誰かの声が響き渡った。やや中性的な声が、屋外にいるはずの二人の耳に染み入る。そして、暗闇から誰かがゆっくり歩いてきた。


「苦労したぜ、噂の出どころを突き止めるのは。なにせ、みんなオレのことを怖がってるんだからな。だがようやく見つけたぜ? 覚悟しろよ、コラ」


「な、なんでお前がっ!?」


「や、ヤバいぜカイ! あいつだけは……」


 声の出どころに目を向け、その者の姿を捉えるとこの二人はすっかり震え上がってしまった。だってそうだろう。自分たちのような半端な不良ではなく、が来てしまったのだから。


 そしてこれは、完全に二人の自業自得だ。だから二人は必死に弁明を始める。


「わ、悪かった。つい悪ふざけが過ぎちまったんだ。だから許せよ、な?」


「お、俺も、そう! いろんな人と仲良くなるために……」


「あ?」


 その男は、凶暴な性格をしているはずの二人を一睨みしただけで黙らせた。それほどまでに、彼から怒りのオーラが滲み出ているのだ。近くにいるだけで、震えが止まらなくなる。


「……オレが傷つくのはいいんだよ。けどそのせいで、オレの大切な家族にまで嫌な思いをさせちまいそうだからさ。それだけは防がなくちゃなんねぇ。だから、一発で勘弁してやる」


「え、ちょ、は?」


「それが、オレたちヤクザのやり方だ」


 そして近づいてくる男。背丈はカイたちより圧倒的に小柄で小さいが、その暴力性はこの二人も一目置いている。というより、新海なんて比較にならないほどの強さをこの男は秘めているのだ。


「た、頼む! 許してくれ、ユ……」


「やっぱり気が変わった。今までお前らが傷つけた人たちの分まで、オレがケジメつけてやらぁ!!」


 夕方の暗い時間、鈍い音が高らかに響き渡った。その現場を目撃した者はおらず、彼ら以外誰も知ることはない裏事情。現場に残っていたのは、新品のサバイバルナイフと使い古されたメリケンサックのみ。


 そして次の日、彼らは学校に来ることはなかった。しかし、代わりに郵送で二人分の退学届けが届いたという。ガタガタの字で、走り書きをしたような文面だったそうだ。加えて、紙は少しだけ湿っていたらしい。



 その後、この二人の姿を街で見た人は誰もいなかった。










——あとがき——

どうも、バカみたいな量のレポートを出され現在進行形で苦しんでいる在原です。

一応今回のストーリーの結末をざっくり解説すると、彼方の狙いは


・リクとカイを使ってを確保すること

・強姦がギリギリのタイミングで教師を呼び、この二人を問題を起こす生徒に向けた見せしめにすること


という感じです。


回りくどいやり方に思えるかもしれませんが、それくらいしないと自分が育て上げた弟子に勝てないと彼方が判断した結果でもあります。ちなみにこれだけ喋っていて新海桜はまだ彼方のことに気が付いていないという(彼方が生徒会長の弟というイメージが強すぎるのと、当時のやり方とはあまりに異なるため)


それと彼方が学校の理事会とかについて触れていますが、それは幕間にて(中学校の同級生が高校にほとんどいない理由もそこで明らかに)


あと、リクとカイの前に現れた男についてですが、もちろん今後の物語に大きく関わってきますので乞うご期待!


次回、たぶん第2章エピローグになり、幕間挟んで第3章に行きます!


追伸:明日テストなのに勉強時間が現時点でいまだゼロに等しいという(まあ、いける……か?)

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