第31話 合理的解法


 正直、新海は勝てないと思っていた。


 いつまでたっても乗り越えられないトラウマに押しつぶされ、そのまま嬲られ負ける。そしてそのままあの男たちに……


 だが


(まさかこの土壇場で、トラウマを克服してしまうとはな)


 この出来事をもって、新海桜にとどめとなるほどの釘(男たちによる凌辱)を打とうとしていたが、それは失敗に終わってしまった。


 俺はあの男たちに付きまとわれた際、メモ書きをリクのポケットに忍ばせておいた。


 内容としてはこんな感じだ。


・七瀬ナツメは新海桜と仲がいい

・新海桜は放課後、誰もいない図書室で一人の時間を過ごしている。

・新海桜はずっとイジメられていた


 そして、毎度お世話になっている生徒会の意見ボックスに俺の書いた紙を忍ばせた。


『放課後、図書室が不良のたまり場となっている。すでに被害を受けた子もいるから助けてほしい』


 本来、このような意見に目を通すのは義姉さんの仕事だ。だが義姉さんは現在別の業務にかかりきりになっている。そうなるとこれに目を通すのは副生徒会長であり、実質的に新人である新海桜になると読んでいた。


 そしてあの男たちと新海桜の性格上、シチュエーションを整えてしまえば必ず衝突するであろうこともわかりきっていた。さらに狙っている七瀬ナツメと仲のいい人物なら、彼女のことを引っ張れるかもしれない。そう考えるだろうと見越してのこの計画だ。


 だから場を整えすべての調整を終えた俺は図書室の影に隠れていたのだが……


(画鋲とアロン〇ルファを用意しててよかったな)


 決着がつきそうになる数分前、俺は気配を殺しながら扉に大量の画鋲が巻き込まれるようにドアの鍵部分に接着剤を塗りまくった。ちなみに使い終わった残骸はまとめてカイのカバンの中にしまっておいた。これらに触る時は家でも学校でも軍手をしていたので俺の指紋はついていない。ようするに、すべてはカイたちがやったことにしてしまおうという魂胆だ。


(ちょっと、予想外だな)


 まさか、俺が新海にかけた技を再現してしまうとは。少し精度は甘いが、それでも十分に形となっていた。ある程度の体術と持ち前のセンスは健在のようだ。


 師匠としてはうれしい限りだが、頼むから土壇場での覚醒なんてやめてほしい。それは、ヒーローだけに許される特権なのだから。


(でも、まだ大丈夫さ)


 確かに予想外だった。けれど、想定内だ。


 何らかの手段で新海桜が難を逃れた時、当初の予定とはだいぶ違う形で俺が介入する。ぶっちゃけここからはアドリブの要素も入ってくるが、問題はないだろう。


 俺の胸ポケットとズボンのポケットには、それぞれ違う機械が作動している。そして、それを最大限に生かす戦い方をする。まるで、の八つ当たりのように。


(……とりあえず終わらせるか)


 俺は重い腰を上げあいつらの方へと歩いていく。徐々に気配を濃くして、全員の目に入るように。


 さあ、この因縁と、かつての片翼に餞を……



   ※



「てめぇ、なんでここに!?」


 最初にそう啖呵を切ったのはずっと新海と激闘を繰り広げていたカイだった。予想外の第三者の登場で完全に気が動転しており、落ち着きを保てずいつもより荒々しい口調になっている。そしてリクと新海は何を言えばいいのかわからないのか口を開けたまま言葉を詰まらせていた。


 俺は誰かが喋りだす前に適当にここにいる理由をでっち上げる。


「図書館で勉強して気が付いたら寝てたんだ。そしたら誰かが騒いでるんだぞ? そりゃ簡単に飛び出すことはできないだろ」


「え、あ、ああ……」


 先ほどまで強気だったカイやリクも俺になんて言えばいいのかわからないらしかった。しかしそれはそうだ。何せ俺は完全に巻き込まれた無関係な人間で傍から見れば不幸な人間そのものだった。


 だがカイは直ぐに意識を切り替え、ターゲットを新海から俺に切り替える。


「ハ、ハハッ、この前ぶりだなセンパイ。大人しく帰って今日のことを黙っていてくれりゃ、悪いようにはしないぜ?」


「……」


 脅しとしては、これ以上の言葉を出すことはできないのだろう。


 一見こちらが脅されているように見えるが、立場が弱いのは明らかに向こうだ。

 何せ生徒同士で争っているところを見られてしまったのだ。それも、男二人がかりで女子一人に襲い掛かるという卑劣な行為。新海が証言すればこの二人は退学……最悪、警察のお世話になってしまうだろう。


 そんな危うい立場に立っているにも関わらず、持ち前の威圧だけであたかもこちらが不利に立たされていると錯覚させてしまうのだ。この男、駆け引きの才能があるな。


 だが


「悪いな」


「あ?」


「もう、手遅れだ」


 俺は胸ポケットからとあるものを取り出す。真っ白い長方形の物体で、スマホを持っている人なら別に持たなくてもいい無用の道具。


「それは……ボイスレコーダーか!?」


「……まあ、な」


 ただのボイスレコーダーではない。俺が魔改造を施したトンデモボイスレコーダーだ。

 音質をクリアに再現できるのはもちろんのこと、IoTの波に乗り常時インターネットに接続できるようにしている。一円玉よりも小さい専用機器を取り付ければそこから録音できるし、それをすぐさまネットに保存できる。これで奪われてもデータは安全だし、すぐにスマホで再生できる。

 おまけにこのボイスレコーダーにはボイス変換機能がある。ようするに、某名探偵のように声を変えて話すことが可能となるのだ。まあ、今回ボイス変換機能は使う予定はないが。


「ここにいる全員の今までのやり取りが、こいつに保存されている」


「「「!?」」」


 俺がそう言うと、三人はそれぞれ驚愕に顔を染めた。

 二人の男子は、今回しでかしたことが俺の気分一つでバラされるという焦燥感から。

 一人の女子は、証拠が出来上がっていた良かったという安心感から。


 次第に両者の顔は対照的になっていく。二人の男子は青ざめ、一人の女子は安堵の顔を。そして、それを冷めた表情で見つめる俺。


(……気が付いていない、か)


 残念だよ、新海。これが、お前にとってどんな意味を持つのか……


「そ、そいつをよこしやがれ!」


 そう言って俺に突進してくるカイ。追っていたはずの新海を通り越し、俺に右腕を振りかぶってきた。


(ここで下手に身体能力を披露するわけにはいかないな)


 幸い、俺の正体に新海はまだ気が付いていない。だから俺はカイの拳を避けることなく、そのまま無防御で受けることにした。


「おらぁ!」


「っ!」


 そして腹を殴られた俺は綺麗にドアのほうまで吹き飛ばされてしまう。ほんのり受け身をとったおかげで骨折はしていないが、それでも十分痛い。


「し、椎名くん!?」


 それを見ていた新海は俺にすぐ駆け寄ろうとする。だが、リクがそれを阻止した。走り出そうとした新海の前に立ちふさがり、不敵な笑みを浮かべている。


「おっと、俺がいるのを忘れんなよ」


「っ……」


 リクはポケットから取り出したのか、メリケンサックを装備していた。リクの身体能力はそこまで脅威ではないのだが、武器が彼の危険度を引き上げている。新海も、むやみに近づけないのだろう。そもそも、武器を持った相手とは下手に戦ってはいけないと教え込んでいる。


 そして俺のことを吹き飛ばしたカイが俺に近づいてボイスレコーダーを取り上げようと手を伸ばす。だが



「……それ、以上は、やめた方がいいぞ」


「は、なんだよ。この期に及んで俺に脅しか?」


「……言っただろ、もう手遅れだって」



 俺はカイの手が届くより先に、自身のズボンから愛用しているスマホを取り出す。そして、その画面をカイに見せつけた。


「通話ちゅ……はぁ!?」


 カイがひどく狼狽し始めたが、それも無理はないだろう。スマホの画面にはこう表示されていた。



『通話中:七宮小春』



 今までのやり取りを、ずっと七宮先生に聞かれていたのだから。


「七宮、だとぉ!?」


「そ、それって、数学の先公じゃ……」


 七宮先生は一年生の数学も担当しており、風紀委員会の補佐的な役割を担っている。もしかしたら、この二人も数学の授業でお世話になっているのかもしれないな。


「逃げた方がいいんじゃないか? この電話を繋げたのが二分くらい前だから、あと一分もすれば七宮先生がここへやってくるぞ。大勢の応援を連れて」


 俺がそう脅しをかけると、カイは完全に青ざめていた。


 物的な証拠は取り上げたり、相応の言い訳をすることでかき消せるかもしれない。だが、現在進行形で新海への強姦まがい(俺に対しての暴力も含めて)の証拠が外部へ流出しているのだ。よりにもよってそれを、教師に知られてしまった。


 もはや、こいつらの学校生活は終わったも同然。


(残念だったな。せっかく頑張って偏差値の高い学校へ入学できたものを)


 そうだ。人生たった一度のミスで、どうしようもない崩壊への道が簡単に作り出せてしまう。


 あの時、俺がこのボイスレコーダーを持っていて……クズ同然の奴に見切りをつける事さえできていれば、こんなことにはなっていないのだから。


「くっ、逃げるぞリク!」


「う、嘘だろ!?」


「とにかく、ここを見られるのはヤバい!」


 カイがそう叫ぶと、誰よりも先にリクが扉の方へ走り出した。やはり、根は臆病な奴だったのだろう。それがカイのせいで増長してしまったと。

 我先に逃げようとしたリクは閉ざされているドアを開けようと施錠部分に手をかける。

 だが


「痛っ、な、なんだよこれ!?」


「が、画鋲に、接着剤だと!?」


 俺が仕込んでおいたトラップに見事引っかかる。リクの手にはあちこちひっかき傷のような跡ができ、ほんのりと赤く染まっていた。針が深く刺さってしまったのだろう。

 俺はその瞬間をこっそりスマホで撮影し、あの二人に言い放つ。


「それ、鍵がかかってない状態でくっついてるから、別にドアは開くぞ?」


「「……は?」」


 俺の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせゆっくり扉を開ける。すると、本当にカギはかかっていなかった。


(人間の心理的に、鍵が塞がれているとそのドアは開かないって思っちゃうんだよな)


 何より、そのドアを自分たちが最初に閉めたのだから当然だろう。こればかりは少し性格が悪かったかもしれない。


「と、とにかく逃げるぞ!」


 だがそんな違和感にも気づけないほど余裕がなかったのか、あの二人は何も考えることなく図書室を後にした。まあ、あの二人に関しては新海が何とかするだろう。



 さて、先生が来るまでもうちょっと余裕があるな。



「えっと、椎名、くん?」


 驚いた表情で俺のことを見つめる新海桜。一体何から話せばいいのか。そして俺になんて声をかけていいのか。この状況を合わせてすべてがわからないのだろう。巻き込まれてしまった彼女の心理を考えれば、仕方がないことだと考えるだろう。だが、俺にとってはここからが正念場だ。


 俺は床に落ちてしまったボイスレコーダーを拾い上げる。


「……」



 さて、終わらせるか。











——あとがき——

更新頻度遅くてごめんなさい、在原です。

いろいろモヤモヤする要素はあるかもしれませんが、もう少ししたら解消される部分が出てきますのでお待ちを……次話、乞うご期待(このタイミングで新キャラも?)

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