第30話 あの日の私に餞を
あの時の情景が、私の脳内を駆け巡る。震えと寒気が私を多い、血の流れが止まったかのように吐き気が襲ってきた。
「ははっ、正直疑ってたが、その顔はマジみたいだな」
「……なぜ、それを」
「タレコミがあったんだよ。あんたを嫌っている誰かからなぁ」
そう言って気持ち悪い笑みを浮かべるカイ。リクという男もカイと渡り合う私を見て不安げになっていたが、どうやらカイに自信が戻ったことで完全に調子を取り戻したようだ。
「俺らはなぁ、今までいろんな奴を追い詰めてんだ。そいつらはよぉ、今のお前と同じ顔をしながら怯えるんだ。さて、過去のことは置いといて第二ラウンドといこうか」
「何を、言って……」
「最初はこれをネタに脅してやろうかと思ったが、センパイのせいで完全に気が変わっちまってよ。少しばかり痛めつけねぇと俺の気が済まねぇんだわ」
先ほどは興奮していたが、徐々に落ち着きを取り戻したカイ。対する私はずっと心臓がうるさく脈打っていた。まさかここで、あの時のことについて言及されるとは思わなかったからだ。
「安心しろや、ぶっ殺しは死ねぇ。ただちょっと上半身と下半身がそれぞれ痛くなるだけだ。ま、あんたが処女ならの話だがな」
「頼んだぜカイ。俺はまだ目が痛ぇからもう少ししたら行くわ」
「おう、任せとけ」
そうして再び戦闘モードへと切り替わったカイ。だが私は直ぐに意識を切り替えることができない。あの時のことを思い出してしまうと、どうしても体がついてきてくれないのだ。
(くっ……こんな、ときに)
私は強い。あの時とは違う。
今まで自己暗示を何度かけてきたが、私は変われなかった。中学校時代の前半、彼方に依存してしまった私は自分で歩くことができなくなっていたのだろう。そして、それは今も続いている。
いや、彼方が消えてから非日常と関わる機会がなくなってしまったため、過去以上に悪化しているかもしれない。
私は、過去のトラウマを乗り越えられないでいた
「どうした? 顔が青いぞ?」
「おいおい、今更逃げるとか寒いこと言わねぇよなぁ?」
ニヤニヤと煽るカイとリク。そしてカイが私の下へと足を進めてきた。何とか対応しようとするが、気づいた時には肩を掴まれていた。
(しまった、油断して……)
急いで振りほどこうとするが、カイの圧倒的なパワーに太刀打ちできず硬直する。そのまま腕に力を込め
「まあ、楽しもう……ぜ!」
カイが私の体を引き本棚の方へ遠心力を使い思いっきり吹き飛ばした。そして私は本棚に思いっきり突っ込むように倒れこんでしまう。
「うぐっ」
私は本棚の硬い部分に背中をぶつけて一瞬呼吸ができなくなってしまう。しかも落ちてきた本が頭や肩にぶつかって当たったところがジンジンする。この一瞬で大きくダメージを受けてしまった。私は膝を床につきながらカイのことを睨む。
「まったく……乱暴、ですね」
「あんたには言われたくねぇな……おら、キリキリ舞えや!」
そしてカイは私に勢いよく蹴りを突き出してきた。私は体をねじりながらそれを回避し、彼の鳩尾に浮かせた右足でカウンターの回し蹴りを入れようとする。だが
「はっ、二度は通じねぇよ」
「っ!?」
私が繰り出した蹴りはやすやすと受け止められてしまい、そのまま足を掴まれた。さらに……
「おいおい、失望させてくれんなよ。副生徒会長さんよぉ!!」
「あうっ!?」
それは純粋な握力。私の右足が、彼の手によって締め上げられているのだ。骨がミシミシと軋み、鈍い痛みの信号が私の脳に直撃する。
「や、やめっ……なさい!」
「おっと!」
私は掴まれた足をあえて押し込み、無理やり彼の腹に蹴りを入れた。僅かな衝撃だったが、手の拘束が緩んだ一瞬の隙をついて何とか脱出に成功する。
(骨は……大丈夫そうですね)
罅くらいは入っているかと思ったが、これならまだ動ける。青いあざがついてしまったが、これくらいならまだ許容範囲だ。痛みを堪えれば走ることも可能だろう。
「まったく、イジメられっ子のくせにしぶといねぇ」
「……っ!」
マズイ、また体が固まり始めてきた。過去の闇をつかれると私はどうしても動けなくなってしまう。これが私、新海桜最大の弱点だ。
「へぇ、やっぱりこれを言うと効くみたいだな。俺の勘に狂いはなかったか」
「誰が……イジメられっ子ですって?」
私は不敵な笑みを浮かべ誤魔化そうとするが、うまく笑うことができない。おかしいな、表情のコントロールにはかなり自信と定評があったはずなのに。
「いいや、お前は生粋のイジメられっ子だ。この俺が保証してやる。お前はまた、あの時に逆戻りする」
「っ!?」
とんでもない悪寒が私の体を駆け巡った。だが、ここで素直に体の自由を手放してしまってはダメだ。それでは、あの時と同じ……
(私だって……私、だって!)
覚悟なら、あの学校の屋上で二度もした。それならば、するべきことは決まっている。
抗いながら、歩くのだ。たとえ、一人っきりだったとしても。
「ま、犯すのは最後にしてやるから安心しろ。それまではせいぜい俺のサンドバックになれや。じっとしてるなら手加減してやらなくもないぜ?」
「私が、そんな言葉に従う女に見えますか?」
「ハハッ、だよなぁ!」
そして再び本格的な戦闘が再開した。カイ無駄口をたたいてくれていたおかげで多少は体が動くくらいにほぐれた。
「しっ!!」
「っ!?」
カイが正面から拳を突き出してくる。かなり雑だが、崩れた正拳突きという言い方が適切だろうか。見た目は限りなくダサいが、威力は並大抵のパンチよりよっぽど強力だ。
「……ふっ、っ!」
今の私にこれを正面から受け止められるほどの筋力はない。だから回避と受け流しに全神経を注ぐ。正面から突き出された拳を手や腕を使っていなし、下手にカウンターを入れずバックステップを取る。近接戦に持ち込まれれば持ち込まれるほどこちらが不利になるのはよく分かった。それなら、ある程度攻撃をさせて、そのまま消耗戦に持ち込むまで。
『自分より格上の相手と出会ったら、迷うことなく逃げるんだよ?』
(うるっ、さいですね!?)
彼と戦い始めてから怨敵の声が脳裏に響く。私自身も組手まがいのことをするのは久しぶりなのであの時のことを少しだけ思い出したら、あの男の声が一緒に入ってきた。
『逃げることイコール負けってわけじゃない。その場を凌げさえすれば無限にその後の可能性を創れるんだから』
(私、だって、逃げられる、ならっ、逃げたいですよ!)
私は極限の集中状態に入りつつ、余計な男の記憶を削ぎ落とす。今必要なのは、目の前の男と渡り合うための技術と技だ。思い出せ。私はあの日々に何を学んだ……
「おらおら、避けてばっかじゃつまんねぇぞコラ!!」
「くっ!」
並行思考ができるとはいえ、目の前の脅威はそれを妨害できるほどの力量を持っている。消耗戦に持ち込むといったが、このままじゃその前に私がやられてしまう。
(この、ままじゃ……)
『だから君は、いつまで経っても変われないんだよ』
「っ!!」
私は迫りくる拳をかがんで回避し、肩を突き出し今出せるトップギアで思いっきりカイに突っ込んだ。
「なっ!?」
今まで避けに徹してきた私の思わぬカウンターに驚いたのだろう。カイは驚きに顔を染めながらバランスを崩して後ろに倒れこむ。そして彼の服の裾を掴んで思いっきり地面にたたきつけた。
「がっ!?」
私は彼の鳩尾に改めて膝蹴りをする。胴体の正面と後ろから衝撃が加われば少しの間は動かないでくれるだろう。そしてそのまま飛び上がり、カイの顔を踏み走り出した。
「なっ、待ちやがれ!!」
私の行く手にずっと手を出さなかったリクが立ち塞がった。だが
「足元……あいてますよ?」
「へっ?」
リクは何が起こったのかわからなかっただろう。なにせ気が付いたら天井を視界に入れていたのだから。そしてそのまま背中から床に勢いよくぶつかる。
「グオッ!?」
そして体を痛めるようなしぐさを見せながら再び立ち上がろうとする。なるほど、根性だけはあるようだ。しかし、起き上がれないところを見るにかなりのダメージを受けたのだろう。
一瞬の出来事だったかもしれない。だが……今、私は橘彼方のステージに立つことができていた。彼方が言っていた。人間は極限まで追い込まれた時、そこで初めてずっとしてきた努力が実を結ぶのだと。
私は、本当の意味であの男を卒業することができたのかもしれない。
(それにしてもあの男、あの時の私にえげつない攻撃をしたんですね)
咄嗟に出た技で不完全なものだったが、足払いをして地から足を離してもらい、そのまま肩に軽い蹴りを入れ胴体を空中で横回転させる。そしてそのまま勢いをつけて背中から地面に落ちてもらう、と。
少なくとも男子が女子にかけていい技ではないし、背骨を骨折するリスクがある。下手をすれば事故で頭を……
(あれ、でもあの時に感じた痛みはさほど……)
これほど派手な攻撃をされたら目の前のリクのように大ダメージを食らったはず。だがあの時は軽い衝撃が伝わっただけで……
「俺の顔を、踏みやがったなぁ……」
「っ!?」
後ろを振り向くとすでにカイが起き上がっていた。このまま戦い続けても私が一方的に損をするだけだ。私は急いで扉の方へ走り鍵を開け脱出しようとする。
(このまま逃げれば、私の勝……)
だが、おかしい。あれ、この扉……なんで鍵の部分に接着剤と画鋲が……
「……もう終わったか?」
「「「!?」」」
今までのやり取りの中で初めて聞いた声。いや違う、この声はつい最近……
「な、て、てめぇ、誰だ!? いつからそこにいた!」
そこには、一人の男が立っていた。
長い髪を伸ばして目がよく見えないが、不気味で歪な雰囲気が彼を包み込んでいる。一見関わるのを躊躇してしまうような見た目だが、私は一度会っている。
そう、確か遥会長の……
「お前、あの時の!」
するとカイとリクもその人物の顔を見て驚いている。もしかして、一度どこかで会っていたのだろうか。だが、そんなことはどうでもいい。
(どうして、彼が……)
もしかして、全てを見られていたのだろうか。だとしたら、一体いつから……
(……椎名、くん)
私が尊敬する生徒会長の弟、椎名彼方がそこにいた。
——あとがき——
レビュー人数が1000人を突破してました!
沢山の人に評価を頂き感激です。中にはもちろん低評価もありますが、めげずにこれからも作品を書き続け、評価を改めてもらえるくらいの内容にして見せますのでご期待を!
改めて皆様、本当にありがとうございます!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます