第100話 雪花瑠璃①
私の家は極道の家系だった。
ヤクザとか暴力団とかそんな風にも言われることがあるが、とにかく私はそこの組長の娘として生を受けた。父の話によると、幼少期の私はとにかく泣き虫だったらしい。今では自分でも首を傾げてしまうが、きっと回りに強面の男たちしかいなかったことが原因だろう。顔に傷があったり、刺青が体中に入っていたし。
幸いだったのは、私は組長の娘として彼らに丁重に扱われていたことだ。お嬢とか姫とか恥ずかしい呼び名で呼ばれることがしょっちゅうで恥ずかしいことこの上なかったが、最終的にそれを許している分私も結構甘いと思う。
しかし、そんな私でも周囲との違いに苦しんだ。
普通の家の子は体に傷がある集団に囲まれたりしないし、家に刃のついた日本刀や拳銃が置いてあることはない。当然私は周りの子たちに馴染めず、日々寂しい思いをしていた。だが私が折れなかったのは、『家族』という存在がいたからだろう。
「ほら翡翠、こっちこっち!」
「まってよ、おねーちゃーん!」
私の泣き虫が鳴りを潜めて来たころ、よく弟と一緒に過ごすことが増えた。弟の名前は翡翠。とっても可愛くて一つ年下のあどけない男の子。
そして、庭で駆け回るそんな私たちを微笑みながら見つめる、優しい二人。
「はっはっは、やっぱり子供はこうして駆け回るのが一番だ。そうだろう、
「ええ、見ていて微笑ましいです。ただ、もしも怪我をさせた暁には色々と覚悟をしてもらいますね?」
「お、おう。任せおけ!」
「本当ですか? あなた、昨日もあの子たちに混ざってはしゃいでいたでしょう? いい加減自分の歳を考えなさい」
「……わかってるわ」
豪快に笑い、ちょっとしたことでいじけてしまうのが私のお父さん。そしてその隣にいるちょっと口調が強めで、それと同じくらい優しそうな人が……
「おかーさーん!」
「ふふっ、二人は本当に元気ね」
私たちのお母さん。私と翡翠が駆け寄るとそのまましゃがんで抱きしめてくれる。彼女の着物から香る太陽のような匂いが私は大好きだった。お母さんの匂いを嗅ぐと、不思議と安心するのだ。この時ばかりは周りに馴染めず心が泣いていた私もそのことを忘れられた。
雪花珠希はこの家の中である意味、夫である雪花琥志郎よりも発言力が高い。琥志郎が尻に敷かれているという現状もあるのだろうが、彼女を怒らせてはいけないという暗黙のルールが雪花組に存在していたのだ。確か一度ブチギレてお父さんのことを半殺しにしたとかしてないとか。
「私が二人のことを抱きしめられるのも、あと何回なのかしらね?」
「これ珠希。滅多なことを言うな」
「ふふっ、冗談です」
私たちのお母さんは病院に通っており、この頃から頻繁に入退院を繰り返していた。もう少し成長して物事が分かるようになったときに、私と翡翠はお母さんが癌を患っていることを告げられる。
何度も患部を切除しているらしいが、そのたびに他の臓器に転移しているらしく、いたちごっこのような現実が続いているそうだ。今は医学や薬の発達もあり抑えらるものは抑えられているらしいがそれでも限界はあるとのこと。そしてなにより、私たちのお母さんはもともと昔から病弱だったそうだ。私と翡翠を出産できたのも奇跡だったらしい。
「心配しなくても、今回もすぐに完治させるわ。とりあえず、二人は友達でも作ってお母さんを安心させなさい」
「「うっ」」
「……まったく、あんたたちは。これじゃあ安心して養生できないのだけど」
どうやらお母さんは私と翡翠にロクに友達がいないことをお見通しのようだった。しかし私には家族がいるため無理に友達が欲しいと思ったことはない。そしてそれは私の服をつまんでくる翡翠も同じだろう。
「いい? 私たちは私たちだけで生きてるわけじゃない、いろんな人の支えがあって今を生きられてるの。だから、二人もいろんな繋がりを作っておきなさい」
そう言って私たちの頭をワシワシと撫でる。こういう時は決まって私たちは無言になってうつむいてしまう。きっと心のどこかでお母さんの言葉に納得ができていなかったからだろう。別に、私には家族がいれば他には誰も必要ないんだと。
「翡翠はきっとお父さんに似てかっこよくなるだろうし、案外女の子とかを引っかけてきそうね」
「そ、そんなの私認めない!」
「瑠璃だって同じよ。きっと可愛くなるでしょうし、男たちにちやほやされると思うわ」
「ぶつぶつ……おねーちゃんに男……ぶつぶつ」
私の隣でボソボソと小さな声で不吉な声を呟く翡翠。思えばあの子は不満や怒りを内に秘める子だった。その兆候はこの頃から現れていたのだと思う。たまに私でも翡翠のことが怖くなっちゃうときがあるし、
「とにかく、二人はもっと他人とコミュニケーションをして仲良くすること! いいわね?」
「「はい」」
そう言い残してお母さんは何度目になるかわからない入院生活を再開した。こうして元気に接してくれているところを見ると病に苦しんでいるのがまるで嘘みたいだ。それくらいお母さんは私たちの前で元気にふるまってくれる。
「……はぁ」
そして私たちはお母さんが言い残した他人と仲良くすることは高校生に至るまでほとんどできなかった。いや、翡翠は普通にいろんな人と話していたかもしれない。いつまでたっても合わせてくれないが、どうやら女の子の友達まで作っているようだし。
「私は一人ぼっち」
そうして私は自分の部屋で三角座りでゲーミングチェアに座る。翡翠と一緒に過ごせば過ごすほど、私の心に穴が広がっていくような感覚に陥る。もしかしたら私も、本当は普通の女の子みたいに過ごして友達を作りたかったのかもしれない。
けど、今まで偏見の目で見られてきた私はもうすっかり他人のことが怖くなっていた。病院に行ったわけではないので自己分析になってしまうが、私はきっと『自閉スペクトラム症』になっていたのかもしれない。
家族以外の人と接するのが怖いし、自分の勝手な価値観があるし、騒がしい場所が苦手だし、そしてなにより周りから指をさされるのが怖い。その影響もあってか、私は追い詰められたときにヒステリックな行動を取ってしまうことがあった。
『おっ、お嬢っ、どうか落ち着いて……』
『煩いうるさいウルサイッ!』
確か何か失敗をしてしまい、それをお父さんの取り巻きにくすっと笑われたんだっけ。そしてその時に頭が一瞬で沸騰してしまい、その人に殴りかかってしまった。幸い私自身の筋力が普通の女の子並だったためその人は少し擦り傷を負っただけで大きな怪我はなかった。しかし、この時点から私が日常生活に溶け込めるのか身内に心配されていたのは事実だった。
しかし、そんな私にも息抜きというか心休まる時間があった。そう、オタ活である。
「ふふふっ、限定のドラマCDゲット♪」
友達のいなかった私はいつしか二次元の沼にハマっていた。漫画や小説、アニメにゲームに果てには海外の映画まで。幅広いジャンルに手を伸ばし夢を描いたような世界に没頭する。きっと私は現実から逃げていたのだろう。嫌なことから目を背けたかったのだろう。
同年代で話すのは弟だけだし、父親も最近は家に帰ってくるのが遅い。しかもお母さんは組員たちの噂で症状が悪化していると耳にした。そう、そんな都合の悪いことから私は目を背けたかったのだ。あるいは初めからなかったことにしたかった。
そんな私が小学校や中学校でどう過ごしていたのか。それは至極簡単で、教室の自分の席から動かず静かに本を読む日々を過ごしていた。勉強も最低限は真面目にやったし、周りが騒がしいなら図書室へと場所を移したりと、とにかく一人きりの時間を作り出していた。
(このままじゃ、いけない)
さすがに自分でもヤバいと自覚し始めてきて、高校ではもう少し他人と関わろうと決める。中学まで一緒だった人たちと仲良くするのは気まずいので高校はできるだけ知り合いがおらず偏差値の高い場所を選んだ。
高校では、母の言いつけ通り他人とできるだけ関わり友達の一人くらいは作って見せると覚悟して。
そして青春の最高潮の始まりともいえる高校一年生。友達作りの輪が広まり新しい生活に胸をときめかせるとき。みんながこの先の高校生活にワクワクしていただろう。この先の勉強に不安を抱える者やゲームの話で意気投合する者。私が出会ったことのない人種やもしかしたら趣味が合うかもしれない者まで色々な人間が狭い空間の中にたくさん存在した。
そんな中……
私はボッチだった。
——あとがき——
祝100話!!!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ノリで初めたこの物話ですがここまで長く続くとは思いませんでした。実はもう少し短いところで完結している想定で展開していたのでびっくりです。まぁ、作者の無計画性が出てしまったということで笑い飛ばしておいてください。
それではまた、近いうちに……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます