第99話 人は進む
いつもより騒がしくなった学校だったが、比較的まじめな生徒が多いということもあり放課後になる頃には騒動も落ち着いた。しかし、今朝のことはしっかりと生徒たちの脳裏に刻まれてしまった。少なくとも、これから復学することになる生徒は常に偏見の目で見られるだろう。
(もしくはそれを利用して……いや、さすがにないか)
もしやそこからさらに何かを企んでいるのかと深読みしてみるが、すぐにその可能性は切り捨てる。きっと俺を表舞台に引きずり出すために、様々な方面へちょっかいをかけるつもりだろう。きっと最後に狙われるのは……
(新海桜だろうな)
信也は、俺と新海があれ以降交流を絶っていることを知らない。そうなるように仕向けたのはあいつだし、俺と新海の事情を察している部分もあるかもしれないが、最終的には彼女に手を出していくはずだ。だが、昔とは違い彼女は心身ともに強くなった。そんな二人がぶつかればどうなるか。その終着点は、俺にも予測できない。
ガタッ……
ふと隣に目を向けると、荷物をまとめ終わった雪花がちょうど帰ろうとしているところだった。彼女の心中は分からないが、自分の許嫁が何かをしたというのに気づいているのかもしれない。
(そもそも、当事者である二人は接触をしているのか?)
雪花と信也が顔を合わせたという話はあの屋敷に侵入した日を含めて一度も聞かなかった。もしかしたら、お互いの顔すら知らない可能性もある。少なくともこいつの父親は信也のことをよく思っていなかったらしいし、接触そのものを断っている可能性が出てきた。
だからこそ、各々が抱えているしがらみをいちいち考えて俺も行動しなければならなかったのだ。
だが……そんな細かい事情はもう関係なくなった。
これからやろうとしていることは、そのような個人の感情などを全く考慮しない強引な手法。下手をすれば、雪花本人の心が折れてしまうかもしれないある種の賭け。これ以上、信也を放置することはできないが故の荒療治だ。
この事態を収束に導くためには、雪花にきっかけを作ってもらわねばならないのだ。
(まるで、あの時の繰り返しだな)
俺は二年生になったばかりで、如月や雪花がギクシャクしていた時のことを思い返す。やろうとしているのは、あの時の再演に近い。まあ、今回如月は巻き込むつもりはないが。
「とりあえず、仕込むか」
そうして俺は放課後の誰もいない時間帯になるのを待ち、必要な準備を開始するのだった。
準備が終わり帰宅。とりあえず、この数日間を合わせてやれるだけのことはやった。そのうえで雪花が動こうとしなかったり自分の殻に閉じこもるだけの弱い人間なのだとしたら、全てを諦めるしかないだろう。
「そしてそうなったら、俺の目的の一つも叶わないと」
高校に進むと決めた際、いくつか目的を定めて行動してきた。そして今回の出来事でその一つ……いや、二つが叶うかと思っていたのだが、雪花の行動次第ではすべて水の泡。まったく、よくこんな他人頼りの計画に仕立て上げてしまったものだ。
「以前の俺なら、そもそも自分一人で完結させていたな」
雪花を巻き込むと決めたのはこの一連の騒動に関する当事者だということもあるが、同時に彼女の中にある何かが俺の後ろ髪を引いたのだ。
「……俺も、戻って……いや、進んでいっているのか?」
以前のようにはならないと決めていたが、少しずつ自分の性格が軟化していることに気が付き始める。少なくとも、他人の家に忍び込んだり後輩に頼ったりするなど、以前の俺には浮かび上がらない選択肢だった。他人を利用するのと頼りにするのとでは、大きく違う。
「きっかけは、まぁ姉さんか」
彼女は生徒会を辞任してからというもの、最低限の家事をしながらリビングで遅くまで勉強をしている。どうやら本格的に受験に向けた勉強を始めているようだった。ちらりと彼女の勉強跡を見た感じでは上位私立大学にギリギリ届かないくらい……と言った実力だ。少なくとも今は、だが。
「人は、成長する」
その例を、身近な家族に見せつけられた。だからこそ俺の琴線に触れ、俺に新たな選択肢や視野を与えてくれたのかもしれない。あるいは皮肉なことに、ほんの少しだけ昔の自分に戻してくれたのかもしれない。
「さて、姉さんが夕飯を作り始める前に、またあいつに電話をしないとな」
ここ数日で何度コンタクトを取ったかわからないが、恐らくこれが最後のコンタクトになるだろう。少なくとも、それくらい重要なことを今日は聞き出そうと思っている。雪花を動かす、最後の一押しとしてどうしても知っておきたい。
そして数度の呼び出し音が鳴り響いた後、その人物が電話に応じた。
「時間はいいか?」
『そんなことを聞くくらいなら、いちいちかけてくんな』
相変わらず強気な後輩、翡翠が不機嫌ながらに電話口でそう吠える。本題に入る前に、今朝のことを聞いておいた方がいいか。
「今朝は大変だったそうだが、事態は収束したのか?」
『あぁ? ナツがなんか言ったのか?』
「いや、今朝の意味不明なメッセージ以降なにも。だが、お前たちのクラスで問題があったことは分かる。そして今朝担任に言われたことを考えれば、おのずと答えは導かれる」
ちなみに七瀬と連絡を取っていないと言ったのは嘘だ。彼女には帰り際チャットを飛ばし、何があったのかを詳細に聞き出した。そして彼女のクラスが停学者を出し現在荒れていることが伝えられ、出来る限り問題にならない方法で事態を収束させる方法をいくつか伝授した。
だが、翡翠は俺と七瀬がそんなやり取りをしたことを知らないし、俺もわざわざ聞く必要はない。何故聞いたのかと言うと、こいつとできる限り言葉のキャッチボールを重ねるためだ。今から聞こうとすることはそれくらいデリケートなことで、出来る限り言葉を交わして向こうが話しやすくすることを狙った。
『どうにもこうにも、今朝からずっと騒がしいまま終わったよ。てめぇ、わざわざそんなことを聞くためにオレに電話してきやがったのか?』
「もちろん違う。七瀬のチャットの意味を知りたかっただけだ」
『ならあいつに直接聞け。オレのことを巻き込むんじゃねぇ』
まるで姉のようなことを言い出す翡翠。そろそろ向こうも本題が切り出されるのをイライラと待ち始めているようだし、そろそろ本題を切り出すか。
「とりあえず今日電話したのは、お前にもう一つ聞きたいことがあったからだ」
『なら最初からそう言えよ。余計なことを聞いてくんな』
「そう言うな。それくらい、今から聞くことが重要なことということだ」
『……姉貴に関する話なら、てめぇにすることは一つもねぇ』
「当たらずも遠からずと言ったところだが、少し違う」
俺が聞きたいのは、雪花瑠璃本人のことではない。彼女を取り巻く家庭環境について。すなわち……
「お前たちの、母親について話が聞きたい」
『っ!?』
まさか母親のことを尋ねられるとは思っていなかったのか、翡翠が衝撃を受けているのが電話越しでも伝わる。やはり、それくらいデリケートな問題だったのだと確信するとともに、向こうから重苦しい威嚇するような声が聞こえてくる。
『てめぇ、ちょっと調子に乗りすぎてねーか……ああ“!?』
電話の向こうの翡翠は、完全にブチギレているようだった。まぁ、いきなり母親のことを聞かせろと言い出すのはさすがに不謹慎が過ぎる。なにせ、こいつの母親は入院しているらしいし、なにやら重い話を抱えている可能性が高い。
「理由を今から話す。そっちに、雪花が絡んでくる」
『おい、誰が話を続けていいと言った?』
「なら、今から話すのは独り言だ。その独り言を聞いたうえでお前がどう思うか。お前が自分で判断しろ」
そうして俺は話しだす。まずは……雪花瑠璃の、異常性についてだ。
「思えばあいつは精神的に強がっている節があった。そしてちょっとしたきっかけでそれが爆発し、本人でも思いの寄らない行動を取ることがある」
そう、まさに如月との一件だ。あの時雪花は本気で如月を殴ろうとした。普通に考えて、突飛な行動すぎる。そしてすべてが終わった後もその行動を反省していないどころか自分で異常だと気がついていないなど、疑問を抱えるような素振りがいくつかある。
「さらに、他人に対して異常なほど疑心暗鬼なこと。俺はもちろん、あいつがクラスで信頼している人間は、一人もいない」
如月の影響でクラスメイトと話す機会が少なからずある雪花だが、その中に友達と呼べる人物はおろか気を許して会話をしている人間は一人もいない。俺は例外だとして、同年代のクラスメイトにすら気を許さないなんて普通じゃない。何か他人を信頼できない理由がある証拠だ。
「そしてお前の父親が奥さん、つまりお前たちの母親について触れた時のことだ。あの時の雪花は、今まで見たことがないような安心した表情をしていた」
翡翠と一緒にいる時とはまた違う、まるで健気な子供のような表情。あの時母親のことについて聞いている雪花は、それこそ心に積もっている雪が溶けたかのような顔をしていたのだ。
普段とのギャップにあの時は驚いたが、あそこまで態度を百八十度変えるというのも違和感がある。つまり、雪花の普段のあの態度は母親が大きく関わっていると予想した。そして、今雪花が強引に動けない理由も恐らく母親にある。
「だから、俺はお前の母親について情報を仕入れなければいけないと思った。それがすべてだ」
全てを話し終えた俺は翡翠の返答を待つ。応じてくれるかどうか、そしてこの後の行動がどう変わるかはすべて翡翠に託された。こいつの選択は、俺にとって重要な局面になる。
そして、しばらく時間が経ち……
『気に食わねぇ。ずかずかと他人の家庭に土足で踏み込んで涼しい顔をしているのもそうだが、てめぇが姉貴のことについて知りすぎているのが何より気に食わねぇ』
そうして今までで一番ドスの利いた声を聞かせて話しかけてくる翡翠。これは失敗の可能性も考慮しないと考えた矢先、電話口から大きなため息が聞こえて来た。
『てめぇに話す気は毛頭ねぇ。けど今は姉貴もいねぇし昔のことを思い出したくなったから、ちょっくら思い出してやる。もしかしたら、独り言が聞こえるかもしれねぇがぜってー聞くな』
「……そうか」
翡翠は決断してくれたようだ。あるいは、俺に全てを託してくれたのかもしれない。電話の向こうにいる翡翠の雰囲気は今までで一番落ち着いており年相応の声色をしていた。そうして翡翠は一人でに過去の話を俺に聞かせてくれる。
……ありがとう。俺は心の中で彼にそう呟いた。
——あとがき——
つい先日、誕生日を迎えレベルアップしました。まぁ、今年で何歳になったとは明言しませんけど大人のジュースが飲めるようになったとだけ言っておきます。
あと一話で100話突破!(幕間を合わせればもう突破してるけど)
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