第101話 雪花瑠璃②
新たなコミュニティが生まれるはずの高校デビュー。そんな私の高校デビューは中学の時と同じでボッチスタートという悲しきシチュエーションで幕を開けた。
(……話してみたい)
隣の席では、ちょうど数名の男女が今話題の漫画について話しているところだ。ストーリーとしては主人公と仲間たちが悪さをする悪魔たちを倒していくという単調な路線だが、主人公が悪魔になったり敵か味方かわからない人たちが続々登場したりと、非常に考察が捗る漫画となっている。たしか先日アニメ化が決まったとかで海外のアニメファンを巻き込みネットで話題になった。
かくいう私もその漫画のファンであり最新話をアプリで購読し続けているため、隣の席で話をしている人たちと同等以上の話ができる。だが、私にはその一歩が踏み出せなかった。その理由は至極簡単。
そう、私はコミュ障だった。
(……そういえば、同年代の子で翡翠以外とまともに話した事ない)
正確には入学当初に話しかけてくれる女子が数人いたのだ。だが……
「……うん」
「……すごいね」
「……いいとおも、います」
「……いい、です」
そんな相手との会話が続かない受け答えしかできなかった。いや、きっと会話を続けたくなくて無意識に人を拒むような会話をしていたんだと思う。しかも普段使わない敬語を使おうとした分ぎこちなさが半端なかった。
(……早く放課後にならないかな)
そんなことを朝のホームルームで考えてしまうくらいに、私にとって学校という場所は居心地が悪かった。しかし不登校が通じるのは中学まで。留年という制度がある高校では真面目に出席しなければ無慈悲に落とされてしまうし、家族にも心配させてしまう。それに姉として翡翠と同じ学年になるのはプライドが許さなかったのでそこだけはしっかりこなそうと決めていた。
そして頑張った結果、テストではいつも校内順位3位以内をキープしている。ちなみに常に満点で1位を収めている人は違うクラスの新海桜さんという人だ。もちろん面識はない。
(……まぁ、相手にされたことないけど)
どれだけ良い成績を収めても普段から一言も喋らない私に勉強のことで尋ねに来る人は誰もいない。もしかしたら影が薄すぎて完璧なモブになっているのかもしれないが、父や入院中の母はいつも喜んでくれるのでその分頑張れた。
「ねぇねぇ、放課後にあのカフェ行ってみない?」
「ごめーん、私部活あんだよねー」
「じゃあ今度の土曜日行こ」
「おっけー。あ、ついでに服買いに……」
読書をしている私の耳に女子高生らしい会話が入って来る。そんな少し勇気を出せば届くはずの同級生たちを、いつも本を読むふりをして眺めている。羨ましいのかと聞かれれば口をつぐんでしまうほかないが、周りと馴染めないなりに興味は津々だった。
「……ふぅ」
けど、私の重い腰が持ち上がることはない。勇気を出しても、すぐに恐怖が支配する。もしも私の家のことがバレてしまったら? そもそも家のことを抜きにしてこんな気味の悪い女と喋ってみたいという人がいるだろうか?
「……ぁ」
そうして、楽しそうに談笑していた人たちは気が付けば私の手の届く場所からとっくに立ち去っていた。結局、私はいつも一人なのだ。
「最近、お袋の調子が悪いらしい」
家に帰れば安息が待っているのが常である私の生活だが、不安に駆られる日々は不定期でやってくる。最近、お母さんの体調が不安定になってきたそうだ。物凄く元気がいい時もあれば寝込んでしまうくらい悪い時がやってくる。きっとお母さんにとっては毎日が闘いの日々。
「姉貴のこと心配してたぜ。学校を楽しんでるかって」
「そう」
「そう、って、姉貴またボッチ極めてんのかよ」
「それは翡翠も一緒でしょ」
「…………ああ」
「何、今の間。もしかして友達出来たの?」
「別に、姉貴には関係ねーだろ」
もしかして、女?
そんな私の言葉をのらりくらりと交わして朝食の片づけをする翡翠。どうやら翡翠にも友達ができたらしい。本来なら喜ぶべきことなのだろうが、私には二重の意味で素直に弟に友達ができたことを喜ぶことができなかった。今にして思えば、嫉妬してたのかな? これも二重の意味で。
「それより姉貴、今日なんか早くね?」
「委員会」
「けっ、高校でもそんなくだらねーもんがあんのかよ」
私は環境委員会というものに所属している。内容としては楽な方で他のクラスの人たちと当番制で月に数回ほど花壇の水やりや手入れをするだけでいい。他にもボランティアに参加するという話があったが、どうやら話が持ち上がっただけで実際にはそんな活動をしたことがないらしい。下手をすればこの高校で一番楽な委員会かもしれない。
「……」
そうして早めに登校した私は校庭の端っこに行って特に感情もなく淡々と花にじょうろで水をやっていく。雑草があったら引っこ抜いたりするらしいが、当番制で他の人たちが抜いているのか今までそんな作業はしたことがない。というか、高校に来てまで花壇云々の作業があるのは子供っぽいと思ってしまう。
そんな風に、いつもと同じく水をやり終えようとしていた時だった。背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえて来た。私は思わず硬直し、瞬時に後ろを振り返る。
「あっ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
そこには一人の女子生徒が立っていた。同学年なのはリボンの色で瞬時に分かるがクラスメイトではないためどこの誰だかわからない。
(……だっ、誰この人?)
思わず一歩引いてしまう。極道の家系に生まれた私だが、こういう非常事態には心の弱さが浮き彫りになってしまうことを初めて知った瞬間だった。いつもは組員たちに堂々と接することができるのに。
「すいません、あなたが花に水をやっている姿が目に入って、なんとなくその花たちを見てみたくなって」
どうやら私に話しかけることが目的ではなく、私が世話をしていた花を見るのが目的だったらしい。それなら、さっさとじょうろを片付けて教室に戻ってしまおう。
だが、目の前の彼女にそんな思いは通じなかったらしい。
「あっ、ごめんなさい。こういう時はちゃんと名前を名乗って自己紹介をするのがマナーなのに、私ったらつい」
面倒臭そうな人。この時点で彼女に対する私の評価はそんなものだった。それに向こうから勝手に名乗られたらこちらも名乗るためにコミュニケーションを取らなければならない。そんなことを考えてしまうと吐き気を催してしまいそうなくらい億劫になってしまう。
だが、彼女は普通の生徒とはちょっと違った。
「私は新海桜といいます。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「新海……桜」
同級生との交流を絶っている私でもわかる、学年順位一位の人。満点で一位を取っているわりにあまり噂は聞いたりしないので私以上に不思議な人なのだと思っていた。そんな人物が、どういう運命の巡り合わせか私の目の前に立っている。
「おや、どうしました?」
「……なっ、んでもない…です」
不自然な喋り方になってしまうのは仕方のないことだろう。だって入学したて以来の久しぶりの会話なのだから。
「えっと、お名前は……」
「……雪花、瑠璃」
「なるほど、雪花さんでしたか」
知ってるの? そんな視線を新海さんに向けたら彼女は優しく微笑んだ。
「いつも私と同じくらいの成績を収めている方ですよね? よく名前を拝見しています。きっと凄い努力をしている子なんだなって、常日頃から思っていたんです」
「……そ、そう…なんですか」
「ふふっ、敬語を使わなくて大丈夫ですよ。私はこれが素の喋り方なんですけど、雪花さんはもっと砕けた口調をした方が似合っている気がします。それに、同級生のお友達ですしね」
「……え、えっと」
思わず彼女の言葉に硬直してしまった。お友達? え、今まで一度も喋ったことがないのにお友達? 理解不能な言葉が彼女の口から発せられた。
「あっ、すいません。さすがに馴れ馴れしかったですよね。ごめんなさい、変なことを口走っちゃって」
「……あっ、いや、大丈夫で……大丈夫」
なんとかタメ口を吐き出すことに成功した私を見て、新海さんは微笑んだ。まるで漫画で見るラブコメのヒロインのような人だなと思ってしまった。もし私が男だったら一発でアウトだったかもしれない。それほどの魅力が彼女から発せられていた。
すると彼女は自然と私の隣に立ち、屈んで花を眺め始めた。
「えっと、これはマリーゴールドですか? あっ、こっちには千日紅。それにこれは……金魚草、ですか? 面白いチョイスですね」
「……花、詳しいんで…詳しいの?」
「ふふっ、はい。私の知り合いに花に詳しい人がいて、自然と知識が身についたんです」
そうして花を眺める新海さん。いつ以来だろう、こうして家族以外の誰かの隣に立って喋るのは。普段は怯えてしまう私だが、この時はなぜか口調以外は自然な気持ちでいられた。
「そういえば知っていますか? 雪花さんの名前である瑠璃ですが、瑠璃草という花が存在するんですよ」
「る、瑠璃草?」
一瞬下の名前を呼び捨てで呼ばれたのかと思ってドキッとしてしまったが、どうやら全く違う話だったらしい。というか、そんな花の名前知らない。和名を瑠璃とするラピスラズリという宝石があるというのは知っているが、そちらは一度も調べたことがない。
「綺麗な青い花なんですよ。花言葉は確か、『私は考える』というものです」
「私は、考える?」
まるでどこぞの銅像のような花言葉だ。そんなものがあるんだと勉強になりつつ、新海さんは幾度となく微笑んだ。
「もしかしたらこの花言葉と同じで、あなたも考えすぎてしまう節があるのかもしれませんね」
「えっ……」
「私なんかに緊張なんて、何もしなくていいんですよ。雪花さんはきっと、本当はもっと明るくて優しい人なんだなって、今話してて思っていたんです。その方が、きっと素敵ですよ」
彼女に素敵とかそんなことを言われると皮肉にも感じてしまうのかもしれないが、少なくともそんな感情はなく今まで話してきた誰の言葉よりも私の胸にすっと馴染んだ。
「おや、気が付いたら時間が経ってましたね。私は教室に行きますけど、もし何か不安なことがあれば、私に相談してくださいね。いつでも待ってます」
「え、あ……」
「雪花さんも、遅れないように気を付けてくださいね」
そう言って手を振りながら彼女は行ってしまった。まるで、友達に話しかけるような語り方で。
「……友達、できたのかな?」
誰もいない校庭の端っこで、私は一人そう呟いた。だがクラスが違う彼女とは悲しいことに一切関わりを持つことなく、無情に時間だけが過ぎていった。
——あとがき——
次回で雪花の回想は終わりです。ちなみにこの時のやり取りを彼方と翡翠は一切知りません。
【日常報告】もうすぐ自動車学校を卒業できそうなので、目途が立って時間が確保できたらこの作品を毎日……は無理でも隔日更新くらいには持っていきたいと思っています。年内完結は……キツイかなぁ?
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