第102話 雪花瑠璃③
新海さんの邂逅から半年以上が過ぎ、相変わらずたった一人の時間を過ごしていた私。彼女に友達と言われてから、かえって友達という存在に高望みするようになってしまったのかもしれない。
後から知った話だが、彼女は生徒会に所属しており学生のため日々奔走しているのだとか。しかもあの可愛さを引っさげて成績優秀スポーツ万能。もしかしたらアニメやラノベで異彩を放つヒロインの生まれ変わりなのではないかと思ってしまった。そんな彼女に友達と言われてしまえば、おのずと私も周りに求める友達としてのハードルが高くなってしまう。
少なくとも、今の私のクラスに彼女と同等かそれに近いカリスマ性や頭脳を誇る人物は該当しない。すっかり人のことを見下すような態度を心の中でとってしまっていたが、それも半年以上経つと無関心へと変わってくる。まぁ、私は周りに諦めていたのだ。
この頃になると『青春』というのがちょっと子供っぽく思えてくる。雪のように冷たく、友達というものに冷めてくる。きっと、女子高生として模範的で理想的で幻想的な人と触れ合ってしまったことが原因だ。周りの景色がどんどん色褪せて見えてくる。
「……」
最近は癇癪じみたことや短絡的な行動も落ち着いてきたが、相変わらずボッチのまま。当初に比べクラスメイトと会話をすることも増えたがほとんどが授業中の事や事務的な話。とてもじゃないが友達同士でする話ではない。
そんなつまらない日常を送っていたら、いつの間にか一年生が終わりかけていた。
(……あっ、あの人、たぶんだけど嘘ついてる)
だが、何も変化がなかったわけではない。この一年間、誰ともまともに話せていない私だが誰よりも周りの環境を観察していた。誰と誰が仲が良いとか、誰が誰のことをどう思っているとか、クラスメイト達のモニタリングだ。
くわえて、この一年間で実に色々なジャンルの本を読んだ。最初はラノベがほとんどだったが、徐々にエッセイ本や海外の文庫本、果てには人間の深層心理に関する本まで。
この心理に関する本については自分の不安定な感情をコントロールするきっかけになればいいと思って読んだ本だったのだが、周りの人たちにも応用して使うことができると最近になって気が付いた。今のマイブームは、対象の人物が今どのような感情を抱いているのか。当たっているかは定かではないが、おおよその見当がつくくらいには人の心理というものを見据えられるようになっていた。
「……はぁ」
そうしていつも思ってしまう。人間というのはどうして誰しもが皮を被って生きているのだろうと。この教室の中で百パーセント本心に任せて喋っている人などほとんどいない。クラスの男子たちで騒がしい人たちは別だが、そのほとんどが大切な何かを常にひた隠しにしている。そんな不安定な状況を、丁寧な気の遣いで持たせているのだ。
有り体に考えてしまえば、非常に生きにくくて仕方がない。特に、私のようにまだ理性が育ち切っていないような人間には。
(……もう、高校二年生だ)
そうして、いまだに病院のベッドで闘病している母を想う。私は、この一年間を過ごして中学の時と何も変わらなかったよと。
そうして高校二年生。二年生になると一年生の成績をもとにクラス替えが行われるが、私にとっては特に何の意味もないイベントだ。きっと、なにも変わることがないのだから。
そう、結果的に私自身が自分の殻を破るとか卑屈な考えを改めるとかそんな出来事は一切起きなかった……たった一つのイレギュラーを差し引けば。
「……」
学年が上がり、当然ながら席も変わった新しい教室。そこで私はとある男子生徒の隣の席に座った。これから席替えまでの間一緒に過ごす隣人だ。せめて変な迷惑だけはかけないようにしようと思いつつその人物の顔を覗き見た。
(……ぇ)
ドクンっ!
その人の目を覗き見た時に、私の心臓がなぜか跳ねた。別に一目惚れをしたとか、昔のクラスメイトと再会してしまったとかそんなくだらない事情ではなかった。
(……なに、この人?)
鏡で見る私よりも圧倒的に冷たい目。人を殺していると言われても信じてしまうほど冷徹なオーラとプレッシャーが彼から発せられていた。彼はスマホを弄っているようだが、一体その心の奥底では今どのようなことを考えているのだろうか……
(……っ!)
見つめていた時間は一秒にも満たないだろう。だが私は危機感を感じ咄嗟に目を逸らした。これ以上眺めていたら、もしかしたら目が合っていたのではないだろうか? そしてその時どんな言葉をかけられるのか、想像しただけで身震いしてしまう。それほど、隣の席に座っている彼のことが一切わからなかった。
(……こ、怖いっ)
気を抜けば体が震えてしまいそうな恐怖心が私を徐々に支配するのを歯を食いしばって堪える。少し目を見ただけでここまでの威圧と恐怖を与えるなんて明らかに異常だ。しかも別に目が合ったわけでもなんでもない。それなのにこの緊張感。
(も、もしかして、裏社会関係の人?)
私もそちら側の人間だが、ここまで冷酷な人間を見たことは一度もない。もし彼が何か行動を起こせば瞬時にして私の……いや、このクラスの平穏は終わってしまう。そんな確証のない予感が私の脳裏によぎった。
(こ、こんな思いをするなら心理学なんて勉強するんじゃなかった……)
目の当たりにする、感情の見えない怪物のような存在。これからそんな存在の隣に座って学校生活を送ることになると想像すると、めまいで倒れそうになってしまった。
だがその日は特に彼から話しかけられることもクラスの誰かから話しかけられることもなく、始業式で新海さんや生徒会長のあいさつを見送って終わるのだった。
そして次の日以降、また新しい悩みの種が私の身の回りで芽生え始めていた。
「雪花さん、朝の話だけど考えてくれた?」
クラスの委員長になった如月遊。まさかここまで子供じみた人だとは思っていなかった。ある意味ちょっと前の私みたいだが、心の明るさが根本的に違う。絶対に性格が合うことはないだろうとちょっと話した時点で確信した。
だが、あろうことは彼女は隣の男子生徒……椎名彼方にまで話を広げ始めた。怖くて彼とは一度も話していなかったし今後もできれば会話をしたくないと思っていたのに、とんだ怖いもの知らずな人物だとこの時思ってしまった。
「悪いが、俺は……」
なぜだろう、このまま彼に話の主導権を握らせてしまっては変な方向に話を持っていかれてしまいそうな気がする。もしかしたら、私のことを彼女の生贄にと考えているのかもしれない。少なくとも、そのような姑息な手段を取られるような気がした。
(……ふぅ)
私は、覚悟を決めた。
「悪いけど、私たちは行けない」
こうなってしまったら自棄だ。彼のことを巻き込んだうえで彼女の誘いを断ろう。そうして、少しだけ彼と話してみようと覚悟しつつ決めた。圧倒的脅威が、自分の中の鎖を断ち切ってくれるかもしれないという淡い期待を込めて。
そうして如月さんの執拗な誘いを逃れた私たちはベランダに出て少しの間話をした。思わずいつもとは違う固い口調になってしまったが、それもこれも彼のせいだ。彼の雰囲気に飲まれ怯んだせいで、自分でも喋ったことのない意味不明な口調になってしまっている。
そうして勇気を振り絞り、適当に如月さんの悪口を言うような感じで何気なく話をしてみたのだが……
(思っていたより、穏便?)
だが、相変わらず胸の内に何を考えているのかが全くと言っていいほど読めない。それを彼に伝えると気のせいだとか意識を逸らすようなことを言ってくるがそこまで私も拙い考えは持っていない。彼は、絶対に危険な思想を持っている。そんなあるかもわからない危機感が私の胸を支配していた。
そしてその予感は、ある意味的中したのかもしれない。
(ふざけた真似をっ……)
彼は私と如月遊との間に介入し、彼女の心を乱して私に間接的な被害を与えて来た。そしてその結果、危うく私も心を暴走させて彼女に殴りかかってしまうところだった。もし手を出してしまえば、色々と後悔することになっていた。
いわば、崖に突き落とした相手に手を差し伸べられた形と言えよう。
そしてその後も、彼は暗躍的なことをしていた……のだと思う。一年生の子が退学したり、なぜか翡翠が彼と面識を持っていたりと不思議なことが続いた。一番印象に新しいのは先日の体育祭。あの兎面の男は間違いなく彼だ。一体何をしているんだとあの時は彼の正気を疑った。
「本当に、彼は何なの?」
最初は疑心感ゆえに勇気を出して話しかけたのだが、ここ最近は隣人である彼のことが一切わからなくなっていた。いったい彼は、何をしたいのだろうか?
そして……
「ははっ……本当に、何なの?」
先日、私の元へ父親から一本の電話が入った。なんでも、私と婚約したいという男が現れたらしい。ここ最近のストレスと相まって何が何だかわからなかった。だが、父さん曰く……
『とりあえず、一度了承してくれ。その後は……雪花家の総力を持って奴らを潰す』
その言葉を聞いて安心したが、それならばなぜわざわざ一度話を了承する必要があるのか。その回りくどいやり方に疑問を持った私はその点について尋ねてみた。すると……
『どうやら彼らは、珠希が入院している病院に出資をしているらしい。それも、表向きではなく裏側の汚い金だ』
「それって……」
『そういうことだ』
つまり、もしもここで婚約を断ってしまえば母の身に危険が及ぶかもしれない。その話を聞いて思わず膝から崩れ落ちそうになってしまうのを必死に堪えた私は、父さんに一連の話を了承することを伝えた。そして話し合った結果、翡翠には私が婚約するという事実だけを伝えておくことに留めることにした。
もしこの話が全て翡翠に流れれば、一体何をしでかすかわからない。
『すまない……だが、後は任せてくれ』
そうして、今に至る……
満月が私の部屋を照らす中、一通の手紙を手に取る私。一体だれがいつこんなものを机の上に置いたのだろう。もしかしたら、先日来ていた変なサングラスのオールバックの男かもしれない。
「……私は、どうすれば」
頼っても、いいのだろうか?
いい加減、誰かに弱音を吐きだしてもいいのだろうか?
友達がいないのは寂しいと、全部ぶちまけても許されるのだろうか?
「……っ」
そうして私はその手紙に書かれている数桁の番号を自分のスマホに打ち込んだ。
——あとがき——
これにて雪花の幕間は終了です。場面転換多くてすみません。次回から彼方視点に戻ります。
追伸:ミスさえしなければ、今週末に自車校を卒業してたっぷりと執筆の時間が確保できそうです。やった!
卒検に落ちたら……ごめんなさい(。﹏。*)
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