第103話 兆し
翡翠から一通りの話を聞き終えた俺は改めて雪花という少女のことについて考えていた。最初は冷たく孤独を好む人物なのかと思っていたが、その奥底では誰かとわかり合い馴れ合うことを望んでいた。そして、命の灯が消えかけている母親を安心させるために、今ボッチ街道まっしぐらを突き進んでいることを黙っていると。
考えてみれば、ただこだわりが強いだけの面倒くさい奴なのかもしれない。
「そしてそんなややこしい状況の時に、信也が絡んできたのか」
どうやら翡翠は雪花と父親の会話を盗み聞いたらしい。その話によると、どうやら理事長は雪花の母親が入院している病院に出資しているため院長などに口利きができるようだ。ことと次第によっては、母親に危険が及ぶかもしれないと。
「そして現在の容態から、万が一にでも病院を追い出されたり医療ミスを装って何か余計なことをされると命が危ぶまれる……か」
普通の人間なら、ただ気を病むだけで済むかもしれない。だがずっと一人を貫いてきた雪花がそんなものを抱え込んだのだ。もともと強くない精神がおかしくなるのは当然で、その末路として以前にもましてふさぎ込んでしまったと。最近学校で一言も喋らずに帰ってしまうのは、単にあいつがコミュ障だったという理由だけではなかったようだ。
「とりあえず、俺が置いてきた手紙を読んでもらわないと話が進まないからな」
きっと今の精神状態の雪花ならあの手紙を読むだろうと踏んで机の上に置いてきたのだが、きっと捨てられないだろう。中身を見てしまえば、簡単に破り捨てることはできない。あの手紙が雪花にとって、手を差し伸べる存在になりえるからだ。
「あの日からしばらく時間が経ったし、俺の読みではそろそろ向こうが行動を起こした頃だと思いたいんだが……」
この部分に関しては雪花が勇気をもって一歩を踏み出してくれることを祈るしかない。きっとあの手紙に書かれている人物なら、雪花のことを助けてやれる。いや、助けるだけの能力を持っている。
「そして、全てが終われば……」
そう、これは俺自身の戦いでも……
——プルルルルルルッ!
そんなことを考えていると、俺の電話がベッドの上で震える。誰からの連絡かと思いベッドに近づいてスマホを拾い上げ画面を見る。
「……雪花?」
すると、ちょうど頭の中で思い描いていた人物から電話が届いた。あの手紙に書いていたのは俺の電話番号ではないので、このタイミングで雪花が俺に電話をしてくるのはおかしい。そう疑問に思いつつ俺は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『……こんばんは』
スピーカーから弱弱しい雪花の声が聞こえて来た。というかこいつ、律儀に挨拶とかするんだな。
「何の用だ?」
『……聞きたいことがある』
雪花の声色は今日学校で会った時とは違い、少しだけ強くなっていた。心なしか少しだけ精神的な弱さが鳴りを潜めているような気がした。これはもしかすると……
『お前、私の机の上に何か置いた?』
「唐突すぎて、何が言いたいのかわからないな」
ひとまずそう誤魔化しておくことにするが、どうやら雪花は確信をもって俺にそう尋ねているらしい。これはあの時変装して侵入したことも看破されていると見ていいな。
『あの新人って奴、お前?』
「……」
『あの時、私の家に不法侵入して、私の部屋にも不法侵入したな?』
やはり、全てを感づかれているか。だが俺が認めなければ雪花も強くは追及することができない。だからこそ雪花はあくまで尋ねるようなことしか言えない。それ以上のことを言ってしまえば、無関係かもしれない人間に余計な情報を与えてしまうからだ。
——何の話かさっぱりだな
そう言ってのらりくらりと躱すのは簡単だ。だが、ここは俺も変わらなければいけない。いや、逃げずに雪花に向き合わなければ彼女も俺に向き合おうとしないだろう。
隣の席になって数か月。ずっと明後日の方向を向いてきた俺たち。それどころかずっと勘繰り合って信頼すらしようと思っていなかった俺たち。それどころか俺はこいつの交友関係を滅茶苦茶にするような暗躍をした。
そんな俺たちが電話越しとはいえ、ここで初めて
「ああ、そうだ」
向き合った。
『……』
「どうして無言になる」
『……いや、なんでもない』
きっと俺がまともに答えるとは思っていなかったのだろう。そういう意味で驚いてもらえるのならわざわざ明かした甲斐があるというものだ。しばらく間をおいて、雪花は俺に問い詰める勢いで聞いて来る。
『不法侵入を認めるの? え、警察呼ぶけど』
「お前の家に警察を招けるのか」
『それは……』
「恨むなら、杜撰な警備を恨むんだな」
協力者さえいればあんな家入りたい放題だ。しかも大体の構造を覚えてしまったので今度は一人で侵入することができるだろう。それに雪花はすぐに気づく。弟が俺が侵入する手引きをしたことを。そうすれば自ずとこの件のヘイトは翡翠の方へ向かうだろう。
『女の部屋に入っておいて、その態度はなに?』
「女の部屋に入った機会があんまりないからよくわからないな。少なくとも俺にはオタクの部屋としか……」
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』
今まで聞いたことのない、とてつもない声量で雪花が叫んでいるのが聞こえて来た。まさかこんなに声を大きく、いやそれ以前にこんな風に叫べるなんて。いつもは仮面を張り付けてだんまりを決め込むことが多いが、こういう感情を一切隠そうとしないのが雪花の素なのだろう。
よし、ここはあえて攻めてみるか。
「そういえば色々なグッズが置いてあったな。山積みのフィギュアに壁にびっしり張られたアニメキャラのポスター。ああ、そう言えばレトロなロボットまでショーケースの中に……」
『っ~~~~~!!!!』
どうやら相当効いたようだ。恐らくだが自分でも色々と自覚しているのだろう。さすがに度を越えたオタ活をしていたのだと。アニメなどのコンテンツには疎い俺だが、さすがにあの部屋の惨状は俺もどうかと思った。何せ開封すらしていない箱が今にも崩れそうになっていたのだ。
「それで、あの部屋のどこが女の部屋なんだ?」
『……私の部屋だから、十分女の部屋に該当する』
「だとしたら、ずいぶんガバガバなセキュリティだったな」
なにせ簡単にピッキングに成功してしまったのだ。もう少し新しい鍵に交換してもらうことを進めておく。まあこれで俺が実際に部屋に入ったと自白したようなものだ。
「それで、お前はそんなことの確認をするためにおれにわざわざ電話してきたのか?」
『……違う』
「じゃあなんだ」
そうして俺は雪花が呼吸を整えるのを待ち、姿勢を変えて椅子に座り直した。受話器の向こうからは雪花の呼吸が伝わってくる。それだけで、彼女がどれだけ緊張しているのかが伝わってきた。
『……なんで、お前があの電話番号を知ってるの?』
「それを聞くということは……掛けたんだな?」
『それより先に答えて。なんで、よりにもよってお前が……』
きっと、なぜ俺があの電話番号を知っているのか聞きたいのだろう。だが、今のこいつに余計なことを喋るわけにはいかない。情報の仕入れ先は三浦だが、この件について深く聞かれると色々なことが露呈してしまう恐れがある。できればそれはもう少し先に延ばしたい。
「それよりも、あいつは何かお前に言ってたか?」
『……私に任せてって』
「そうか。せいぜい足を引っ張らないように協力してやるんだな」
『ちょ、待って! いい加減に教え……』
叫ぶようにそう言ってくる雪花だが、俺は静かに通話を切った。その後もコールが鳴り響いたが、しばらく時間を置いたらスマホは静まり返った。俺が素直になったと思いきや再び突き放すような態度を取ったことで無駄だと察したのだろう。
「雪花が自分のしがらみを解決するのを陰ながら手伝う……か」
まるで昔の俺みたいだ。いや、昔は表立って庇うように助けていただろうし、こういう風にサポートするのはもしかしたら初めての経験かもしれない。
「まぁ、所詮は他力本願か」
多少は不安要素が存在するし少し前の俺ならこんなことは無視して自分だけが損をしない方法を考えていた。
だが、これは俺にとっても必要なこと。
この一件が解決すれば、俺は……
——あとがき——
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