第104話 ささやかな変化


 次の日、俺は何食わぬ顔でいつも通り学校へと登校する。昨日停学者が出たということもあり学校内はいまだにその噂が教師に聞こえぬように囁かれているようだ。


 話を盗み聞いたところ、色々と尾びれがついて誤った噂が広まり始めているようだ。もうしばらくすれば、被害者と加害者の立場が入れ替わることもあり得るかもしれない。



(決着をつけるならその前……)



 すなわち短期決戦だ。だが正攻法で理事長と信也の親子コンビを引きずり下ろすことは叶わないだろう。それどころか手痛いカウンターを食らう恐れも高い。つまり、違うアプローチが必要だ。



(こういう時は、まずは周りから崩していくべき……)



 これはかつて父親から言われた言葉でもある。どんなに困難な状況に陥っても周りを見ればいくらでも打開策はあるという。ピンチはチャンスになるとまでは言わないが、今はその言葉をもとに動いて見るべきだと考えてた。



「……」



 廊下を歩きながら、俺はひたすら考えてみた。あの親子と関わっている人たち。手を貸して悲劇を生み出した者たち。そしてその中から有益な情報を得られる者。



(一度中学校のことは忘れてみるべきかもしれないな)



 俺は昔の信也のことを知っているのでどうも余計なことを考えてしまう。あの時の信也の思考、呟き、言葉。その一つ一つがノイズとなって今の信也の行動を予測不能寸前まで自分の首を絞めるように勝手に追い詰めていくのだ。俺自身もいったん彼の認識について脳内のアップデートをする必要があるだろう。



 そんなことを考えながら俺は教室に入り自分の席に座る。すでに隣の席には雪花が登校してきており、イヤホンを繋げてスマホの画面に見入っているようだった。いい意味で、いつも通りに戻ったのかもしれない。



 だが……



「……おはよう」


「……あ?」



 聞き間違いだろうか。雪花の口から似合わない言葉が吐き出されたような気がする。いや、その言葉自体は時間的に間違いではないのだが、発言した当人と言葉の組み合わせが嚙み合わない。というか、こいつに挨拶なんて初めてされたので思わず目を見開いてしまった。

 いつ以来だろう、俺がポーカーフェイスなどの冷静沈着さを忘れて素でこんな風に素っ頓狂な声を出してしまったのは。



「……礼儀知らずはやめろ」


「……おはよう」



 お前が礼儀を語るなと言いたかったがそう言ってしまえば色々な問題が起こるためその言葉はぐっと堪えた。昨日の電話を終えてから、雪花の中で何かが変わったのだろうか。少なくとも、雪花の素行を変えるほどの何かが。



「今日は雪でも降るのか?」


「……四肢を引き裂かれたいの?」


「お前にできるのか?」


「手段はいくらでもある」



 朝から物騒な冗談(?)を言っている俺たちだが、あまり話しているところを見られたくないというのはお互い同じらしく、声のボリュームはだいぶ小さめだ。今のところ、誰かに注目されているようなことはない。



「それで、昨日の話の続きだけど……」


「今は待ってくれ。ここでは絶対に話したくない」


「……わかった」



 昨日の話を持ち出した雪花だが、俺が今はやめろと制すと意外にもすんなりと引き下がってくれた。ツンデレのデレというほどの甘さはないが、少しだけ態度が柔らかくなっているような気がする。



「……そういえば、翡翠に何を聞いたの?」


「さてな。気になるなら本人に聞いてみろ」


「聞いた。そのうえで、お前を問いただしてる」



 どうやら翡翠は雪花に洗いざらい話したようだ。まあ想定していたこととはいえ、思ったよりバレるのが早かったことに困惑する。もしかしたら、俺への当てつけとしてあの後すぐに通話の件を姉へ報告したのかもしれない。



「……それと、部屋のことは許してないから」


「オタク部屋のことか?」


「っ~~~言うなバカっ!」



 歯を食いしばって小声でそう言う雪花。なんやかんやでオタク部屋のことを引き合いにしてしまえばしばらくはマウントを取ることができそうだ。いつか手痛いしっぺ返しがありそうだが、その時はその時で考えることにしよう。



(いや、待てよ? そういえば……)



 昨日の翡翠の話を振り返って、思い出したことがある。そういえばこいつの母親は今現在理事長の息がかかった病院に入院しているとか。

 どうせ後手に回っているのだし、ここからカウンターを仕掛けるのであればそちらを調べてみるのもありかもしれない。こいつの母親がどんな人物で、信也に対してどのような心境なのかも少し気になるしな。



(何がともあれ、まずは放課後になるのを待つしかないな)



 そうして教科書を鞄の中から取り出し今日使うものを整理する。いつもと変わらぬ俺の振る舞いに雪花は不満気なのか、眉間にしわを寄せて俺のことを見て来た。いつもより感情が表に出ているような気がするのは気のせいではないのだろう。


 すると痺れを切らしたのか、雪花は小声で俺に再び喋りかけて来た。



「放課後、時間が欲しい」


「昼休みじゃダメなのか?」


「お昼は……用事がある」



 雪花は俺が教えた電話番号に連絡を入れた。つまり、昼はその人物と会ってくるのだろう。ふむ、一応釘は打っておくか。



「放課後の件は了承した。だが、今後の進行のために頼みたいことがある」


「……なに?」


「この学校内では、一切俺の存在に触れてくれるな。名前を出すことはもちろん、第三者の存在をちらつかせるような素振りもだ」


「……わかった」



 とりあえず、伝いたいことは伝えられた。あとは放課後を待つのみか。俺としてもできることはこれ以上なさそうなので再び雪花待ちの状況になってしまった。緊張していても仕方がないので俺は俺で何が起きてもすぐ対応できるようにどっしりと構えておくことにしよう。もちろん、いつも以上に神経をとがらせて。



 そしてこの日の朝は俺と雪花の間にそれ以上の会話は生まれずいつも通りの日常を過ごすことになる。停学者の騒ぎも翌日ということで徐々に薄れていき、次第に他の話題に切り替わっていく。熱しやすく冷めやすいという現代人の特徴だろう。



 そうして昼休みになると雪花は俺に言ったとおりに昼食も食べずどこかへと言ってしまった。尾行してどのような密会が行われているのかを調べる選択も思いついたが、ここはあえて放置することにした。だが、今だからこそできることがあった。



(さて、そろそろ見てくるか)



 俺は静かに席を立ち自然に廊下を歩き始める。そうして隣のクラスの前を自然に横切った。だが、クラス内には一瞬のうちに多くの視線を張り巡らせ、すぐに目的の人物を見つけ出した。



(……信也)



 かつての面影はどこへやら、まるで別人のような信也を目の当たりにした。ちらりと見た様子だが、クラスの男女と打ち解けて楽しそうにコンビニのパンを食べている。どうやらクラスメイトと打ち解けることには成功したらしい。



「ふぅー……」



 そうして俺は適当なところで引き返し、自分のクラスへと戻っていった。俺が戻るころには雪花も戻ってきており、一人でお弁当を食べていた。ついこの前は無理やり如月に誘われて一緒に昼食を食べている姿を見ていたが、ここ最近は相変わらず一人で食べているようだ。



(俺も、いい加減食べるか)



 そうして俺は雪花の隣の席に座り、無言で今朝買ってきたコンビニの総菜パンを食べ始める。もちろん、俺と雪花の間に会話は生じない。隣同士とはいえ一緒に食事をしているわけでもなければ仲の良い友達という訳でもないのだ。俺たちには、これくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。



(さて、放課後雪花のことをどう説得してやろうか)



 俺は焼きそばパンを食べながら今日の放課後のことについて計画を立てていた。とりあえず病院に行くと伝えるだけでも雪花が相当嫌がることが予想される。場合によっては翡翠あたりを巻き込んでどうにかしなければ。


 そうして俺たちは一切喋らずに昼食を終え、いつも通り放課後を迎えた。

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