第105話 『瑠璃』
「ふざけるな」
放課後、俺と雪花はそそくさと学校を出て近くのカードショップで落ち合っていた。ここはカードゲームに興じる学生で普段は賑わっているが、裏を返せばその中に紛れ込むことができる。特にスタッフの出入り口付近なんかは商品の品数も少なくなってくるのでほとんど人は寄り付かない。
そんな中、今日思いついたことを雪花に話したら間髪入れずに一蹴されたのだった。
「なんでお前を、あの病院に連れて行かなきゃならない」
「糸口をつかむなら一回そっちを探ってみるべきだと思ったからだ。合理的だし、お前も理解できるはずだ」
「……それとこれとは、話が違う」
どうやら雪花は俺と母親のことを会わせたくないらしい。俺としては雪花の母親に会ってみることも重要になりそうだが、別に第一目標はそこではない。今回は病院の全体的な雰囲気を知り、あわよくば院長かそれに近い人物を直接目にしたい。つまり、雪花の母親と会えなくてもそれは別に構わないのだ。
(とりあえず、もう一押ししてみるか)
だが肝心の雪花に断られてはそもそも病院に潜入する口実が無くなってしまうのでここはクリアしなくてはならない。母親のお見舞い(俺にとっては友人の付き添い)という強力なカードがあれば、正面切って病院の中に入ることができるのだ。この機会を逃すわけにはいかない。
俺たちは一度カードショップを出て近くにあった公園に立ち寄った。この時間は小学生が遊び回っており、寄り付く大人は意外といない。あのカードショップよりも込み入った話が出来そうだった。
「そもそも、今回の発端はお前の母親が入院する病院にあるとは思わないか?」
「……それは」
「お前の母親のことを遠回しに脅された。そしてそれに、あの病院の上層部が絡んでいる。だからお前はそれをネタに婚約を迫られたり、嫌な目に遭うことになった。違うか?」
「……」
雪花も分かってはいるのだ。明らかに理不尽な目に遭っていることを。何かわけのわからない思惑に知らず知らずのうちに巻き込まれていることを。そしてその発端が自身の母親が入院する病院が絡んでいると。だが、母親を巻き込みたくないためか踏み込むのを怖がっている。
「変えたいなら、動くしかない。考えているだけでは何の進歩も得られない。それなら、その殻を破る時だ」
「……」
雪花も徐々に変わり始めている。そしてその変化を促すなら今しかない。だから、もう一押し。
「お前の親がなんでお前に『瑠璃』という名前を付けたか、わかるか?」
「……え?」
唐突に名前の話をされたからか、雪花はキョトンとした顔で俺のことを見て来た。そういえば、こいつの名前を呼ぶのは初めてかもしれないな。
「お前の名前と同じで瑠璃草って花がある。あれの花言葉は、『私は考える』だったか?」
「あっ……」
そんな話をすると、なぜか雪花が目を見開いて驚き始める。俺が花言葉なんて柄でもないことを言ったから驚いているのだろうか? まあ、昔花言葉の意味にハマってありとあらゆる種類のものを覚えたのだが。
「だが、きっとお前の親が取ったのはそっちの意味じゃない。お前、たぶん9月か12月生まれだろ?」
「……なんで知ってる?」
二択とはいえ、俺が誕生月を言い当てたことを少し気持ち悪がっている雪花。だが、勘のいい雪花ならきっとすぐに思い当たるはずだ。というか、その名を絶対に聞いたことがあるはず。
「花言葉と同じようなもので、石言葉というものを知ってるか?」
「石、言葉?」
「宝石に秘められている意味だ」
「……っ!」
俺がそこまで言うと、雪花もハッとする。瑠璃の宝石……英名ではラピスラズリともいうが、この宝石は9月と12月という二つの月の誕生石として知られている。それぞれの月で別の意味があるのだが、確か意味の方向性は一緒だったはずだ。
「ラピスラズリの石言葉は『真実』、『崇高』、『健康』、『幸運』。よくこの意味が用いられるが、もう一つ意味があるのを知ってるか?」
「……何?」
「『成功の保証』というものだ」
石言葉というものにも色々なものがあるが、ラピスラズリのそれは少し異質だ。なんでも持ち主に試練を与え成長させると言った意味合いがあるらしい。ちょっとしたお守りのような意味合いを持っているが、その果ての成功を願う崇高な石。
ちなみい細かい意味で言うと9月と12月でさらに細分化されていくのだが、今回はいいだろう。
「お前が今越えるべき試練は何だ? 何を持って成功と謳う?」
「……」
ぎゅっと、胸の前で右手の拳を握り締める雪花。どうやら今の言葉は雪花にとって最後と一押しとなったらしい。覚悟を決めたかのように俺と目を合わせて来た。
「わかった。お前の口車に乗ってやる。けど、お前のことを信頼したわけじゃない。自分のために行動するだけだ」
そう言って雪花は踵を返し病院があるであろう方向を向く。そして数歩歩いた後に俺の方に振り返って
「ついて来るなら、勝手にしろ」
そう言い放った。
(こういうぶっきらぼうなところは、弟に似てるな)
それとも単に雪花がツンデレ属性を持っているというだけなのだろうか? だがそんなことを間違っても口にすればすべてが白紙に戻りかねないので黙ってその後をついて行く。小さいその背中はこの公園に来る時よりも堂々としていた。
雪花が本当の意味で変われるのか、それはここから試される。彼女はようやく、スタートラインに立てたのだ。
俺たちが病院に向かって歩き始めて無言のまま数十分が経過した。徒歩圏内とはいえ思っていたよりも距離があったらしく、いつの間にか俺は雪花の背後ではなく横に並び立って歩いていた。というか、行き慣れているであろう雪花のペースが遅くなっていた。もしかしてこいつ、疲れたのか?
(そういえば、体育の授業でもバテてたな)
以前如月と雪花がテニスで対決をしていたのを遠目から見たことがある。雪花は技術で応戦していたが、陸上部である如月の体力について行けず負けていた。どうやら弟と同等以上の運動センスを持っているが、身体がそれについて行かないのだろう。
(新海とは真逆のタイプだな)
あいつは人並みの運動神経こそあったものの、センスは全くと言っていいほど皆無だった。一つのことを覚えるのに膨大な時間を使っていたし、意外と鈍くさかった。まあ努力して物事を覚える分、一度覚えたその分野に関してはとてつもない成果を残すことができるようになっていたのだが。
「……ねぇ、聞いてもいい?」
「内容による」
無言の時間に耐えかねたのか、雪花が口を開いて俺に喋りかけて来た。まあ俺としても変な空気感になっていたので多少はありがたいと思うところだ。それに俺はともかく、雪花にとっては病院内に入った瞬間に病院に努める人間をすべて敵だと思わなければならないのだ。緊張は早めに解いておいた方がいい。
「どうして花言葉とか石言葉を知ってた?」
俺はロマンチストではないし、そのことは短い付き合いでもあるが雪花もわかっているだろう。なのに、どうしてそんな特定の知識を有していたのか。まぁ、言ってしまえば簡単だ。
「一時期だが、モノに秘められた意味や由来に興味を持ってな。そこで見て覚えた」
「わざわざ、私に関することを?」
「いや、たまたま調べたものの中に『瑠璃』というものがあっただけだ」
まあ調べたはいいものの中学校の時は新海以外にその知識を披露することはなかったが。彼女も最初は興味深そうに聞いていたが話せば話すほど俺の知識量に呆れていたような気がする。
「……そう」
「ああ、たまたまだ」
そうして、しばらく会話は途切れた。そもそも俺たちには共通の話題というものがあまりない。目的以外のことで無駄話をするような関係性でもないのだ。俺もこいつも『友達』というものの定義を知らない。
「……はぁ」
「なんで溜息をつく?」
「別に、なんでも」
そう言うと雪花は歩くペースを歩く。不機嫌になったのかと思ったが、どうやら目的地が見えて来たようだ。俺たちの目の前にはかなり大きめの病院が顔を覗かせており、雪花はそれを見つめて複雑そうな顔をしている。
「覚悟はいいな?」
「……何度も聞かないで」
そうして俺たちは病院の中へと入っていった。きっと、何かが変わるきっかけになるであろうことを信じて。
——あとがき——
油断をさせて深夜更新です。まぁ、不定期の醍醐味だと思って鼻で笑ってください。
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