第11話 雪花の憂鬱


 私は今の一瞬で何が起こったのかわからなかった。


 如月遊は嵐のような勢いで私に意味の分からないことを喋りかけ、友達になるとかなんとか訳の分からないことを言って教室を出ていった。


 私は彼女と入れ替わるように教室に入ってきた人物に目を向ける。


「……あなた、何かしたの?」


 私がそんな風に言ってしまうのも無理はないだろう。先ほどの彼女は明らかに普通ではなかったし、それを廊下から見ていた人物がいたのだ。

 そして教室に入ってきたその人物、椎名彼方は何事もなかったかのように私の隣の席へ腰を下ろす。


「別に、俺は何もしてない」


「……そう」


 深く考えてしまうが、彼に暴走列車のような彼女をコントロールできるとは思えない。つまりあれは、如月遊本人の暴走。


 何より彼には昨日私に直接干渉しないという約束を交わさせた。口約束なのでいつでも破れる約束だが、そもそも彼が行動を起こすメリットがわからない。


 私は、隣の席である彼のことを何も知らないのだから。


「……」


 彼について考えていても時間の無駄だと割り切り、私は如月遊の唐突な変化について考察する。

私を助けるとか意味の分からないことを言うのもそうだが、私は何よりもあの表情が気になる。


 あれは……私に対する同情だ。


 だとしたら本気で意味が分からない。助けると言われたが別に私は助けなど求めていないし、助けを求めるほど何かに困っているわけでもない。


 あれは、どういう意味だったのだろう……


「……」


 ふと隣を見ると、椎名彼方はすでに隣の席にはおらずどこかへ消えていた。彼女を追ったのかもしれないと一瞬思うが、彼にそんなことをする意味はない。だとすると、トイレに行くか自販機に飲み物を買いに行ったかのどちらかだ。


「……はぁ」


 私は思わずため息をついてしまう。一年生の時は静かに過ごしているだけであっという間に一年が過ぎていたが、今年はそうもいかなそうだ。

 このクラスで二年間を過ごすというだけで頭痛がするのに、進級してから三日目でもう厄介ごとが起きてしまった。


(……如月遊に椎名彼方……なんでこんな人たちと同じクラスになっちゃったんだろ)


 いっそのこと留学でもしてしまおうか。そんな夢物語を考えるがまず親が許してくれない。というより海外に行ってまで学びたいことが別段あるわけではない。本当に、どうしようか……


 私は一度考えるのを諦め持参してきた本を読む。答えの出ない問題を解き続けるほど私は愚かではない。パズルのピースが足りないなら、ピースが揃うのを待てばいい。


 そう、私が焦る必要など何一つないのだ。



   ※



 放課後、私は普通に後悔すると同時に思う。あの時、楽観視していた私が一番愚かだったと。


(……うざい)


 どうしてこうなった。私の心中を表現するのならその一言に尽きるだろう。


「ねぇ、雪花さんの家って駅の方なの?」


「……べつに」


 いつも一人で帰っていた帰り道。静かに過ごすのが好きな私にとっては代り映えのしない穏やかな日常。だがそれが現在進行形で侵されつつある。


(……なんで、ついてきた?)


 朝から変な調子だったが、今日の如月遊は昨日にも増しておかしい。今日一日ずっと私に構ってくるのだ。


 授業中


『ねえ雪花さん、英語のペアなんだけど私と組んでくれないかな? 雪花さんと一緒にやりたいかなーって』


『……』



 昼休み


『雪花さん、一緒にお昼食べようよ! ってあれ? 雪花さんってコンビニなのね。ほらほら、私のおかず分けてあげるから』


『……』



 そして現在は放課後


「あ、雪花さんちょっと待って。私の部活って今週ずっとお休みになってるの! だからさ、一緒に帰らない?」

「……あ?」


 少し威圧してみたが、彼女は全く引かずに私に付きまとってきた。靴を履き替える瞬間に一気に距離を開けてみたが、それでも彼女は粘った。これではまるでストーカーである。今初めて、ストーカをされている気持ちが分かったかもしれない。


 何とか振り払おうと早足で歩いたりもしたが、陸上部である彼女を撒けるはずもなくずるずるとこんな所まで連れてきてしまった。というかそもそも、彼女は自転車で自分は徒歩。どう考えても撒けるわけがなかった。


「……あなたには、たくさん友達がいるはず。そっちの方に行け」


「大丈夫! 今日の埋め合わせはするってさっき約束してきたから!」


「……」


 だめだ。この女まったく引きそうにない。このままでは冗談抜きで家までついてこられてしまう。さすがにそれだけは避けたいところ。


 だから途中で本屋に寄ったり、喫茶店に入るそぶりを見せたのだが、この女どこにでも平気でついてくる。途中で寄ったショッピングセンターのトイレの中にまでついてこられそうになった時にはさすがに公衆の面前でキレそうになった。

 だが人の目のあるところで汚い言葉を使うわけにはいかず、結果的に一時間以上付き纏われたまま歩き回る羽目になった。

 そこで私は最終手段とばかりに駅の方へと足を運ぶ。そして駅の構内に着いた時、彼女に言い放つ。


「……それじゃ、私こっちだから」


「……あ」


 そう言って普段は行かない改札の方へ足を運ぶ。本当はこの駅の近くに住んでいるのだが、彼女を突き放すために電車に乗る仕草を見せた。こうすれば大抵の人はここでお別れをするだろう。


 だが如月は……


「あら、雪花さんって電車通学だったのね。なら、私も明日から電車で通学しようかな」


(この女っ……)


 彼女の言葉から推測するに、普段は電車を使うくらいの距離をわざわざ自転車で通学していたのだろう。陸上部である彼女のスタミナなら可能なのかもしれない。

 そして彼女の言葉は、明日からも付き纏われることを意味していて……


(……本当にっ……イラつく!)


 そしてそのまま彼女と別れるためだけにわざわざ隣町の切符を買って改札口の方へ向かった。余計な出費をさせられたものだ。


「じゃーねー雪花さん、また明日!」


 私は振り向かず改札口を潜り抜ける。きっと彼女は私が見えなくなるまで手を振っているのだろう。


「……はぁ~」


 私がここまでイライラした挙句疲れ果てることなんて最近はなかった。癖の強い私の家族だってここ最近は大人しい。


「……一体、あの女は何をしたいの?」


 彼女の様子が昨日と異なるものだということは今日一日付きまとわれたおかげで分かった。つまり、昨日の放課後から今日の朝に至るどこかで彼女に何かがあったということだろう。

 私がそれを知る意味など特にないが、これ以上付き纏われるのを阻止するためにも少しだけ調べた方がよさそうだ。


「……」


 私は彼女がいなくなったのを見計らい駅の外へと抜けだす。ここから出るには、駅員の人に謝って外に出してもらわなければならないだろう。

 使わない切符を買ってしまったので謝る羽目になるかと思ったが、駅員の一人が私の顔を見るなり焦ってペコペコとお辞儀して通してくれた。なんなら切符の代金を返金してもらえたので、少しだけお金が浮いた。


「……本屋、行かないと」


 すっかり日も暮れかけてきたが彼女のせいで本を買うこともできなかった。二度手間だが先程立ち寄った本屋にもう一度向かうことにした。今日は新刊の発売日なのだ。


 とりあえず今日は本でも買ってゆっくり休もう。慣れないことがずっと続いていたため私は疲れ果てていた。


「……」


 だから私は気づかなかったのだろう。

 放課後に如月遊と一緒になった時から今の今まで、ずっと後をつけられて見られていたことに。

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