第41話 一人ぼっちの葛藤


 路地裏の入口に仁王立ちして、奥の方へ目を凝らしている七瀬。どうやら本当に俺のことをつけてきたようだ。それも、学校を出た瞬間から。


(とりあえず、家に真っすぐ帰らなくてよかったな)


 もし義姉さんからのおつかい(という名の命令)がなければ俺は真っすぐ家に帰っていただろう。仮に俺が七瀬の尾行に気づかなければ家の場所を特定されていたかもしれない。まあ、あそこまでガバガバの尾行に気づかないわけがないのだが。


「うーん、ちょっと不安っスけど」


 何を思ったのか、七瀬は引き返すでもなくそのまま路地裏を進み始めてきた。息を潜めているので気づかれることはないだろうが、一応物陰のさらに奥へ静かに体を動かす。


 そして体を動かしながら俺は思考を巡らせる。


(なぜ七瀬が、俺のことを尾行する?)


 七瀬と俺の繋がりはそこまで強くない。強いて言うなら言い寄られていたところを助けてやったくらいだが、あの件についてはきちんとお礼を受け取った。この前デパートでばったり会った時も義姉さんが飲み物をあげたが、あれに関しては義姉さんに感謝をする出来事だ。つまり、七瀬が俺のことを付きまとう理由はない。


(これじゃ、いつかの如月と雪花みたいだな)


 あの時は如月がウザいほど雪花に付きまとい、雪花に手を出される寸前まで行っていた。結果的に義姉さんがうまいこと丸め込んだが、暴力沙汰になりかけていたのは間違いない。


そして次は、なぜか俺が付きまとわれることになっていると。もしや、神さまが俺にけしかけた因果応報というやつだろうか。さすがに七瀬が暴力を振るってくるとは思いたくないが。


 そんなことを考えていると、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。七瀬はどうやら路地裏のさらに奥の方へ足を進めていったようだ。万全を期すために、俺は七瀬が完全に帰るまでこの物陰で身を潜めることにした。


「……」


 

 何もしないという、無駄な時間を過ごすというのは久しぶりかもしれない。せっかくなので、俺は自分自身を自己分析してみることにした。


(……)


思えば、「俺」は最近おかしい。二年生に進級し新たなクラスとなったあの日、正確に言えば生徒会に入った新海を目にした瞬間からだろうか。



あの日から、変な選択肢を選ぶことが増えていた。



雪花との契約は、本当に結ぶ必要があったのか?


如月を、あの場でもっと追い詰めることができたのではないか?


 新海の前にわざわざリスクを冒してまで姿をさらす必要はあったのか?



 直近で言えば、先程のサッカーでも余計な技を繰り出してしまった。あんなことをする必要はないはずなのに、気が付けば体が勝手に動いている。いや、脳が反射的に非効率的で魅せつけるような演技をしてしまうのだ。あれでは異世界帰りの高校生と同じだ。


 俺の中で、無意識にセーブが掛かっているのかもしれない。本来ならもっと効率よく確実な手段を取ることができるはずなのに、最大のスペックを発揮することができない。まるで、模範的な何かに引っ張られているような……







『当たり前じゃん。だって、キミは「僕」じゃないんだから』


「……っ!?」



 ふと、誰かに話しかけられた気がして咄嗟に後ろを振り返る。だがそこには居酒屋の古びた扉があるだけで、人どころか虫の気配すらない。俺は飛び跳ねた心臓の心拍数をもとに戻しつつ、荒れた呼吸を宥めるために静かに深呼吸する。


(あー……考えんのやーめた)


 思い当たる節がないわけではないが、考えても無駄なことだと俺はすかさず意識を切り替える。耳をすますと、遠ざかった足音が再びこちらへ近づいて来るのが分かる。この足音は間違いなく七瀬だろう。どうやら奥の突き当りに当たって引き返したようだ。


「おかしいっスね、絶対こっちに来たはずなのに。もしや……え、神隠し!?」


 それとも蜃気楼? そんなことを口走り始めた七瀬。とりあえず怖がっているので、そう時間をかけずにここから立ち去ってくれそうだ。待ち伏せをされたら……その時はその時で考えよう。


「うーん、確かめたいことがあったのに……まあいいや。明日会えたら直接聞いてみようっと」


 そう言って、ゆっくり表へと歩いていく七瀬。その足取りは、何かにくたびれているように見える。


(俺に、聞きたいこと?)


 それなら尾行する必要は別に……いや、今朝注目されるとか週刊誌がどうだとかそういう話をしてしまったな。俺と誰にも見られずに話すタイミングをうかがっていた、ということだろうか。そうだとしても異常な執念を感じさせられたが。


(まあ、帰ってくれるならそれはそれで……)


 と、俺が安心した時だった。


 キーーーーッ、バタン!


 錆びついた扉が、ゆっくりと開く音がした。そして……


「いい状態でブツを手に入れることができたな」


「おう、知り合いの業者に無理言った甲斐があったぜ。海外からの直送品だ」


「てめぇら、ブツだけは絶対に死守しろよ。それがなけりゃ、俺らはお嬢に合わせる顔が……」


 扉から出てきたのは、首元に刺青があり顔に縫い傷があったりするガラの悪そうな男たち。厳重そうなアルミ製のケースを大事そうに抱えており、横の男は手に木刀を持っている。これは、明らかに……


(ヤクザ?)


 そう思った瞬間、その男たちと目が合った。二人は俺の方を、一人は七瀬がいるであろう方向を見ている。そして、中央に立ちケースを持っている男が、俺たちに怒鳴った。


「てめぇら、ここで何してやがる! ここはガキの遊び場じゃねぇぞ!」


 俺は瞬時に状況を判断し、少しだけ腰を浮かせる。ずっとしゃがみ込んでいたので、地味に腰が痛い。だがそんなことも考慮してくれないのか、ケースを持っている男の隣に立つ男が、イラつきながら俺の方へと歩いてきた。


「わりぃが、現場を見られたからにはただじゃ帰さねぇ。ちょっと痛い目見てもらうぞ、ガキ」


 手に持っている木刀を振り下ろすのかと思いきや、俺の方めがけて強めの蹴りを放ってきた。だが手加減しているのか、余裕で躱せる速度だ。


 俺は転がるように地面を回転し男の蹴りを避ける。そして瞬時にバックステップをして数歩後退した。


「え、ちょ、センパイ!? 一体どこから……」


「……」


 俺の斜め後ろから驚いた七瀬の声が聞こえる。いないと思っていた人物が急に現れたのだから当然だろう。結局俺はあいつらのせいで七瀬に見つかってしまった。


(ほんと、今日は厄日だな)


 もしかしたら本当に神さまが意地悪しているのかもしれない。そうでもなければこんなイベントには遭遇しないだろう。


 すると、ケースを持っている男が二人の男に何やら耳打ちしている。恐らくあの男は二人にとって上司みたいな存在なのだろう。


「おいあの男、只者じゃないぞ」


「ああ。手加減していたとはいえ、あそこまで無駄のない動きで躱されたのは初めてだ」


「だが関係ねぇ。怖がらせて口を封じるまでだ。じゃねぇと、俺らがお嬢にどやされるんだぞ」


 鬼気迫る表情でにじり寄る三人のヤクザたち。どう行動するべきか迷っている俺とまだ状況を飲み込めていない七瀬。


「え、えっと……」


 後ろを振り返ると、七瀬は完全に困惑していた。手は震えており、どうすればいいのかわからないようだ。


「……はぁ」


 俺は大きくため息をついてしまう。ここまで運に恵まれていないのは中学校の時以来だ。そう思うと、なぜか妙に胸が苦しくなってしまう。


 買い物のことなどすっかり忘れ、俺は数年ぶりの修羅場に足を踏み入れた。

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