第94話 聞き込み


 俺が雪花家に潜入してから数時間が経過した。いきなり現れた新顔に驚く者が多かったが、俺の読み通り少し下手に出て柔らかい物腰と気さくな話し方をすればすぐに懐に入り込むことができた。適当に庭の掃除をしながら最近の時勢について話してみると、意外と話が弾んで目的外の情報まで耳にしてしまった。



「へぇ、そんなことがあったんですね!」



 柄ではないが、いつも以上に明るくハイテンションで笑顔を絶やさない。視線や仕草など、細かいところにも気を配り常に最適なコミュニケーションを心がける。自分でも気持ち悪いと思ってしまうあたり、やはりこういうのはあまり向いていないのだろう。



「おうよ。なんでもお嬢、また変なアニメにハマってグッズを買い漁ってんだよ。荷物を運ぶのにどれだけ苦労したか」


「最近じゃ、海外のマイナーなアメコミ作品にも手を伸ばし始めたらしいし、留まるところを知らないというか」


「しかも、VTuberって奴にもハマってんだろ? 守備範囲広すぎて笑っちまうよ」



 最近の雪花はかなり雰囲気が暗くなってきたが、それでもオタ活の手は緩めなかったらしい。むしろ以前より悪化しているらしいし、ストレスでも溜まっているのだろうか。



「お嬢、最近なんか大変そうですよね」



 休憩中に俺はそれとなくここ最近の雪花の事情について尋ねてみた。身内であるこいつらは雪花を巻き込んでいるであろう何かについて知っているはず。仮に知らされていないにしても噂くらいには聞き及んでいるはずだと読んでの質問。



「ああ、そりゃ心も疲れてるよ。組長にいきなりとやらをあてがわれたんだからな」


「しかも、あんまりいい噂を聞かない奴なんだろ?」


「らしいぜ。お嬢の学校で理事長をやっている奴の息子らしいんだが、黒い噂が出てくるわ出てくるわで」



(……なるほどな。ようやく確信を得られた)



 雪花とあいつらが繋がっていると聞いた時、この展開は想定の一つとして思い浮かべていた。そしてこいつらから情報を引き出したことでそれがようやくパズルのピースとして当てはまり、繋がっていく。


 ここはもう一歩踏み込んだ質問をしてみるか。



「黒い噂って、どんな噂ですか?」


「なんでも、他人の関係を滅茶苦茶にして追い込で楽しんでるらしいぜ。それも、ほとんどが濡れ衣で気づいた時には人生どん底を歩かされてるとか」


「雪花組からも買収されて動いてる奴らがいるらしい。誰かはわかんねーけどな」


「ほんと、なんで組長も自分の娘をそんな奴の許嫁にしちまったんだか」



 そうして気が付けば掃除の手は完全に止まり雪花の許嫁……信也の陰口大会が始まっていた。俺もそれに加わって適当に相槌を打ちつつさらに情報を引き出し整理する。とりあえずこれで雪花を取り巻く事情は大方把握できた。


 とりあえず、今起きている厄介ごとについていったん整理しよう。雪花だけではなく、俺に関することも含めてだ。



 ・体育祭のせいで恐らく桜に存在を勘づかれていること

 ・信也がいきなり転校してきて何をしでかすかわからないこと

 ・雪花に恐らく望まぬであろう許嫁ができたこと



 大体こんなところだろうか。桜の問題に関しては俺にまつわることだが、他二つは完全に雪花が起点となって巻き起こっている。信也が転校してきたのは、間違いなく雪花がきっかけだ。



(雪花あの様子を見るに、信也のことが相当気に入らないみたいだな)



 聞くところによると半ば無理やりそういう関係を親に押し付けられたらしいし、雪花にとっては不快極まりないのだろう。しかもその相手が黒い噂の絶えぬ人物となればなおさらだ。今学校で信也が無理やり雪花に接触しに訪れないのは、おそらく雪花が強く口止めを要求しているからだと思われる。



(あいつがそれにどこまで従うか、時間の問題だな)



 信也関連のことは一度放置すると決めたが、割と重要度が増したかもしれない。雪花の抱えている問題事を知った俺だが、これをどう生かすかはまだ決めかねている。少なくとも、何かを有利に運べるほどの情報ではない。



「それでよぉ……って、聞いてるか新入り?」


「はい。坊ちゃんが釣りにハマりかけてるって話ですよね」


「ああ。ありゃ海の男みたいな貫禄があったぜ。やっぱ俺はあの人について行きたいね」


「このまま順当に行けば、翡翠坊ちゃんが次の組長だろ? なら安心だ。今の組長はちょっと……な」


「ははっ、わかる」



 そう言って掃除を終えて屋敷の中に入る俺たち。次期組長の座をかけて姉弟で争う展開があるかもしれないと想定していたが、どうやら翡翠が次期組長になるというのがほぼ確定しているらしい。姉の方がそう言うのを面倒くさがりそうだと知っているため、若干納得してしまう。



「ふぁっ……」


「「「っ!? おっ、おはようございます、お嬢!」」」


「……ん、おはよ」



 おおよそ昼前という時間帯に雪花は姿を現した。しかも可愛らしいピンクのパジャマ姿で完全に油断しきっている。こいつのこういう一面を見るのは初めてなので少し驚いてしまうがかろうじて顔には出さない。



(っと、とりあえず頭くらいは下げないとな)



 不自然さをかき消すため俺も連中に倣い雪花に頭を下げる。雪花は慣れているようにそのまま横を通り過ぎてどこかへと向かっていく。あの方向は確か浴室のほう。多分シャワーでも浴びるのだろう。なら、抜け出すにはちょうどいいタイミングだ。



(知りたいことはあらかた知れた。なら後は、上手く抜け出すだけだな)



 俺はスマホで翡翠にメッセージを飛ばす。抜け出す際の手順を事前に打ち合わせしており、潜入した裏口からもう一度出ていく手はずになっている。そしてその際、翡翠にフォローをしてもらうつもりだ。

 だが



(おかしいな、既読がつかない)



 なにか忙しい用事でも舞い込んだのか、俺のメッセージになかなか既読が付かない。スマホのバナーを見ているのならまだいいが、確実に見ているという確証に結論付けるのはリスクがある。ここはもう少し待つしかなさそうだ。


 俺がそう考えるのと同時に、何やら家の中が騒がしくなる。下っ端連中が家の中をあちこち行き来して慌ただしくしているのだ。それに気が付いた仲良くなった連中は、仲間に声を掛ける。



「おい、何かあったのか?」


「あ? 聞いてねーのかよ。が帰ってくんだよ。急いで支度しろ!」


「マジか! おっ、お前ら、急いで準備するぞ!」



(組長……だと!?)



 想定外の人物の帰宅に思わず動揺してしまう。話にしか聞いていない人物だが、このまま会うわけにはいかないのは確かだろう。おそらく翡翠からメッセージの既読が付かない理由はこれが関係している。

 これ以上余計な問題を抱え込みたくないので、ここで新たな登場人物との対面は避けるべきだろう。一人でリスクを負ってでもこの屋敷から脱出するべきかもしれない。



「自分はあっちに行ってきます。なんか呼ばれてるみたいなんで!」


「お、おう、そうか。急げよ!」



 そう言って俺は先ほどまで仲良くしていた奴らと別行動をすることにした。ここからは完全に単独行動だ。俺は悪目立ちをしないようになるべき自然な振る舞いで最初に入ってきた裏口を目指す。



「……ん?」



 すると途中で、スマホが振動していることに気が付く。どうやら先ほどのメッセージに対する返信が返ってきたらしい。俺は片手で画面を操作しすぐにチャット画面を表示する。



『今は家を出るな』



 ただ一言、雪花翡翠は俺にそうメッセージを飛ばしてきた。そしてそれを俺が確認したと同時に、正面玄関の方からけたたましい男たちの叫び声にも似た大音量が聞こえて来た。



「「「「「「「「「「おかえりなさいませ、組長!!」」」」」」」」」」



 俺はその言葉を聞き届け、静かにスマホをポケットに入れた。

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