第93話 思惑の交差
「ちょっとこっちこいや!」
雪花亭に入った瞬間、俺は速攻で拉致された。いや、拉致というより引っ張られ適当な部屋に放り込まれたというべきだろう。そしてそれをした人間はもちろん俺が来るとあらかじめ知っていた存在、雪花翡翠だ。
「マジで来たのか、てめぇ」
「マジも何も、昨日電話で話した通りだろ」
どうやら昨日の電話や先程の電話も強がったハッタリだと思っていたらしい翡翠。だが今回の俺は珍しく行動を起こすのに積極的だ。消極的にするのは信也のほうで、雪花たちは全くの別問題。とりあえず雪花家の中に入り込むのには成功している。
「それで、今お前の姉はどうしてる?」
「姉貴は自分の部屋でまだ寝てんよ。休日前は夜中まで起きて海外のレビューサイトをもとにアニメサーフィ……って誰が教えるか、アァ!?」
「自分で全部言ってるだろうが」
どうやら翡翠も翡翠でちょっと混乱しているらしい。まあ敵か味方かもわからない奴が朝っぱらから乗り込んできたら情緒も多少は不安定になるか。とりあえず俺は昨日電話でした質問を翡翠にもう一度する。
「それで、抱え込んでいる問題を教えてくれる気にはなったか?」
「はっ、そんなのてめーに教えるワケねーだろうがよ」
「そうか、それは残念だ」
だがこうして乗り込む許可をくれるあたり、本当は事情を知って欲しいのかもしれない。だが、この態度から察するに関係者から『問題事』とやらの他言無用を突きつけられているのかもしれない。もしくは本人のプライドが邪魔して真実を語ってくれないとか。どちらにしろ酷く面倒なことには変わりない。
「それはそうと、てめーは姉貴の何なんだよ? 返答次第では容赦しねぇぞコラ」
「ただ席が隣なだけで、それ以上もそれ以下もない」
「それにしては随分と馴れ馴れしいみたいじゃねぇか。オレの電話番号を聞き出すくらいにはよぉ」
どうやら俺と雪花の距離が近いと思っているらしく、それが気に食わない様子の翡翠。実際はお互いに警戒し合って距離を置いているためこいつの思っているような関係ではないのだが、口でどれだけ説明してもこいつは自分の目で見たものしか信じないタイプだと思うので必要以上の否定はしない。そちらの方が、今回に限って状況が有利に動く可能性も捨てきれないからだ。
「なら、馬鹿ナツは。なんでよりにもよってあいつとまで仲良くなってんだよ!」
「馬鹿ナツ?」
「ナツメだよ。七瀬ナツメ!」
そういえば、昨日は七瀬に翡翠との仲介役を頼んでいた。なら、そこを追及されても仕方のないことだろう。ここで変に誤魔化すのも特に意味はないと考え、俺はあえて素直にあいつのことを軽く助けてやったと明かす。すると翡翠は少し驚きつつもどこか信じられないといった様子だった。
「それ、本当かぁ? あいつ、大抵の野郎なら余裕で蹴り飛ばせるぜ」
「学内なら、多少は話が変わるだろ」
「そりゃそうだが……あいつ、オレにそんなこと一言も」
どうやら七瀬と翡翠の間でもすべての情報が共有されているわけではないらしい。この場合は、七瀬が翡翠に心配を掛けないようにあの日の出来事をあえて黙っていたと見るべきだろうか?
「で、俺はこのままこの家の中にいてもいいんだよな?」
「あん? いい訳あるかよボケが」
「どちらにしろお前は受け入れざるを得ないぞ。昨日、七瀬の前で了承してしまったのだから」
俺がそう言うとバツの悪そうな顔をする翡翠。そう、昨日のわざわざ翡翠に電話したのは雪花家に乗り込むことの許しを得るため。そのために七瀬を起用して約束を一方的に押し付けたのだ。それが昨日部屋で行っていた談合の詳細。
「あんなもの、いくらでも反故にできるぜ?」
「そうなってしまったら、俺はお前の姉に迫って答えを求めるしかなくなる。それはお前にとっても不快だろ?」
「脅しのつもりか?」
「脅しも何も、俺なりの気遣いってやつだ。意味はわかるか?」
「はっ、知るかよ」
そう言いつつ目を逸らすあたり、翡翠は気が付いている。俺が雪花の精神面を考えているということに。今回の作戦に当たり、一番重要なのは雪花瑠璃の精神的内面だ。
なにせ自分が気に食わないことがあれば相手を本気で殴ろうとする奴なのだ。そう、あれは進級当初で如月と微妙な関係になってしまっていた時。あいつは如月のことを公衆の面前で殴ろうとした。
(あんな行動、普通だったらあり得ない)
気に食わない奴がいたとして、駅前という嫌でも人目が付く場所でクラスメイトを殴ろうとするやつがいるだろうか? 翡翠は乱暴に見えて理性がある分まだいい。だがあの時の雪花は、完全に理性というタガが外れていた。有り体に言って、あいつの思考回路は常軌を逸している。
(たぶん、あれはあいつの抱えている闇の部分)
過去に何があったかは知らないが、あいつはああいうことを普通にできる人間に育ってしまった。あの性格を逆に利用しやすそうなのでこれまで放置していたが、今回に限ってはあの性格が障害となってしまう可能性がある。
それの確認も含めて、この家に極秘で乗り込んできたのだ。
「下っ端連中が来るのはあとどれくらいだ」
「……もうすぐだ。まさかとは思うが、あいつらの中に紛れ込む気か?」
「そのまさかだ。それっぽい格好をしておけば、たぶんどうにでもなるだろ。それに、一体感がないようだしなあいつら」
とてもではないが、あいつらが一枚岩で動いているとは思えない。高校生相手に本気になったり、迷惑行為を働いたりと様々な噂を聞いている。そんな連中の中に紛れ込むなんて容易そうに見えてならない。
「なにより、あの連中あんまり仲良くないだろ」
「……まーな。ここ最近になって俺たちの中でも派閥ができてる」
「派閥、ね」
なんとなくだが、雪花たちに巻き起こっている問題事とやらの概要が見えてきた気がした。だが、確定させるにはまだ足りない。雪花があれだけ追い詰められているだけに、まだまだ隠されていることは多そうだ。
俺がいくつかの可能性を考えていると、いきなり翡翠が俺の腕を掴んで部屋から引っ張り出す。襲われると思って構えたが翡翠に敵意や悪意はなかったためそのまま従うことにした。そして俺は長い廊下を連れられて、またもや違う部屋に放り込まれる。但し今回の部屋は先ほどよりは綺麗な部屋で、ご丁寧に畳付きだ。
「そこで待ってればほかの連中が直にやってくる。あとはてめーでどうにかしろ」
「許可はもらえたんだな」
「知るかよ」
そう言って翡翠は部屋の扉を閉め、俺を残してどこかへと歩き去ってしまった。許可とまではいかないが、黙認はしてくれるようだ。何がともあれ、これで本当の意味で雪花家への侵入は完了した。
「あとは、この家の連中からうまいこと情報を引き出すだけだな」
そう、今回俺がターゲットにしているのは雪花姉弟ではなく、その取り巻き連中。あいつらなら、二人に関することを俺以上に知っているだろう。単調な奴らが多そうだし、騙す手段ならいくらでもある。
(さて、早速やってきたな)
この部屋に向かってくる足音に気が付き、俺は一度考えるのをやめる。この足音は雪花姉弟のどちらにも該当しない。つまり取り巻き連中がとうとうやってきたということだ。とりあえず、まずは懐に入り込むところから始めよう。
(さて、頑張るか)
珍しくガラでもないことを心で呟きながら、俺は一歩を踏み出した。
——あとがき——
ちょっと短めです。
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