第44話 気まずい雪花
しばらく時間が経ち、俺たち三人とすっかり怯え切った三人の男たちは揃って近くの路地裏に入っていった。
薄暗いせいでよく見えないが、雪花がびっくりするぐらいブチギレていることが雰囲気から伝わってくる。鬼気迫るオーラが体からふつふつと沸き立っているようだ。
一方の七瀬は借りてきた猫のように大人しくなり、俺の後ろに隠れて事の成り行きを見守っている。というか、制服がしわになるので背中の部分をわしづかみにしないでほしい。
「……それで?」
「あ、はい、ええっと……」
「……結論から話せ」
「は、はい!」
ビクビクしながら何があったのかを話していく男たち。
彼らの話を要約すると、俺と七瀬に取引現場を見られ焦ったらしい。そして適当に脅しておけば怖がって黙ってくれると思ったのだとか。
(ああ、だからあの時)
木刀を持った男は俺に一番初めに蹴りを放ってきた。だがその速度は明らかに手を抜いており、避けなくても掠るだけで済んだ一撃だった。どうしてこんな弱くてへっぽこな一撃を放つのかと思ったが、きっと俺たちに怪我をさせてはいけないと思った結果だったのだろう。
「そしたら、そこの女に顔面を蹴られて」
手加減をしていた矢先に明らかにケンカ慣れした動きを見せた俺と、全く容赦のない蹴りを繰り出した七瀬にパニックになったのだとか。まあ確かに、あの時の七瀬の蹴りは見事な一撃だった。何を言われるかわからないので、視界の端にスカートの中にある黒い布が映ったことは本人に黙っておこう。
「……話は分かった」
「そ、それなら……」
「……結論、お前らが全部悪い」
「「「ぐえっ!?」」」
雪花は怒りを込めた拳でこの三人に思いっきり拳骨を食らわせた。しかし七瀬ほど発達した筋力は持ち合わせていなかったようで軽い衝撃で済んでいるようだ。その証拠に、雪花の方が痛そうな顔をしていた。赤くなった指を丁寧にさすっている。
「……やっぱり、平手にしておけばよかった」
「いや、結局しばくのには変わりないんスね」
手を出すのには変わりないことに呆れる七瀬。思わず苦笑いをしながら男たちと雪花を交互に見ている。
「……」
今の光景を見て、一つの謎が解けた。それは以前、雪花と如月の関係が拗れてしまっていた時期の事。
『雪花さん?』
『……』
あれは義姉さんが二人の前に現れる直前の会話。あの時義姉さんが現れなければ雪花は間違いなく如月に躊躇することなく手を出していたことだろう。どうして暴力的手段を取るのかと疑問だったのだが……
(そういうのに手慣れてたってわけね)
今の様子を見るに、今までも似たような出来事が雪花にあったのだろう。恐らくこの男たちは雪花の部下的(?)な存在だ。こいつらが起こした問題を解決するときに、制裁としてこのような手段を取っていたと。
「……能無し共に代わって私が謝る。申し訳なかった」
「い、いえ、自分も思いっきり顔面を蹴り飛ばしてしまって……」
「……怖い思いをさせてしまったことに変わりはない」
雪花は俺と七瀬にかしこまった謝罪をした。それも誠心誠意きちんと頭を下げて。こんな雪花を見るのは初めてなので素直に驚いてしまう。
「い、いや大丈夫っスよ。頭を上げてくださいっス!」
「……わかった」
今日の雪花はめちゃくちゃ素直だった。まあ、それも思わず同情してしまう。
新刊の本を買えて幸せの絶頂にいたところに知り合いが知り合いにとんでもない迷惑をかけ騒いでいたと。確かに、頭が痛くなってしまうような事案だ。
「……それで、お前たちは何やってた?」
一度考えることをやめた雪花は、取り巻き達が何をやっていたのかを改めて尋ねた。確かにめちゃくちゃ頑丈そうなケースを持っていたので、何やら大事な取引を終えた様子だった。話を聞いた雪花もそれが気になったらしくケースを指さしながら男たちに圧をかける。
「え、ええっと、例のものを……」
「……例のもの?」
男たちはそう話すが、当の雪花本人はピンと来てない様子。だからこそ、余計に疑念が深まっていた。
そんな様子を見てさすがにまずいと思ったのか、男たちはスーツケースをガチャガチャいじりだした。
「こ、これを見ていただけりゃ分かっていただけるかと」
そして、ゆっくりとスーツケースが開かれる。ギシギシと音を立てて開けられる頑丈そうなケース。そしてその中に入っていたのは……人形?
「……え、これ、フィ……!?」
最初は雪花も何かわからなかったらしいが、少し時間をおいて今まで見たことがない暗い目が開かれる。そして、手を震わせながら言った。
「そ、それって……まだ発売日すら決まっていない、仮〇ライダーの劇場版限定フォームのフィギュア?」
俺にはよくわからないが、雪花にとっては相当驚くものだったらしい。七瀬も同じだったのか、首を傾げてどのような表情をすればよいのかわからないでいた。
よくよく見てみると、かなり精密に作られたフィギュアだ。いつの時代のライダーかはわからないが、羽織っているマントに刻まれる皺がとてもリアルだ。きっと子供たちの人気を浴びていたことだろう。
「……こ、これ、どうした?」
「へ、へい。この前お嬢がこれのポスターを見てかっこいいと呟いていたので、せっかくだから喜んでもらおうと思って海外の知り合いにポスターと写真を……」
「……つまり、海外で作られた模造品?」
「ま、まあ」
「……お馬鹿っ!」
喜びによる興奮と怒りが同時に来ているのか、顔を赤くしてわなわな震えている雪花。普段無表情を貫いている雪花を見慣れているので、ここまで感情が激しく揺れ動く雪花が妙に新鮮だ。
そしてまた新たなる説教が始まった。がみがみとまくし立てる雪花に頷くことしかできない取り巻き達。横にいる二人も自分がいつ起こられるのかと気が気じゃない様子だ。
「ええっと、つまり何が問題なんスか?」
話の流れをイマイチ理解できていない七瀬。まあ確かに、こいつらのやっていることは色々とまずいだろうな。だから俺は雪花への確認を含めて七瀬に説明する。
「俺も詳しくは知らないが、たぶんあれは特撮系のヒーローをもとにした限定品のフィギュアだ。あいつらはそれを勝手に作ったみたいだが、その行為と結果が著作権や商標権を侵害しかねないってことだ。要するに、偉い人たちにバレたらまずい」
「……そういうこと」
一通りの説教を終えた雪花がフィギュアを抱えて戻ってくる。取り巻き達はめちゃくちゃ怒られたようで、完全にお通夜のような雰囲気に包まれているように見える。
「……一応これは世に出たらマズイものだから、私が預かってガラスケースで厳重に保管しておく」
「それって、コレクションに加えるという意味なのでは……」
「……あまり勘を鋭くしすぎない方がいい、後輩」
そう言いながらフィギュアをケースに戻す雪花。まあ一応、一通りの状況確認は済んだというところだ。できればこのまま帰りたいのだが……
「……」
なんやかんやでまだ七瀬に背中を掴まれている。頼むからそろそろ離してほしいのだが。一応自衛ができるだけの備えはあるだろうに。
「……改めて、今日の件は本当に申し訳ない」
「いえ、自分は大丈夫っスよ。ねぇセンパイ?」
「……ああ」
意見を言うのも面倒なので、一応そう同意しておくことにする。俺の思考はどうすればこの気まずい場から離れられるかということに注がれつつあった。
(……さて)
雪花は雪花で、これからどうするのかね。
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