第43話 予想外


 俺たちはできるだけ人が多くいる道を選び駅の方へと向かっていった。二人そろって息が乱れていないのは、日頃から最低限のトレーニングを怠っていないからか、それとも緊張によるものなのかはわからない。


 そして駅が目視できる距離になったのを皮切りに、徐々に走るペースを緩めていく。さすがにここまでくれば安心できるといっても過言ではないだろう。三百六十度、どこを見渡してもバッチリ人がいる。


「ふぅー、ここまで全力で走ったのは久しぶりっス」


 そんなことを言いつつ全く息を乱していない七瀬。綺麗に整えていたであろう髪も、風に殴られたせいで枝毛がチラチラ見え始めている。


 そうして周りの安全を確保した俺たちは、一度道の端っこにある壁に寄りかかりながら改めて話をすることにした。


「お前、何してんだよ」


「えっと、センパイが殴られるくらいなら、先にこっちから先制パンチを繰り出そうかなと思って……」


「脳筋かよ」


 どうやら俺のことを気遣ったゆえの行動であったらしく、一切の悔いをしていないようなすがすがしい表情をする七瀬。あと、パンチじゃなくて蹴りだったし。


 こうして話すのも少し面倒くさいが、さすがに話を聞かなければいけないだろう。なぜ、俺のことをわざわざつけて来たのか。その理由次第では、色々と対策を練らなければならない。


「それで、どうして俺のことを追いかけまわしていたんだ」


「あー……やっぱ気づいていたっスか」



 どうやら尾行していたことは認めるようだ。七瀬は少し前のことをボソボソと喋りだす。


「センパイに聞きたいことがあって追いかけていたんス。センパイ、人目を気にしているみたいなんで落ち着いて話せるタイミングを狙ってたっス」


 確かに、朝にそんな話をしたのは間違いない。だがそれでもこんな真似をするかよと俺は一人で呆れる。これじゃ如月第2号もいいところだ。


「そしたらセンパイが急に路地裏に入っていったんで、慌てて追いかけたら見失っちゃって。そしてそのまま思うがままに突き進み、迷子になったっス」


「……愉快な奴だな」


「ハハハ、褒めても何もないっスよセンパイ!」


 いや、思いっきり皮肉を言ったのだが。というか迷子になったって、どれだけ広い路地裏だったんだよあそこ。



 七瀬は少し照れながらも話を続けていく。そう、ここからが大事なところだ。


「そしてセンパイが見つからなかったから諦めてもと来た道を戻ったんスけど、人の声が聞こえたんスよ。そしてそっちの方を見たらガラの悪そうな男の人たちがいて、瞬きをした瞬間にセンパイが出て来たっス」


「……」


 つまり、あの場に留まり続けることなくすぐに離脱していればよかったということだ。わざわざ七瀬が帰るのを待たずにすぐに消えていれば、あんな妙なことに巻き込まれなくて済んだはずだった。



(まただ、また選択を間違った)



 いい加減自分が嫌になってくる。どうして判断を誤ってしまうのだろうか。いや、原因は分かるのだがわかるからこそイラついてくる。どうして俺がこんなものを背負わなければならないのだろうか。


(いや、まずはそれより)


 先に七瀬のことを解決しなければなるまい。だからこそ俺の方から七瀬に先ほどの件について尋ねてみる。


「それで、俺に何を聞きたかったんだ」


 こんな妙な真似をしてまで俺に聞きたいこととは何だろうか。先日の試写会の話ならもう済んでいるし、義姉さん絡みなら俺のところに来るのはおかしい。


 こいつとは中学校以前に会ったことはない。それだけは確かだ。だからこそこいつの行動が意味不明だったのだが。


「あ、はい。ずっと聞きたかったんスけど、もしかしてセンパイって……」


 七瀬がそう、口にしようとした時だ。


「……あ」


 向かい側からやってくる人物とうっかり目が合ってしまった。普段はあまり話すことなく隣で過ごしている無口な少女。そう、雪花だ。


「……」


 しかもどんな風の吹き回しか、あいつは俺の方へと自ら近づいてきた。手には大きめな紙袋を持っていることから、本屋帰りということがうかがえる。多分漫画や小説の新刊を買った帰りなのだろう。


 七瀬も俺の視線がずれたことに気が付いたのか、雪花のことを目に入れる。そして首を傾げながら俺に聞いてきた。


「おやセンパイ、もしかしてお知り合いっスか?」


「……」


 俺はあえて答えない。雪花が七瀬を知っているかは知らないが、俺たちが親しいと思われたらどんな反応を示すかわからない。だが、面倒くさいことになるのは間違いなかった。


 そして雪花が近づき俺に一言。


「……友達、居たんだ」


「開口一番がそれかよ」


 さすがにそれは酷すぎないだろうか。こいつ、何というか所々うちの義姉さんに似ているのだ。今の言葉も絶対に皮肉なのだろうが、その言い回しが義姉さんに近いものがある。

 家だけでなく学校でも心を削られるのはしんどいのだが。


「センパイ、こちらの方は?」


「ただのクラスメイトだ」


「おお、とても仲が良さそうっスすね」


 ここにもいたよ、無意識に皮肉じみた言葉を言い放ってくる奴が。どうやら俺の周りの女たちは俺の心を削る趣味を共通して持っているらしい。


「どうも、自分七瀬ナツメって言います。以後お見知りおきを、綺麗なセンパイ!」


「……七瀬、ナツメ?」


 その名前を聞いた瞬間、雪花の目が大きく開いた。さすがに名前は知っていたらしい。というか、この前映画の試写会の感想を聞く前にその名前を出していたのだ。


「……へぇ」


 雪花はジト目で俺のことを見つめてくる。きっと色々聞きたいことがあるのだろう。だが俺はあえてその視線から逃げず雪花に視線をぶつけて返す。


 きっと先日の試写会の件も含めて疑問が生まれつつあるのだろうが、雪花は持ち前の自頭の良さからかその話題を出すことはなかった。そして一応名乗られたからか自己紹介をした。


「……雪花瑠璃。私の名前」


「はい、よろしくお願いするっス!」


 女子が仲良くなるのが速いとは聞いたことがあったが、一瞬で距離感を縮めていった七瀬に俺は驚く。雪花も如月の件で分かる通り自らのパーソナルスペースを大事にするタイプだが、不快感を感じさせずにすんなりそこへ入っていく七瀬のコミュ力が異常なのだろう。


「雪花センパイは買い物の帰りっスか?」


「……そう」


 加えて年下だからか、割と大きめの態度で頷き返す雪花。もしかしたら年下属性を持っているのかもしれない。少なくとも義姉さんや如月と話す時より安心しきっている気がする。


 気が付けば、雪花は購入したであろう本を七瀬に布教し始めていた。というか、めちゃくちゃ買ってきてるし。


 ついでに俺もその本の数々を遠目に眺めてみる。


(異能系にサスペンス。それにえーと、おねショタ?)


 俺にとってはおぞましいジャンルだ。そんなこと、考えたくもないし想像したくもなかった。吐き気を隠しつつ、俺はその場からそっと離れようとする。


 ワンチャンここから自然に消えることができると思ったからだ。


 だが、俺と七瀬はすっかり忘れていた。




「おい、いやがったぞ!!」


「「「……あ」」」


 俺たちは声を揃えて力の抜けた声を出してしまった。そう、先程七瀬が蹴飛ばした男たちが俺たちに追いたのだ。まさか人目をはばからずに追いかけてくるほど間抜けだとは思わなかった。


(馬鹿が相手というのも、考え物だな)


 七瀬は顔を引きつらせており、再び焦っているのが手にとってわかる。そしてその隣にいる雪花も、なぜかこの上なく嫌そうな顔をしていた。


 そして一瞬で俺たちの目の前に立つ先ほどの男たち。七瀬に顔を蹴られ気絶していた男も鼻を押さえながら復活していた。どうやら体力だけは健在らしい。


「おうおう、さっきはよくもやってくれたじゃねぇか。だが、舐められて終わる俺たちじゃねぇ。ちょっと面貸してもらうぞ、コラ」


 静かに、しかしふつふつと怒りを滲ませている男たち。


「俺らに喧嘩吹っ掛けたんだ。その意味、分かって……」


 俺たちに痛い目を見せようと意気込んでいた男たちだが、なぜか途中でその口を閉ざしてしまう。そして



「「「……へっ?」」」



 急に素っ頓狂な声を出して後ずさりした。その視線の先には、七瀬と雪花がいる。いや、どちらかというと七瀬ではなく雪花を見て驚いているような。


「……ナニヲシテイル?」


 先ほどまでとは打って変わり、どす黒い声でそう言い放つ雪花。そしてそれを聞いた途端にアタフタと慌てだす男たち。とてつもなく奇妙な光景だ。


 そして



「「「えっ、なっ……、どうしてここに!?」」」



「お、お嬢?」


 その言葉に顔を引きつらせながら驚く七瀬。うん、さすがにこれは俺も予想外だったな。











——あとがき——

あけましておめでとうございます!

今年もまだまだ執筆をつづけていくつもりなのでどうぞよろしくお願い致します。


引っ越しやら期末テストが近づいてきているので余裕がある時期とない時期がだいぶあり更新にムラが出ることが予想されますが、暇つぶし程度に見ていただければ幸いです。


さて、今年が皆様にとって良い年になるようにお祈り致します!

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