第53話 楽しさの意味


 あっという間に時間が過ぎ去り、とうとう放課後を迎えた。俺にとっては別に無視して即帰ってもいいイベント。何なら行くのが無駄骨になるまである。何故なら俺と七瀬は友達という関係でもないし、そうなる予定も今後一切ないからだ。


 だが、ここで断ったら余計に事態が拗れそうになりそうで怖い。それに、七瀬は芸能活動をいったん休止すると言っていた。その持て余した期間を使って俺に付きまとわれても困る。


 だから仕方なく誘いを受けることにしたのだが



(そもそも、待ち合わせ時間も場所も決めてないしな)



 あの後輩は何もかもが行き当たりばったり過ぎる。まるで昔の新海を見ているみたいだ。それに、なまじ力を持っている分新海なんかよりも厄介だ。



(うーん、今日は帰っていいか)



 契約のような約束したわけでもないし、別に強制ではない。だからこのまま忘れていたというていにして帰ってしまおうと思いまっすぐ昇降口の方へと向かうことに決めた。



「……はぁ」



 俺が鞄を持ち上げようとした瞬間、隣の席から小さなため息が聞こえて来た。もちろんほかでもない雪花だ。何やら自分のスマホと睨めっこしている。少しだけ画面が見えたが、あれはゲームの攻略サイトだろうか。よくわからないが雪花は難しそうな顔をして落ち込んでいるようにも見える。



(楽しむことが目的のゲームで、落ち込んでいるんじゃゲームの意味がないな)



 そんなゲームは今すぐ返品すべきだと思いながら俺は教室を後にした。そしてそのまま昇降口へと歩いて行ったのだが



「あ、センパイ」



 昇降口を出てすぐの場所に、七瀬が隠れるようにして俺のことを待っていた。なるほど、昇降口でずっと待っているならわざわざ待ち合わせる必要はないな。というか、俺の裏をかかれたみたいで純粋に少し悔しい。



「それで、センパイの時間を頂きたいって話、ここで答えを聞きたいっス」



 信じるように、俺の顔を覗きこんでくる七瀬。というかこの場所はさすがに目立つしすぐに返答して移動しなければいけないだろう。だから俺は



「……とっとと移動するぞ」



 そう言って七瀬を待たずに学校の外に出た。慌てたように、されど嬉しそうに七瀬は俺の後ろをついてくる。幸い人が少なかったため七瀬に注目する奴もいなかった。これなら、俺も目立つことはないだろう。



 そうしてある程度学校を離れたところで俺は立ち止まり、七瀬の方へ振り返る。そこには俺のことをまっすぐ見つめる七瀬。さて、そろそろ聞いてもいいだろう。



「それじゃあこの前の続きだ。俺に、何の用だ?」


「はい。それはっスね……」



 俺がそう言うと、気まずそうにしながらキョロキョロし始める七瀬。というか、本当にこいつは何が目的なのだろう。考察しても判断材料が欠けすぎているので、正直意味はないだろうが考えてみる。しかし、答えは出ない。


 そしてとうとう、七瀬の口が開かれる……!



「自分と、少しだけ高校生らしいことをしてほしいっス!」


「……は?」



 俺は生まれて初めて、素っ頓狂な声を上げた。




   ※




 俺たちは少し離れたショッピングモールに来ていた。レストランや娯楽、果てにはペットショップなど様々な物が揃っている。周りには様々な高校の生徒たちが放課後の時間を楽しんでいた。ショッピングをしたりスイーツを堪能したり、果てにはゲームセンターに寄ったりなど、きっとあれが高校生の青春というものの一部なのだろう。


そこで俺は、なぜか太鼓のバチを一心不乱に叩き込んでいた。



「セ、センパイ凄いっスね。一番難しい奴いまだにノーミス……あ、今七百コンボ超えた」


「逆にお前はリズム感覚ゼロだな」



 七瀬の最高記録は五十コンボまでで、そこから先はほとんど繋げていない。もともとこの手のゲームの才能がないのだろう。そして曲は終了し、俺の連打が終了する。結果はもちろんフルコンボだ。というか、そろそろいいだろうか。



「なあ、俺たちは何をしているんだ?」


「ええ。もちろん太〇の達人です」


「そうじゃなくて、なぜ俺にこんなことをやらせているんだ?」



 ショッピングモールに来たときはここで何をするのかと思ったが、なぜか最初にゲームセンターに連れてこられていた。そして気が付けば七瀬はこの筐体に硬貨を投入していたのだ。ちなみに、俺は一切お金を払っていない。なぜなら朝食兼昼食代ですべて消え失せたからだ。



「センパイ、自分が高校生生活を楽しもうって言ったら、そういうタイプじゃないって仰っていたじゃないっスか。でも、自分にはそう見えなかったんス」


「見えなかった?」


「センパイは、本当はもっと明るい人なんじゃないかって、なんとなくそう思っただけっス。だからとりあえず万人受けしそうなゲームを一緒にプレイしてみようかなと」



 こいつ、何を言ってるんだ?



 俺が明るい人だと? 確かに昔の自分はそうだったかもしれないが、今はそんな感情など存在しない。それに楽しむだって? 確かに今のゲームはいい脳トレになったが、所詮はそれだけで特に面白いとは思えなかったが。



「ほら、センパイも付き合うって言った以上、約束は守ってもらうっスよ。とにかく多少は奢るんで、遊び尽くしましょう!」


「……」



 楽しそうな七瀬と裏腹に、俺は少しずつ表情に曇りが浮かんでいく。昔は楽しくテト〇スとかをやっていた気がするが、あの時のような感情は今の俺には存在しない。つまり、本当に無駄な時間を過ごしているのだ。



「次はあれをやってみましょう、マイ〇イ」



 七瀬はまたもやリズムゲームをチョイスした。これは丸い画面の外側についているボタンや画面を使って遊ぶものらしい。しかも画面には色々なムービーが流れるみたいだ。やっている人を見てみると、わざわざ手袋のようなものをしてやっている。きっと摩擦などを軽減してミスを減らそうとしているのだろう。


 そして七瀬は二人分のお金を入れてすぐに画面の前に立った。どうやら一緒にプレイするモードを選んだらしい。


「センパイ、早くしてください!」


「……はぁ」



 とりあえず、あの後輩のわがままを聞いてみることにした。特に意味はないのだが、ここまで来てわざわざ帰るというのも空しい。


 そして俺は筐体の前に立つ。このゲームはいろいろな操作があるようなのでプレイが始まる前に今プレイしている人の操作を観察してみる。うん、あれならいけそうだな。



「それじゃセンパイ、どっちが点数高いか勝負っス!」


「ふん、言ってろ」



 そうして俺たちは今はやりのアーティストの曲を選択した。難易度はプレイヤーごとに選べるらしく、俺は一番難しいものを選択した。俺の選択を見た七瀬も同じものをチョイスする。



「それじゃセンパイ、行くっすよ!」



 そうして始まる新感覚のリズムゲーム。なるほど、画面の中心からアイコンが徐々に大きくなって移動してくるのか。そして時々なぞるような操作が求められると。


 俺は冷静に一つずつ優先順位をつけ画面に現れるアイコンに触れ続けていく。一瞬だけスピードに圧巻されそうになったが、動体視力と反射神経があれば案外どうにでもなる。あとはミスをしないように丁寧なプレイをして、極力無駄な動きをしないように努めればいいだけ。そうすれば



「ま、こんなもんか」



 俺はノーミスで楽曲を終えた。対する七瀬は悔しそうに画面を見てうなだれている。というかプレイ中に隣からバンバン筐体を叩くような音が聞こえていた。きっと乱雑なプレイをしていたのだろう。



「センパイ、凄いっスね。もしかしてこのゲームをやったことがあったんスか?」


「いや、初めてだ」


「は、初め!?……それでここまでの成果を?」


「これはもともと人間が設計したリズムゲームで、設計段階で誰かがクリアしているはずだ。それならば、クリア不可能というわけではないだろ」



 途中からは次にどのような操作を要求されるのかという予測までしていた。案外こういう設計は製作者の性格が表れるものである。恐らく、この曲でリズムゲームを作った人は性格の悪い人なのだろう。途中でわざと腕を絡ませるような操作を強要されたし。



「わかってたけど、センパイは規格外っスね」



 七瀬は驚いた顔をするが、なにやら挑戦的な顔へと変わっていった。どうやらどうしてもゲームで俺のことを倒したいらしい。



「こうなったらセンパイ、次はあれで勝負です!」



 そうしてどんどん(七瀬の奢りで)ゲームをしていく。そのどれもが斬新なものだったし、中には七瀬の得意なものがあったのだろうがすべて俺が勝利した。なんなら暇だったので七瀬には内緒で縛りプレイをしていたくらいだ。例えば、五感のどれかを封じてみるとか。片手でプレイしてみるとか。


 まあようするに、本当の意味で制覇していたというわけだ。



「ううっ、センパイ容赦ねぇっス」



 そろそろ力の差が分かってきたのか、七瀬は自信な下げにそう呟いた。そして、とうとう最後のゲームになった。



「最後はこれで勝負っスよ」



 そして七瀬が指さしたのは、少し古めかしいパンチングマシーンだった。

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