第119話 日常と違和感
一番眠くなるであろう午後の授業を終えて、俺たちはあっという間に放課後を迎えた。ここ最近騒動のようなことが続いていた一之瀬高校だが、騒動と無関係の生徒の日常は以前と変わらず続いている。半数以上の生徒がすぐに部活動へと足を運び、残った生徒は帰宅するか友人と残って騒いでいるだけ。
(まっ、それが一番いいんだろうけどな)
暴力沙汰とか停学処分とか、ここ最近の学校はあまりにも物騒な出来事が多すぎた。今俺の目の前に広がる光景が一般的な高校の放課後というものなのだろうし、違和感や不快感などは特にない。そしてそれは、俺の隣でスマホを見ている雪花もそうだろう。
彼女は放課後になっても特に帰る準備などはせずそのまま机に座って無機質な画面を眺めるだけだった。呼び出した張本人がこの調子なのだし、俺もしばらくは教室に残ってボーっと過ごしていてもいいだろう。
(これが最後なら、まあそれに越したことはないし)
雪花は今日の対話を『最後』にすると言っていた。つまり、俺と関りを持つのをこれで最後にするということだろう。俺としてはこれ以上信也と直接的な厄介ごとに巻き込まれている雪花と距離を置きたいし、俺が口出しして余計に話が拗れるといった展開も防ぎたい。今信也と事を構えるには、色々と準備が足りないからな。
「……」
特にやることもないので、俺は再び教室で騒いでいる生徒たちを眺める。流行りの音ゲーの話で盛り上がる男子たち。海外の男性アイドルの話で盛り上がっている女子たち。他にもたくさんいるが、彼らに共通しているのは友人たちと『自分の話』をできているところだろう。
俺には、彼らのように自分の趣味や嗜好をぶつけたり議論したりするような機会がなかった。彼らの趣味に対して無知という訳ではないし、むしろ俺の方が一歩先に進んだ知識を持っていることだってある。
だが、俺には熱がないのだ。特定の何かをそこまで愛することはなかったし、極めてしまえば興味もすぐに尽きていった。だから俺には自分自身が何を好きなのか、どんなことに興味があるのかがわからない。それゆえに、『自分の話』ができない。したとしても、それは嘘にまみれたものか適当な方便になってしまう。
(……ふーっ)
思えば、自分の過去を話したのなんて雪花がはじめてだったりする。姉さんには俺から何かを明かしたことはないし、向こうも触れないようにしてくれている。あの時は初めて『自分の話』ができていたが、あくまでそれは自分が必要だと思ったから。そしてなにより、過去に対する熱は極端に冷めていた。
「それでさ、あそこのシーンが……」
「えっ、それマジヤバくない!?」
「あっ、もうすぐアルバイトの時間に……」
彼らを眺めていても、特にその会話に混ざりたいとは思わないあたり自分がとことん人間性のないのだと痛感してしまう。かつての俺は友達との会話には混ざるものの常に聞き手に回っていたし、自分にとって都合が悪い話になりそうなら無理やり関係ない話に誘導できるようにした。常に笑顔を張り付けて楽しいと思い込むようにしていたが、思えばストレスにしかならなかったのかな。
(……さて、それはそうと頃合いか)
人間観察のようなことを始めてから十分ほどが経過した。話があるというのだから待ったのだ。さすがにそろそろ動いてくれないと俺も帰りたくなってくる。そういう意味も込めて俺は雪花に視線を向けた。すると雪花もちょうどスマホの画面から目を離し俺の方をちらりと見た。
「……先に行ってて。すぐに行くから」
「……」
俺は雪花にそう言われ自分の席を立った。荷物などはロッカーにしまいすぐに帰ることができるようにしておく。これ以上余計な問題に関わりたくはないという意思表示だ。
そうして俺は屋上へ続く階段へ足を踏み入れた。あそこは普段から立ち入り禁止になっているが特にバリケードなどはないし、無防備にも屋上への扉に鍵はかかっていない。つまり秘密の話をするにはもってこいという場所だ。
「そういえば、体育祭の時に一回来たことがあったんだっけな」
いや、よく考えれば一回ではない。最初は体育祭の時の三浦元副会長との邂逅、二度目は翡翠に半ば脅しのように連れ込まれて。なんだか俺にとってはあまりいい記憶のない場所に思えてしまう。
そんな嫌な記憶に苛まれながらも俺は屋上へ続く扉を開けてそのまま足を踏み入れた。当たり前だが特に誰もおらず、嫌に晴れ晴れした空が俺のことを出迎える。そのまま手すりの方まで足を運び、階下に広がるグラウンドを眺めた。
「……サッカー部に、向こうはハンドボール部か」
さらにその向こうでは専用のグラウンドで走り込みをする野球部の姿が見えた。体育祭のはっちゃけた時とは違い、真面目にスポーツに打ち込む高校生の姿。今の俺とは正反対の姿が眩しく見えてしまう。
「………………っ」
ふと、あの時のことを思い出す。それは元副会長である三浦との会話だ。確か三浦はあの時、体育祭には裏があると言っていた。そしてそれは翡翠経由で解決し事なきを得たのだ。だが、今にして思えばまだ解決していない謎がある。
どうやって三浦は、あの体育祭に裏があることを知った?
「……あん時は思いがけない提案されて、そのままいったん保留にしたんだっけ」
まさか他クラス(3年生)の試合に代役で出ろと打診されるとは思わなかったため、そちらに意識を割かれてしまい今までそちら側の思考を停止していた。今にして思えば、あまりにも都合が良すぎた。三浦のことは最初から信用していなかったが、そろそろ彼のことも考えてみるべきだろう。
「確か、グレーな手段を使った……だっけ」
三浦はそんなことを言っていた気がする。グレーな手段とは具体的にはどのようなものだろうか。いくつか方法は思いつくがどれも半端な準備でできるものではない。少なくともいくつかの軽犯罪を前提にしなければ成り立たないものだ。だが、一高校生の彼にそんな思い切った行動ができるかどうかは謎だ。
「……いや、違う」
一度今までの考えを否定し、俯瞰的にあの体育祭について振り返ってみることにした。時系列的には、信也がこの高校に転入してくる前の出来事だ。そして今あるピースを一つずつはめていくと、浮き彫りになって来ることがある。
「まさか……俺に注目を浴びせたかった?」
三浦は怪我を方便にしてあの時リレーには参加しなかった。そして俺がリレーを代わりに走っている間、三浦は何処で何をしていた? 聞き込みをして調べようにもあの時は俺が学校中の注目を集めてしまったため限りなく不可能に近い。
「……」
俺は自分の中で、優先度と警戒度の見直しを行う。そしてそのタイミングで、俺の後方にある扉が開かれる音がした。どうやらようやく雪花が屋上に来たらしい。俺は手すりから手を離し振り返ろうとする。
——ガチャッ
(……ん?)
俺が振り返る直前で、屋上の扉が閉まるのと同時に鍵がかけられる音がした。そしてゆっくりとこちらへ近づいて来る人物が一人。
(……なんの冗談だよ)
そこには少女がいた。
但し、その顔は見えない。なぜなら見覚えのある兎のお面がその少女の顔に張り付いていたからだ。
そうしてゆっくりと、少女は俺に近づいてきた。
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