第118話 静かな突きつけ


 雪花との語らいを終えてからそのまま変わらず休日を過ごしていた俺だったが、特に何かが起こるわけでもないまま月曜日の朝を迎える。俺は俺のやり方で信也たちを追い詰めたいと思っているため雪花と足並みをそろえるどころか連絡を取り合うことさえもうなくなっていた。


 そもそも、これは俺一人の戦いなのだ。どこかで無関係の誰かが被害を被っていたとしても俺が助ける道理はないし、むしろその状況さえ利用する側の人間クズだ。人は俺のような人間を人でなしと罵るかもしれないが、俺は正義の味方とか今流行りのダークヒーローでもない。



「だから雪花お前は、勝手に助かるか俺の知らないところで敗北してくれ」



 そのために本来はいらない手を尽くしてやったのだ。とりあえずあいつのことについてこれ以上俺からは関わるつもりはない。



「……まぁ、隣の席なのがネックなんだけどな」



 そろそろ本格的に席替えというイベントが起きない者だろうか? 小学生の時はわりと頻繁に行っていたイメージだが、中学に上がってからはそういったイベントはあまり行われなくなった印象がある。せめて長期休みに入る前に行ってほしいものなのだが。



「はーっ、やっぱ通信制の高校にでもしておくべきだったか?」



 だがそれでは信也の手がかりが何もつかめないで終わっていただろうし、結局はこうなるしかなかったのだと俺は長い溜息を吐く。そんなどんよりした朝を過ごしているとしたから姉さんが俺のことを呼ぶ声が聞こえてくる。相変わらず俺と一緒に朝食を食べたいようだ。一緒に食事をしたとしても、料理のポテンシャルが変わるわけでもないのに。



「怒られるからそろそろ行くか」



 そうして俺は制服に身を通し姉さんが待つ一階へと降りる。いつも通り姉さんが作った朝食を食べ終えた俺は姉さんが家を出た数分後に家を出る。一緒に登校しないかと言われそうなものだが、そこはお互いに何も言わないようにしていた。俺たちのどちらかが言うまでもなく、自然とそうなっていたのだ。



「って、何で俺朝からそんなこと考えてんだよ」



 いや、理由は明白だった。雪花に自分の過去を話したことがここに来てまだ俺の心を搔き乱すのだ。俺は尋常じゃない異物感を肌で感じながらそれを無理やり切り捨て家を出た。



「……逆に、俺のことを嫌ってくれていれば楽なんだけど」



 そんなことを考えて歩いていたらいつの間にか学校の下駄箱の前に辿り着いていた。靴を履き替えて教室の中に入ると、先日よりは割と静かな教室が俺のことを出迎える。



(……この前まで、停学者がでたことでだいぶ騒めいていたのにな)



 それ以前は体育祭に現れた謎の兎面の男(俺)の噂でもちきりだったが、今ではすっかり落ち着いてそれ以前の生活に戻っているようだった。やはり他クラスでの出来事ということもあり停学者の話はそれほど長続きしなかったのだろう。


 そうして俺は自分の席に着く。隣にはすでに登校していた雪花が相も変わらず本を読んでいるようだった。だが呼んでいる本はいつものライトノベルではなく、何やら難しそうな本だった。まあ本に夢中になっている内は俺に何かを言われるわけでもないだろうしむしろありがたいことだ。



(さて、とりあえず今日のノルマをこなすか)



 噂がほぼ消え去っていることに不自然さを覚えながらも俺はそのまま机に顔を突っ伏し教師が来るのを待つことにする。もうしばらくは、普通の高校生として何気ない日常を送るつもりだ。だが、時期が来ればこちらから仕掛ける。そんな思いを秘めていた。



「はーい、席について。えっと欠席の人は……」



 そうして担任のホームルームから始まり一時間目、二時間目とゆっくり時間は流れていった。昼休みを迎えることには以前のように教室の空気も弛緩しており、何気ない日常が戻っているように見えた。



(さて、さすがに場所を変えるか)



 いつも昼食は教室の中ボッチで食べているのだが、隣に無言の雪花がいるとなんとなく気まずいので今日からしばらくは場所を変えることにする。そうして俺は毎度お世話になっている用具室に足を運び誰もいないことを確認してコンビニで買ってきたパンを齧る。



「……あんまり美味しくないな」



 今日買ってきたたまごサンドは外れだった。卵がべちゃっとしているし、何より隠し味であろうマヨネーズの主張が強すぎる。この商品は二度と買わないことに決めた。



「というかこれ、ネットのレビューどうなんだよ」



 俺は美味しくないたまごサンド片手にスマホでこのパンの評価を調べてみた。そうして案の定酷い評価と感想が続々と出ていた。えっと、このたまごサンドは星5つ中……



 ——ブーッ……ブーッッ!



 俺が食べログで星の数を確認しようとしたときにスマホの画面が変わりスマホが急に震えだした。どうやらこのタイミングで電話がかかってきたらしい。マナーモードにしているせいで音がないがために逆に心臓が飛び跳ねてしまった。



「……雪花?」



 どうやら雪花がこのタイミングで電話をかけて来たらしい。何か言いたいことがあるなら教室で直接言えと思わないこともないが関わりを避けているのは俺も同じなのでそこには特に言及しない。



(出るべきか否か)



 ここで無視してもどうせ教室で睨まれることは目に見えているので俺は電話に出ることに決めた。俺は渋々通話ボタンをタップし電話を耳元に当てる。



「……なんだ」


『…………』


「何もないなら、切るぞ」


『……話がしたい。できれば直接』


「は?」



 思わぬ誘いに俺は思わず顔をしかめる。これ以上干渉することを避けようと思っていた矢先にこれだ。気のせいか頭痛のような痛みが頭に広がってきたような気がする。



「電話越しで言えよ。どうせお前、人がいないところで通話してんだろ」


『……見てるの?』


「音で分かる」



 スマホからは雪花以外の声が聞こえてこない。それに声が籠もっているわけでもないことから恐らく外で通話しているのだろうと予測する。



「それで、用件は何だ?」


『放課後、屋上に来て。そこで話をする』


「おい、だから話があるなら今話せ」


『……断る。直接じゃなきゃやだ』



 いつにもまして雪花は頑固だった。正直俺には何もメリットがなさそうなのでバックレようと心の中で決めかけていた時、再びスマホのスピーカーが震え



『……お願い。これが多分最後だから』



 最後にそう捲し立てるように言い、通話はプツリと途絶えた。あまりにも一方的な物言いに俺は顔をしかめる。おそらく俺が行かなくても別に何も支障はないだろう。むしろ自分から飛び込む方が馬鹿げている。



「……アホくさ」



 俺は昼食の残骸を片付けながらそのまま用具室を後にした。そうして教室に帰ると先に帰っていたのだろう雪花が何食わぬ顔で朝と同じ本を読んでいた。だがいつもより読むスピードが遅いように感じる。先ほどの事を引け目にでも思っているのだろうか。



(……勝手に期待しとけ)



 そんなことを言いつつも、俺は放課後のプランを考えているのだった。










——あとがき——

長い間更新できてなくてすいません。いろんな意味で輝いたり死んだりしてました、はい。何があったかは近況ノートとかでも見ていただければ。


ちなみに5章が終盤に差し掛かりつつあるということだけお知らせしておきます。

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