幕間 橘彼方④
—これは、橘彼方の破滅へ繋がる断片—
秋が過ぎ去り肌に吹きかかる風が痛いと錯覚してしまう季節。天気予報ではもうすぐ雪が降ると言っていたことから、多くの人が寒さ対策を始めていた。しかも最近は曇り続きなので、洗濯物が乾かないと母さんもぼやいている。
そんな中、僕は二人の人物と待ち合わせをしていた。場所は学校や駅などの市街地からだいぶ離れたカフェの一角。二階建ての建物になっており、窓からは今は寒そうな海岸が見える。
僕はストロベリーラテを注文してまったりしつつ人を待つ。こういう時に暇つぶし用のスマートフォンを持っていないのが心苦しい。買ってほしい気持ちはあるが、母とは微妙な関係になってしまっており言い出しずらい。どうにかして打ち解けたいとは思っているのだが……
「お待たせしました彼方!」
僕が店内のメニューを暗記してみようかと思い始めたころに、待ち人の一人がやってくる。誰あろう僕の相棒、新海桜だ。今日はおしゃれな白いコートを羽織っての登場である。
桜は席に座るなり店員に自分の分の飲み物を注文する。どうやら桜は最近抹茶にハマっているらしく、抹茶ラテと抹茶プリンを注文していた。というか、僕も飲み物以外に何か頼めばよかったと今更ながらに後悔する。
「もうすっかり冷え込みますね」
「というか、まず集合場所が遠すぎだよ」
「アハハ、ここ最近見つけて通ってるんですよ。どれを頼んでもおいしくて。景色も素晴らしいですし」
この場所を集合場所に選んだのは目の前にいる桜だ。確かに素敵な場所だとは思うが僕の家からはだいぶ遠かった。自転車で行こうかとも思ったが冷え込むのが嫌だしシンプルに遠かったので僕はバスで来ることになった。恐らく桜も違うバスに乗ってやってきたのだろう。
「わぁ、おいしそうな抹茶プリン!」
そうして桜は届いた抹茶プリンを頬張り始めた。こういうスイーツを食べて笑顔になっている桜を見ると、この子も女の子なんだなと実感する。最近はずっと一緒に過ごしていたのでそういうことを忘れてしまっていた。
それと、桜の口調もだいぶ改善され始めている。たまにだが、僕と話すときに敬語を忘れるようになってきた。そのまま僕くらいには敬語を使わないようになってほしい。そしてそのまま、クラスの他の子たちとも……
そんなことを考えていると、ふともう一人の人物のことを思い出す。そもそも僕たち二人のことを呼び出したのは彼だ。
「そういえば桜、あいつは……」
「彼ですか? もうそろそろ来るはずで……あ、来ました!」
店の出入り口を見ると、もう一人の待ち人がこちらに手を振っていた。そしてそのままこちらへ向かって歩いて来て、僕の向かいの席へ座った。
「ごめんね二人とも。ちょっと道に迷って遅くなっちゃった」
「いえ、大丈夫ですよ信也くん。ややこしい場所を待ち合わせの場所にしてしまったのは私ですし」
彼、獅子山信也は僕が通う私立一之瀬中学校の理事長である
信也くんは中学生という括りを超えて頭が良く、僕でも知らないようなことを知っていることがあるので彼と会話をしていると色々楽しい。運動神経などは残念なことに桜の方が高いが、センスなども十分ある。磨けば光る人材であることは間違いないだろう。
「それで、僕たちが集まった理由って何?」
僕は半分ほどに減ったストロベリーラテをストローで吸いながら信也君に本題を切り出してもらう。どうして僕と桜をこんなところに呼び出したのだろうか。
「えっと、実は相談事があって。一緒に、これに出てくれないかな?」
獅子山くんは鞄からポスターのようなものを取り僕たち二人に見せて来た。桜はポスターを手に取って少し驚いたような顔をしている。
「これって……」
僕も桜からポスターを渡してもらいそこに大きく描かれた絵を目に入れる。網が張ってあるラケットに独特な形をした羽。正確にはガットとシャトルというべきだろうか。そして背面に描かれているコート。これって……
「バドミントン?」
どうやら近くにある市民体育館でバドミントンの大会が開催されるようだ。規模はあまり大きくなさそうだが、かなりの実力者が集まるだろう。そういえば目の前にいる信也くんは確かバドミントン部だったはずだ。部長ではないもののそこそこの実力を持っていたはず。
「部活の友達を誘って出てみたかったんですけど、公式試合でもない大会に出るのは面倒くさいとか休日くらい休ませてほしいとかで断られちゃって。それで、せっかくなら二人と一緒に出てみたいなと」
「ふむふむ、なるほどね」
開催日は来週の土曜日。つまり今から一週間後だ。
ルールはシンプルな勝ち抜き戦。負けた人は即脱落で勝ち続けた人だけがコートに立てるというトーナメント形式だ。下位争いなどは行われず、優勝と準優勝だけが決められるみたいだ。
「優勝者にはメダルと記念のシャトルをプレゼントか。なんというか、地味だね」
「こういうの、一回出てみたくて。でも一人じゃさすがに心細いからさ」
確かにこのようなコミュニティの狭い大会に一人で出るのは心細い。お一人様の限界はどうせ焼肉か遊園地だろうと思っていた僕だが、目の前の信也くんはそれと同等の感情に身を置いているらしい。
そんな中、神妙そうに黙っていた桜が声を上げる。
「いいじゃないですか。一緒に出てあげましょうよ彼方!」
「……そうだなぁ」
どうやら桜は乗り気なようだ。必要な道具は貸し出しなども行っているらしいのであらかじめ用意することはない。それに話を聞くところによると女子の体育では現在バドミントンをやっているそうだ。確かに、桜にとってはうってつけの機会だ。
(うーん、どうしようかな?)
ここで僕が出場するのはなんだか違う気がする。バドミントン部の練習は見たことないし男女別れて体育をやっているので桜のバドミントンの腕前を見たわけでもない。しかし、現状では多分僕の一人勝ちだ。
だってこの二人からは、記憶の片隅に残っている父さんのような威圧を感じない。つまり、僕はこの二人のことを脅威に思っていないのだ。その時点で間違いなく勝てる。
(大会当日も、父さんより強い人がいるとは思えないし)
化け物のような父親に多くのこと教わってきた僕だから言えることだが、この二人のレベルなら間違いなく勝てる。会場に全国クラスの人がいたら難しいかもしれないが、それでも僕は勝てる自信がある。となると……
「僕はやめておこうかな」
「えぇ!? 完全にみんなでやる流れだったじゃないですか!」
「そうだよ。橘くん何でもできるし、ピンポイントにバドミントンが苦手ってわけでもないでしょ?」
二人がなぜ僕が辞退するのか理由を尋ねて来る。正直に答えると二人のことを傷つけてしまうし、今回の自分の役割を見つけたのでそれを二人に伝える。
「僕はコーチングの方に回るよ。信也くんが部活でバドミントンをやってるハンデとして、桜に色々教えてあげようかなって」
「私にですか?」
「なるほど。確かにそれも面白そうだね」
今の桜はまだまだ発展途上だ。僕が面倒を見て色々教えてあげてはいるが、どの技術や知識も持て余している状態。今のままでは、優勝は愚か目の前の信也くんにすらボロ負けするだろう。だからこそ、今回のバドミントンを桜の殻を破るきっかけにする。
「それじゃあ一週間後に、市民体育館で」
僕と桜は同じタイミングで席を立ち、お会計を済ませて外に出た。信也くんは頼んでいたキャラメルラテが残っていたのでそれを飲んでから外に出るらしい。つまり、ここで解散となった。
「それじゃ、早速練習しよっか。知り合いに頼んで道具を貸してもらうから、それまで待ってて」
「はい、頑張ります!」
何時にもましてやる気に燃える桜。きっと彼女なりに僕に対していいところを見せつけてやろうと燃えていたのだろう。彼女にとって大会など自分の実力を試す機会はこれが初めてだったからだ。そんな桜のために、僕も真剣に向き合うことにした。
そしてこの時の僕は桜に何から教えようか必死で気が付いていなかった。信也くんの目が、優しいものから険しいものになっていたことを。
——あとがき——
22時にもう一話上がります(一挙2話更新!)
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