第5話 ピカピカの一年生
「ふぁ……っ」
夜遅くまで色々なプランを考えていたらあっという間に朝になってしまった。しかし俺はショートスリーパーであまり睡眠時間を必要としない体質だ。一時間程度の仮眠さえ取れれば丸一日元気に行動することができる。
だが昨日のように心身の揺さぶられる展開が続いたからか寝不足に感じてしまう。歳を重ねてしまったからか、久しぶりに動揺してしまったからかはわからない。
(昔は朝四時から夜遅くまで正義の味方ぶっていろんな所を駆けずり回ってたのになぁ)
昔の俺がどうかしていたというのもあるが、ここまで心が揺さぶられたのは高校に入って初めてかもしれない。それだけ昔の出来事にトラウマを抱えているという証拠でもあるが。
結局昨日は帰ってきた母さんと一緒に夕飯をとり、義姉さんと母さんが仲良く皿洗いをしているのを眺めながら過去のことを振り返っていただけだった。
(けど、方針は決まった)
ひとまず新海のことは後回しにすることを決めた。例年では生徒会はこの時期が一番忙しいはずだ。新入生の部活動勧誘を斡旋したり、生徒会の役員たちが学生の相談に乗ったりする場が設けられている。向こうが俺のことを認知しているかはわからないが、あいつがここ数日で行動を起こすことはまずないだろう。
せいぜい期限は一週間がいいところだが、俺にとっては十分な猶予と言える。もともとそこまで関わる機会はないだろう。
よって、俺が今何とかするべきは……
「この一週間で、如月が俺と関わらないような雰囲気を教室に作る」
昨日の間にいろいろなプランを考えたのだ。
・常に如月の意識から外れるようにする
・橘彼方を椎名彼方で上書きする
・如月を退学に追い込む
・如月をetc……
だが思いついたものはどれもこれも俺自身の負担が大きいし、どうしてもリスクが付き纏ってしまう。それに大前提として如月と俺が一対一で関わりに行くのはちょっと難しいかもしれない。
どうなったかは今日確認しなければわからないが、昨日は如月を中心に新しいクラスメイトの間で交流会が開かれていた。おそらく如月はそこで多くのクラスメイトと親交を深めたことだろう。
それならば俺が関わる必要はないともいえる。多くの友人を作れたのなら俺がいなくとも如月の学生生活が充実することは約束されたからだ。だが教室で別れる際に見たあいつの顔が脳裏にチラつく。
(昨日のあいつの目……俺の存在に疑問を持っている目だった)
「あいつは疑問を持つとそれが腑に落ちるまで探求するタイプだ。昔と変わってなさそうだし、どうなるかわっかんねぇな」
だが最初にとるべき行動は決めている。
まずは今日のホームルームが勝負だ。そこでは如月のせいで潰れてしまった自己紹介のイベントがある。まずはそこで……
「ま、しばらくは行動あるのみだな」
ついでに使えそうなクラスメイトの名前を憶えて、誰がどのような人間関係を築いているのか調べてみるのもいいかもしれない。そこにこの問題を解決するヒントが眠っているかもしれないから。
※
俺が家を出て学校に向かうのは義姉さんが家を出た一時間ほど後だ。家から学校まで徒歩十五分もかからない。義姉さんは生徒会の仕事で毎日七時前には家を出て生徒会室に向かっている。毎日知りもしない他人のためにご苦労なことだ。
「……」
俺は歩きながら約一年ぶりになる朝のルーティンを組み込んでいた。ずばり、周辺学生の通学状況チェックだ。
誰がどのような時間帯に誰と何で学校に向かっているのか。環境が変わる節目にそれを調査するようにしている。こうすることで余計な人と出会うのを未然に防ぐことができるし、人間関係を知る手掛かりにもなる。
だから一年ぶりにそれを行っていたのだが……
(一年生がかなり目立つな……環境がかなり変わっているし、これは大変そうだ)
どこを見渡しても周りにいるのは一年生だ。去年まで見かけていた顔を見ないことから、あれはほとんど三年生だったのだろうと俺は推測する。
だが一年生ならちょうどいい。俺のことを知る奴なんてまずいないだろうし、知り合いになる可能性も俺が行動を起こさない限りゼロだ。安心した俺はひとまず考えるのをやめ作業に集中することにした。
だがそれも束の間、俺の視線はある一点に注がれる。周りを見れば多くの生徒も俺と同じところに視線を向けていた。
「……」
うちの制服を着た女子生徒。だが普通の女子生徒とは大きく違う点がある。輝くような髪と碧眼、ノーメイク(?)にも関わらず他を魅了するその美貌だ。
(金髪……この学校では初めてみるな)
今まで見たこともないので彼女は間違いなく一年生だ。この学校で髪を染めることは許されていないことから恐らく地毛。顔立ちからして日本とロシア系のハーフだろうか。
すると離れた場所を歩いていた男子生徒の一人が彼女のことを指さし、確認するように隣にいた男子に声をかける。
「お、おい。あれって
「それって、あのモデルの!?」
「すげぇ、うちの学校に入ってきたんだ!!」
「……」
今の男子生徒の声が聞こえていたのか、七瀬と呼ばれた女子生徒は早歩きで学校の方へと向かってしまう。男子生徒たちもやらかしたと悟ったのか、申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
(あんな奴がいたら昨日のうちに騒ぎになっているはず。ということは、入学式と始業式をサボったのか)
もしくは単にモデルの仕事があったのか、それとも他の要因があったのかもしれない。彼女の顔を一瞬見たが、目の下に隈が浮かんでいた。あまりのメイク術で一瞬だけノーメイクだと思ってしまったが、隠すところはばっちり隠しているらしい。
それになんとなくだが、スカートから見える脛やふくらはぎ。あれは単なるモデルの足ではなかった。少なくとも、さっき話をしていた男子なんかより七瀬と呼ばれていた女子生徒の方が運動神経は高いだろう。下手をすれば、俺に迫っているかもな。
もしかしたらモデルとは別で鍛えているのかもしれない。柔道? それともキックボクシングとかか?
「七瀬ナツメ、か……一応覚えておこう」
彼女と俺の間に面識はないはずだが、あれだけ目立つ生徒に関わると厄介なことになるのは目に見えている。もしそのせいなんかで注目されてしまったら一年間の苦労が水の泡だ。
これからはあの女の登校時間を覚えて意図的に時間をずらす必要があるな。それくらいしないと、リスクが常に付きまとってしまう。
ふと、俺は思う。
(なんか、周りが爆弾だらけだな……俺)
きっと幼い頃の俺は正義の味方になれるとでも思ったのだろう。婆ちゃんもせめてもう少し慎みというのを俺に教えてほしかった。それか必要悪とか。
もし可能であるならば中学生や小学生時代の俺をぶん殴ってやりたい。あんな偽善活動をしていたせいで生きにくくなったと、殴りながらキッパリ言いつけてやるのだ。
「ん?」
そんな叶いもしないことを考えて目を細めていると、早速見知った人物を見つける。その人物は目に入る同級生に笑顔で挨拶を続けており、積極的に色々な人と関わっていた。
「おはよーみんな!」
「あ、如月さん! 昨日は楽しかったよ!」
「おはよっ。今日もよろしくー」
やはり如月は自クラス含め多くの生徒と繫がりを持っているらしい。それだけで満足してくれればいいのだが。
「ま、何とかして見せるさ」
俺は最初の波を乗り越えるべく覚悟を決め、如月の後をつけるように学校へと向かった。
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