第6話 凍える隣人
学校に着きできるだけ目立たないように席に座る俺。すでに如月やその周辺の人物たちは登校してきており、朝から仲良く話し込んでいた。
如月の厄介なところは特定の生徒と長く話さないことだ。一分にも満たない会話をしたのち、別の生徒と仲良く話し込む。しかもローテーションや順番はなく、男女の垣根も気にしていない。
しばらく時間が経ち、とうとう俺のところへやってきた。
「椎名くん、おはよ!」
「ああ、おはよう」
俺はできるだけ目立たないように、だが若干距離感を感じさせるように低いトーンでそう返した。だがそれが面白かったのか、如月はニコニコ会話を続ける。
「昨日はカラオケで交流会をやったけど、時期を見て第二回を開催しようと思うの! 昨日はとっても楽しかったし、ぜひ椎名くんにも参加してほしいな。あ、ちなみに次はみんなで遊園地に行こうって話なの!」
「……考えとく」
みんなで遊園地なんて冗談じゃない。おそらく俺がこいつの誘いに応じることはこの先一度もないだろう。こいつの曇りを知らない笑顔を見ているだけでなぜだか腹が立つ。
(あれ、何で俺はこんなにも不快なんだ?)
自身の感情を完璧に支配している俺だが、今のこいつの姿を見ているとなぜだか吐き気がしてくる。まるで誰かの姿が重なっているように見えて……
俺が気持ち悪さを感じていると、如月は俺の隣へとターゲットを変えた。いつの間にか目の前から消えていたので、考え事をしていた俺は少しだけ動揺してしまう。
だができるだけ自然を装い、気づかれない程度に隣の会話を盗み聞きする。
「えっと……雪花さん、だよね? 初めまして」
「……どうも」
雪花と呼ばれた女子生徒は如月の話しかけに面倒くさそうに答え、手元にある本に集中していた。しかも、ずっと無表情を貫いている。
「せっかくの女子同士だし、放課後一緒に遊びに行ってみない? 今日みんなと駅前のクレープを……」
「……興味ない、他をあたって」
(……こいつ)
同時並行で他の生徒の会話にも耳を傾けていたが、一度すべてをシャットアウトし俺はこの二人のやり取りを聞くのに神経を研ぎ澄ます。スマホを取り出していじるふりをし、できるだけ興味がない風を装う。
「もう、冷たいわね。というか……本、好きなの?」
「……人並みには」
如月は唇を尖らせるようにそう言ったが、雪花は如月に興味を一切示さず目の前の本に集中していた。まるで自分の世界に閉じこもっているようだ。それとも、自分の世界に他人を入れたくないのか。
「へぇー、私もよく本を読むの! 雪花さんは何の本を読んでいるの?」
「……心理学」
「へ?」
「……心理学」
重要だから二回言った。そんなお決まりのセリフを言うこともなく、雪花は如月に一切目を合わせようとしない。それどころか、無表情だった顔がちょっとずつ不快そうな顔に変わり始めていた。
しかし雪花の感情の揺らぎは微々たるもので、目の前にいる如月には見抜けなかったようだ。俺を除いてこの変化に気づける人はほとんどいないだろう。それほどまでに、雪花から感じられる感情や表情の変化は小さいものだった。
あれはもはや、常時ポーカーフェイス状態と呼ぶべきものだろう。
「雪花さんって頭がいいのね! テスト期間になったら勉強教えてほしいなー」
「……勉強は誰かに教えてもらうものじゃない。自分で磨き、探求するもの」
「あ、そ、そうよね。雪花さんって、とっても頼りになりそうね!」
「……」
もはや雪花は取り合おうともしていなかった。さっさと他所へ行けオーラ全開である。
それはコミュ障によるものか、拒絶によるものか。恐らく後者であろうが、それを知らない如月は引きそうになかった。
如月は他人の感情をあまり顧みない奴であったが、三年以上の月日があってそこは変わらなかったらしい。
「それじゃ、放課後になったらまた誘うからその時までに決めておいてね」
「……勝手にすればいい」
そうして如月はようやく他の生徒のところへと足を運んでいった。きっと同じようなやり取りをしているのだろう。朝っぱらからご苦労なことだ。
(……ん?)
今一瞬だが、隣の席から視線を感じた。位置的には読書に集中しているはずの雪花のところからだ。
気のせいかと疑いたくなるが、視線に敏感な俺がそう感じたということは雪花に見られたということで間違いないだろう。
(そういえば、昨日の帰り際も見られていたよな)
雪花は確実に俺のことを見ている。もしかしたら俺が考えごとに集中していた時も何度か見られていたのかもしれない。それは隣の席に座る人物だからか、ただ単に俺の適当な髪がお気に召さないのか。
(ま、こっちから見つめ返す必要性はないし、自己紹介の時にでも観察してみるか)
そして俺はホームルームに置き換えられている一時間目を待った。
※
朝の時間はあっさりと過ぎ去ってゆく。あれだけ楽しそうに話していた如月もチャイムが鳴るときちんと席に座って静かにしている。まるで絵にかいたような模範生だ。
(昔はもっとふざけ倒してたけど……)
如月が小学生時代によく問題児として先生に注意されていたのを思い出す。連帯責任としてなぜか俺まで先生に説教をくらっていたものだ。自分で誤魔化しているとはいえ、当時の恩人にここまで気づかれないのも些か腹が立ってきた。
七宮先生がやってくるのと同時に如月が号令をかける。委員長としての仕事をこなしているあたり、あいつが青春を謳歌したいのは本当なのだろう。
「それじゃ、昨日はできなかった自己紹介をみんなにしてもらおうと思いまーす。如月さんは昨日したから、如月さん以外の皆ね。一人当たり一分くらいかな。じゃあ、そっちの子からどーぞ」
「あ、はい!」
そう言って廊下側の席の人から順番に自己紹介が始まる。俺は窓側に近い席に座っているのであと数十分くらいは待たされるだろう。
俺は一人一人の名前と顔を記憶し、頭の中にインプットしておく。ここで全員の名前を覚えておくことで余計な手間が消えるからだ。
「それじゃ、次は雪花さん。どうぞー」
そうして俺の順番が近くなってくる中、とうとう俺の隣の席の番になった。雪花は相変わらずの無表情で立ち上がり教室に小さい声を響かせる。
「……
「あ、あれ? もういいのかな?」
「……これ以上紹介することはない」
雪花は無表情のまま座る。終始変わらぬ声のトーンで感情を表そうとしていなかった。周りの反応も様々で、興味深そうに見ている人、シンプルに引いてる人など、七宮先生含め複雑な空気が教室の中を支配した。
当の雪花はまったく気にしておらず、暇そうに教室の外を眺めていた。
「じゃ、じゃあ次の人。お願いしまーす」
七宮先生も動揺を抑え、雪花の後ろに座る生徒に自己紹介を促した。先生的にも今の投げやりな挨拶には思うところはあったらしい。
(こいつ……)
今日やることは変わらないが、それでも若干計画に変更は入るかもしれない。俺にそう思わせるくらいに、雪花という生徒は特殊な存在だった。
(もしかしたら、雪花を利用できるかもしれない……)
そんな考えがよぎるが、具体的な計画を考える暇なくすぐに俺の番が回ってきた。少しだけドキリとしたが、俺は理性をもってその感情を凍らせた。
「それじゃ、次は椎名くんだね」
「……はい」
教室中の視線が俺に突き刺さる。如月は食い入るように俺を見つめ、先ほどまで外を見ていた雪花も気づけば俺の方を向いていた。
視線の槍に何とか耐えながら、俺は簡単な自己紹介を始める。
「……椎名彼方です。部活には入ってないです。勉強と運動は苦手ですが頑張ろうと思っているので、よろしくです」
俺はそう言って無難な自己紹介をする。乾いた拍手が送られすぐ次の人に自己紹介の的がシフトする。
俺の自己紹介は一見すればぶっきらぼうであり普通極まりないもの。だが、それでいいのだ。これこそが、今の俺の中でベストな挨拶。
小学校の俺の挨拶はこんな感じだ。
『どうも! 橘彼方です。みんなと仲良くなってたくさんの思い出を作れるように頑張ります! 勉強や運動で困ったことがあったら僕に言ってください。どんなことでも、どんな時でも、必ず僕がみんなの力になります! そして、みんなのことを繋ぐ凄い人になります!!!』
今の俺の自己紹介とは似ても似つかない明るさ。よくよく思い返してみると陽キャを飛び越えて完全にやばい奴だ。
如月の方にそっと視線を向けるがすでに俺の方を向いていなかった。きっと彼女の中では、
そして俺の方を見ていた雪花も興味が無くなったらしく窓の外を儚げに眺めていた。その瞳に何を映しているのかはわからない。
こうしてホームルームは簡単な説明で終わり、二年次初となる授業へと切り替わるのだった。
――あとがき――
今話でヒロインが出揃ったのでまとめておきます。
・
・
・
・
・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます