第59話 理解できない
「あーあ」
「負けちゃったな」
俺のクラスの男子たちには敗戦のムードが漂っていた。途中までは両クラスともいい戦いができていた。しかし途中から連携の粗さが目立つようになり隙をつかれ棒に飛びつかれてしまう。そこから棒が傾くまでにそう時間はかからなかった。
「みんなごめん、もう少しいい作戦を思いつけていたらよかったんだが」
「葉山のせいじゃないって」
「そうだぜ。普段部活で疲れてるのに、これ以上負担を押し付けられねーよ」
棒倒しのリーダーである葉山がみんなに向かって謝るもほとんどの生徒が気にしていない。少なくとも葉山のせいで負けたと思っている生徒はいないみたいだ。
(葉山がいれば案外いいところまで戦えるかもな)
次期サッカー部の部長と言われているだけあってそのカリスマ性は低くない。みんなで協力して葉山を支えれば先ほどよりはまともな戦いや戦略を繰り広げることができるだろう。
「おっと、もうこんな時間か。もうすぐ部活動が始まっちゃうから、みんな解散だ!」
しばらく反省会を行った後、葉山が俺たちに解散を告げた。葉山は一人一人に目標を告げるなどして颯爽とこれから行われる部活の準備へと取り掛かっていた。次に校庭で練習ができるのは一週間後だ。
(にしても、俺の目標……)
攻撃中に見ていたのか知らないが、葉山は俺にこう告げた。
『椎名は消極的なところがあるから、もっとどっしり構えていいぞ。そうだな、ワ〇ピースの覇気で敵を気絶させるくらいの威圧を出してくれ』
あいつ、漫画と現実を履き違えてやがる。しかもそういうことを俺だけじゃなく多くの生徒に言っていたのだ。他の人は笑って聞き流していたが、少なくとも葉山は司令官向きではないことが分かってしまう。カリスマ性は如月と同等以上に備えているが、リーダーとしての素質はあまりない。
(まあ、もう少し付き合ってやるか)
あいつが的確な指示を出してさえくれれば俺も楽ができるのだ。仮に棒倒しで中途半端に敗北してその責任の押し付け合いが始まったら俺にも矛先が向いてしまう。だから、せめて負けるならその前に棒倒しで一勝くらいしておきたい。
(義姉さんにも小言を言われちゃうしな)
この体育祭が義姉さんが生徒会長として行う最後の行事だ。自分が選手としてではなく運営としても頑張っているのにその弟が初戦敗退したらさすがにイラつかせるかもしれない。そして家に帰ってからグチグチ言われてしまう。似たようなことが過去に何度かあったのだ。
とりあえず俺は荷物を持って一度トイレへと向かう。さすがに多くの人がいる教室で服を脱いで着替えたくない。それに私立校ということもあってなかなか広いトイレなのだ。トイレで着替えるのは初めてだが不便を感じることはないはずだ。
そうして俺はトイレで制服に着替えた後、そのまままっすぐ帰路に就くのだった。
※
義姉さんが帰宅したのは午後八時を回ったころだった。体育祭の準備期間に入ったことで生徒会の仕事も大詰めらしい。それにこれが最後の仕事だからか義姉さんにも相当気合が入っている。
「あんたは何の競技に出るの?」
「棒倒し」
「……迷惑だけはかけないようにしなさいよ」
どうやら義姉さんは俺が誰かに棒倒しで迷惑をかけると思っているらしい。さすがに酷すぎやしないだろうか?
ちなみに義姉さんはリレーに参加するらしい。本当は複数の種目に参加したかったらしいが義姉さんは運営、それも運営のまとめ役ということで長くは楽しめないらしい。だからこそクラスの人との結束が大事になる徒競走に参加することにしたのだとか。
「一番最後に行われる種目だし、それまでには仕事もあらかた片付いてるでしょうからね」
義姉さんはそう言って数学の参考書を読み進めている。こんなときでも勉強はきちんと行っているらしい。生徒会や体育祭に関する打ち合わせで駆り出されているというのに、我が義姉ながらよくやる。俺なんかとは正反対だな。
「そうだ、あんたに聞きたかったんだけど」
「何?」
「体育祭でも本気を出す気はないの?」
本当に食えない義姉だ。俺のことを色々知っているからこそ、気まぐれにそんなことを言ってくる。俺がそんな言葉を聞いて素直に答えるとでも思っているのだろうか。いや、思っていないだろうからこそ不真面目に答える。
「ちょっとわかんない」
「私はもうすぐ卒業しちゃうし、少しくらいは姉孝行しようとは思わないわけ?」
「それなら、したじゃん」
「そうね、一年以上前だけどね!」
いや、そんなことを言われても困るのだが。というか、義姉孝行ってなんだよ。俺に体育祭で活躍させて自慢の弟だとでも自慢するつもりか?
あと最後の言葉に怒りが込められていたのは、最近迷惑をかけ続けたからだろうか。二年生になってからの行動を振り返ってみたら思い当たる節が若干あるので何も言えない。
「とにかく、そろそろ自分のために手を抜くのをやめなさい。今の私だから言えることだけど、三年生って本当に大変なのよ?」
「……オナカスイタナー」
「さっき一緒に夕食を食べたわよね? それも、私がそこそこ気合を入れて作った冷製パスタを」
そう言われればそんな気がしてきた……というあいまいなことを言いながら俺は二階へと上がっていく。これ以上義姉さんに話の主導権を握らせたらどんな無茶ぶりを言われてしまうかわかったもんじゃない。
「まったくあんたは……ってそうだ、言い忘れてたけど来週の夜にお父さんが久しぶりに帰ってくるから、寄り道せずにすぐ帰ってきなさい」
「……義父さんが?」
義父さんには久しぶりに会うな。俺の義父さんは大学の教授をしており、毎日何かしらの用事で大学やその他の研究機関を飛び回っているのだ。何の研究や講義をしているのかは知らないが、その界隈では有名だとか。
それに加えゼミ生との関わりを重視しているらしく、遅くまで残って論文や就活の世話をしたり、活動に興味を持ってくれた大学一年生に向けて積極的に研究室の見学をさせているのだとか。そのおかげかは知らないが、大学教授という仕事が大好きになったらしい。そしてそのせいであまり家には帰ってこない。
(ああ、でも母さんとは定期的に会っているって言ってたな)
たぶん俺や義姉さんの知らないところで待ち合わせをしてデート的なことをしているのだろう。たまに母さんも帰りが遅いときがあるのできっとその時だ。
二人が揃って並んでいる姿を最近は見ていない。最後に覚えているのは婚姻届を提出する際に役所で仲睦まじそうにする二人の姿だ。身内である俺から見てもあの二人は幸せそうだった。義姉さんも、二人のことを祝福していたっけ。
(にしても、なんであんなにお互いを信じることができるんだろうね)
さすがに今はしないが、機会があったらいつか問いかけてみたい。どうして婚約という他人と生涯を共にする契約をあんな幸せそうに結べるのか。家族とは、他人と他人が交わってできるコミュニティ。その果てにできた子供のことを愛の結晶と言ったりする人もいるが、俺はその表現が嫌いだ。
正確には第三者。他人と他人が自分勝手に愛し合った結果で生まれる誰かだ。二人の愛を引き裂く要因にもなり得るし、自分たちにどのような影響を及ぼすか予測することもできない。
それに婚姻して夫婦になったって、お互いがいつ裏切るかだってわかったもんじゃないのに……
(俺には一生わからないだろうな)
そう思いながら俺は一人寂しく階段を上っていく。だって自分は誰も愛せない。だからこそ、誰も自分の事を愛するな。
そんな彼方の背中を、遥は見えなくなるまでじっと見つめていた。
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