第60話 かつての情熱


 この日の放課後も続々と体育祭の練習が行われていた。先日棒倒しの練習を行った校庭ではリレー、体育館では障害物競走(本番は校庭)が行われておりそれぞれ活気に満ち溢れている。



「ごめんみんなお待たせ、それじゃ始めましょ!」



 この二つを取り仕切るのは両競技に参加する如月。どうやらこの短い練習時間で双方の練習に合間を縫って参加するらしい。最初はリレーに参加するのか校庭の隅でウォーミングアップをしていた。



(……あのテンションはどこからくるんだ)



 そんな様子を教室の窓から眺める俺。本当は早めに帰ってしまおうかとも思ったのだが、なんとなく自クラスの様子が気になった。ぶっちゃけ家に帰ってもやることはないし教室に残っている人も少ない。だからリレーの様子を観察してみることにしたのだ。

声は微かにしか聞こえないが、読唇術を習得しているので特に問題はない。



(にしても、意気込みがバラバラだな~)



 絶対に勝つぞと燃えている如月に面倒くさそうにしている雪花、そして棒倒しのリーダーでもある葉山は全力を尽くそうと意気込んでいる。雪花なんてこのクソ暑い日差しの中体操着の長袖を着てるしな。



「全員揃ってるわね。それじゃ、バトンを回す順番を決めるわよ!」



 まずは走る順番から決めているようだった。去年のことを思い出すが走者の前半四人は女子、後半四人が男子という暗黙のルールがこの学校のリレーには設けられている。如月がそのルールに従うかは知らないが、雪花や葉山がいるため変なことにはならないだろう。



「……よし、こんな感じでどうかしら!」



 そうしてリレーを走る順番が決まった。如月は第一走者としてスタートを切る役割で、雪花は第四走者となり男子へバトンを繋ぐ役割。葉山は第八走者としてアンカーという大役を務めるようだ。



 陸上部によるスタートダッシュとサッカー部によるラストスパート。その中継役となる生徒たちも軒並み運動神経がよいのでもしかしたら案外善戦できるのではないだろうか。



「それじゃ、実際にやってみましょう!」



 そうしてリレーのリハーサルが始まろうとしたその時、葉山が如月に待ったをかける。なにやら考えていることがあるらしい。



「ちょっと待って如月さん。せっかく他のクラスの人たちも練習しているし、合同で練習してみない。具体的には、お互いの実力を図るために一緒に走ってみるとか」


「なるほど……ナイスアイデアよ、葉山君!」


「……だるい」



 ああ、棒倒しでも同じことをやっていたな。葉山が昨日話しかけていた様子を見るに、相手にサッカー部に所属する生徒がいたのだろう。そしてその人を通して相手のクラスに提案を持ちかけると。部活動に真剣に取り組む生徒ならではの手段だな。


 誰かと競うのは自分の実力を知ることができるし悪手ではない。雪花はすっかり面倒くさそうにしているが、如月はすっかり乗り気なようだ。反対しているメンバーもいないらしい。



「それじゃどこのクラスに対決を申し込……あ」



 如月が校庭を見回し相手をしてくれそうなクラスはいないかと探し始め、とある生徒に目を向ける。どうやら葉山の交友関係を使わずとも対戦相手に最適なクラスを見つけたようだ。そしてその方向に走ってゆく。



(如月のやつ誰を……ああ、あいつか)



 確かにあいつなら陸上部である如月に十分対抗することができるだろう。クラスの連中もぱっと見て運動神経の悪そうな人はいない。如月、いい対戦相手を見つけたものだな。


そして



「おーい、桜―!」


「あれ、遊?」



 如月は手を振りながら新海桜に声を掛けた。あの二人の仲が良いことは噂で聞いたことがあったが、直接喋っているところを見るのは初めてだ。どうやら新海もいい友達に巡り合えたらしい。というか新海もリレーに出場するのか。



 そうして如月は新海に徒競走でのクラス対決を申し込む。最初は怪訝そうな顔をしていた新海だったが、話を聞き終えるとクラスの人と相談し、快く対戦に応じた。しかも新海も如月と同じく第一走者を務めるようだ。



 つまりこれは、如月VS新海の戦いという見方もできる。どちらが勝っても俺としては複雑な気持ちになる戦いだ。


 そして向こうのクラスと挨拶をし、それぞれが定位置に向かい始める。バトンは半周ごとに渡すので、雪花を含めた四人が反対側に走っていくのが見える。



「それじゃ、みんな位置に着いた?」



 如月がみんなに確認すると、参加メンバーから元気な返事が聞こえてくる。双方やる気に満ち溢れているようだ。



(さて、どっちが勝つかね?)



 やはり注目してしまうのは如月と新海の戦いだろう。双方とも身体能力においては女子の中でもずば抜けた部類に位置するので、どちらが勝ってもおかしくないとみている。まあ、個人的にはやはり



(新海はここしばらく生徒会の事務作業で体が鈍ってる。やはりここは陸上部のアドバンテージがある、如月……)


『桜かな。もっとちゃんと観察しなよ』


(……)



 俺は一時的に襲い掛かってきた頭痛を振り払い、改めて校庭に注目する。よく見渡すと、リレーに参加する他クラスの生徒たちもその戦いに見入っていた。やはりライバルたちの実力は気になるところだろう。


 そして、アンカーで出番が一番遅い葉山がスタートの合図をするため準備をする。そして、全員の準備が整っていることを確認し、大きく手を挙げた。



「それじゃいくよ。位置について、よーい……ドンッ!!」



 葉山の合図と同時に如月と新海は駆け抜けた。最初の直線のレーンはほぼ互角と思われたが、意外なことに新海が一歩リードする。反射神経を活かしたスタートダッシュに最適な走法。俺が昔教え込んだだけあって勝つための走りをしている。


 しかし、コーナーに差し掛かったところで形勢は逆転する。如月が一気に加速して新海の間を縫うように前に躍り出た。やはり陸上部として走り慣れているだけにどこで力を入れればいいのかを分かっているようだ。経験値の差が一気に新海を置いていく。



「っ、まだまだ……」



 だが、新海の本領はここからだ。コーナーが終わり直線レーンになった瞬間にすべての体力を消費して一気に速度を上げた。



「っ、嘘!?」



 如月も新海がここまで走れると思っていなかったのか、動揺してペースを乱してしまう。そしてその隙をついて新海が如月に追いついた。



(粘り強さと諦めの悪さは高校生になっても健在か)



 この前の一件でもわかったが、新海は追い込まれた時にこそその真価を発揮する。まさになろう系主人公のようなご都合主義だ。だがそのご都合主義は本人の努力と燃えるような気持ちによって実現している。だからこそ、俺も侮れるものではないのだ。



 そして次の走者へとバトンを渡すため腕を前に差し出す。そのタイミングは両者ほぼ同時。僅かに如月の方が早かったが、ここまで僅差なら差など存在しないといっても過言ではなかったろう。そうして二人はほぼ同時に第二走者へとバトンを繋いだ。



「はぁ、はぁっ……桜、速すぎ……」


「遊こそっ、本気……出しすぎじゃないでっ、すか……」



 二人はトラック内に入ると同じように座り込んだ。どうやら思った以上にガチの走り合いをしていたらしい。二人に勝敗をつけるなら引き分け……いや、タイミングは如月の方が早かったが先にバトンを受け取ったのは新海のチーム。第二走者の質が二人の勝敗を分けたのだった。



(なんというか、あっけないな)



 二人は確かにいい勝負をしていた。だが第二走者とのバトンの受け渡しによって大きく勝敗が分かれてしまった。ようするに、味方のせいで負けることだって十分あり得ることを証明したのだ。だから俺は団体戦のように人と群れる行為が嫌いなんだ。



 そうして競争は続いていく。途中で雪花が意外といい走りを見せたり、新海のクラスが善戦したりと、両チームほぼ互角の勝負を繰り広げていた。


 そして勝利したのは、新海のチームだった。相手クラスの連携能力が上だったことがうちのクラスの敗因だろう。アンカーの葉山もかなり速かったが、途中でバトンを落としかけていたため負けてしまった。なんともあっけない結果である。ちなみに葉山にとっては二日連続の敗北だ。



「貴重な機会をありがとうございます、遊」


「こちらこそ。本番でもし戦うことがあったら、次は負けないからね!」



 そうして如月は全力疾走をした後だというのに体育館へと全速で向かっていった。そういえばあいつは障害物競走にも出るんだったな。あの様子では本番前に潰れてしまいそうだが。



(さて、俺も帰るか)



 そろそろいい時間になってきたので俺も荷物を持って昇降口へ向かうことにした。途中でリレーの練習をしていた生徒は雪花とすれ違ったが、特に交わす言葉はない。俺はそのまま靴をロッカーで交換する。



(しかし、新海が如月とあそこまで張り合えるなんてな)



 如月の運動選手としてのポテンシャルは軒並み高い。本人が真剣になればアスリートなどプロの世界に入ることだって夢ではないだろう。そしてそんな相手のフィールドで新海が互角以上の戦いを繰り広げていたと。



「盛り上がりすぎだ、馬鹿」



 俺は自分にそう言い聞かせ心を落ち着かせる。あの戦いを見て不覚にも少しだけ胸が熱くなってしまった。それも、もともとの予想を外すどんでん返し。

 これが競馬なら馬券をビリビリ破っている頃だ。情熱なんてものはとっくの昔に捨て去った。



『ね? 言った通りだったでしょ?』



 耳元で聞こえる声を虚空へ聞き流し、俺はそのまま自分の事を刺すような夕日に照らされ帰宅するのだった。

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