第58話 練習


 体育祭は今から二週間後に決行される。そしてクラスごとの練習は二週間前である今日から解禁されることになった。学校全体が体育祭の雰囲気に飲まれており馴染めない俺は居心地の悪さを感じてしまう。



(ま、三年生に関してはここが大きな節目だからなぁ)



 この学校にも色々な行事があるが学園祭を除けば三年生が積極的に参加する行事はこれが最後だ。そしてそんな学園祭も三年生は時期的に満足に参加することができないだろう。ようするに、勉強のことを忘れて楽しめるのはこの体育祭が最後のなのだ。それは当然気合が入るというものだろう。優勝という思い出だって残したいだろうしな。



「それじゃ、棒倒しに参加する人は放課後校庭集合なー」



 そして運がいいというべきか悪いというべきか、厳正なるくじ引きの結果俺たちのクラスが最初に校庭を貸してもらえることになった。本来はサッカー部などが部活で使っている校庭だが、体育祭準備期間は部活の開始時間を遅らせてくれるらしい。そしてそれは体育館で行う部活も同様なのだとか。この学校が体育祭に力を入れていることが伺える。


 そのせいで俺は帰宅部なのにもかかわらず放課後になっても体操着のままだ。とりあえず面倒くさいことはさっさと終わらせたいので早く教室を出ることにする。



「……あなたは棒倒し?」


「そうだな。どこかの誰かさんが余計な提案をしてくれたおかげでな」


「……それに関しては自分でもちょっと後悔したので触れないでほしい」



 俺が校庭に向かおうとすると隣の席の女子から呼び止められる。誰あろうクラスの隣人であり、とんでもない家のお嬢だと最近知った雪花だ。こいつの余計な提案のせいで俺は棒倒しに参加することになってしまったのだ。じゃんけんとかで決めていれば確実に俺は勝てていたというのに。



「……運動神経、いいの?」


「平均くらい。この体育祭では役に立ちそうもない有象無象の一人だ」


「……嘘つき」



 雪花はそんなことを言って俺のことを睨んできた。ああ、そういえばつい先日こいつのところの下っ端に七瀬とちょっかいをかけられたのだ。そのとき明らかに異常な身のこなしを七瀬ともども見せてしまったからな。多分その話が雪花にも伝わってしまったのだろう。まあこいつにバレても特に影響はないだろう。


 それより、先程の話し合いで雪花の態度を見て思ったことがある。



「お前、意外とこの体育祭に力を入れているのか?」


「……別に」


「そうか」



 雪花にしては珍しい行動だと思ったのだ。本来こいつの性格からして体育祭なんて面倒くさがるはず。それなのに先ほどの発言は明らかに勝ちを見据えたものだった。正確には、勝つために最低限必要な戦略を雪花に提案していたともいえるが。



(なんか思うことでもあったのかね)



 こいつにもこいつの事情がある。案外家から絶対に勝てとか脅されているのかもな。あの家をどんな人物が取り仕切っているのかは知らないが、その威信に賭けて娘が勝負事で負けるのは景気が悪いとかそんな事情を押し付けられているとか。

普通はあり得ないことだと切り捨てるがあの家を見た後だと意外と信憑性があるな。



(ま、知らないけど)



 ちなみに雪花はただ自分の弟にいいところを見せてドヤりたいだけというくだらない意地を見せているだけなのだが、そんなことを俺が知る由もなかった。



「おい椎名、お前もさっさと行くぞー」



 雪花と話していたら棒倒しでリーダーを務める男子に呼ばれた。確かあいつは葉山颯太はやまそうただったか。体育の成績も学年で上から数えた方が早かったはず。きっと棒倒し関連は葉山の指示に従って動くことになるのだろう。そう思いながら俺は荷物を持って教室を出る。



「あれ、椎名は荷物を持っていくのか?」


「まあ、一応」



 教室に置いて行ってもいいのだが俺は極力自分から離れたくない。体育の時は教室に鍵がかけられるのでいいのだが、誰も見ていない時に鞄の中にある財布などを盗まれたりしたら困る。こういう防犯意識をしておくことが余計な疑いをなくすきっかけにもなるのだ。



「そうか。じゃあ校庭の端っこに置いてすぐに来いよ」


「ああ」



 そう言って葉山は俺を置き去りに昇降口へと走っていった。あいつは徒競走と借り物競争も兼任していたはず。如月と同じくらい体育祭が楽しみなのかもしれない。


(なんだか……)



 今の俺とは正反対だな。成績も優秀で人柄もいい人気者。きっと葉山みたいな奴が人の信頼を集めていくのだろう。如月ほどのカリスマ性(?)はないが、如月がいなければ間違いなくクラスの中心人物たり得ていただろう。そう、いつかの誰かさんみたいに。



(まあ、俺には関係な……)


『今のセンパイは違和感バリバリなんで』


「……」



 ……とにかく、校庭に行こう。




   ※




 そうして俺は校庭の端に荷物を置いて校庭の中心に集まる。この木陰なら棒倒しの最中でも何かをされないか常に確認して対処できるだろう。ちょっとした安心感に包まれながら俺は用意された棒を見上げる。



(よくこんなものを用意したな)



 いったいこの学校はどうやってこんなものを用意したのか。まさに自衛隊の運動会でよく見るアレだ。気合入れすぎじゃね?


 今回の棒倒しのルールは一般的なものとほぼ同じだ。45度以上棒を傾けた方の勝利。相手に怪我をさせた場合は問答無用で失格。時間は三分間で、決着が着かなかった場合はその時点でより棒が倒れていた方の勝利となる。



 俺がルールを思い出しているとリーダーである葉山が仕切りだす。どうやら攻撃と守備のチームに分かれるらしい。まあ、妥当な戦略だな。



 俺たちのクラスは全員で35人。そして棒倒しに参加する男子の人数は18人。わりと人数がいるので色々な戦略を考えることができるだろう。



「それじゃ、攻撃に回りたい人はこっちに来てくれ。守備は棒の近くで」



 葉山はまず本人たちの希望を聞く。俺は動かなくて済みそうな守備の方を選択して残る。すると守備には10人ほどの人数が回った。



「攻撃側は8人か。結構バランスいいんじゃないかな? みんなはどう思う?」



 そうして葉山は一人一人の意見を聞いて回る。こういうところは如月とだいぶ違うな。あいつを退学にしてこいつをクラスのリーダーに据えてしまおうか?


 俺がそんなことを考えていると葉山は俺にも意見を聞いてくる。



「椎名はどう思う?」


「バランスがいいし、これでいいんじゃないか?」


「そうか。わかったありがとう」



 最低限のやり取りをして葉山は次の男子に意見を聞きに行った。ああいう人の意見を聞くというのが今の世の中で求められている事なんだろうな。



「じゃあみんな、向こうのクラスの人たちと掛け合ってくるからちょっと待っててくれ」



 そう言って葉山は同じく校庭で練習をしようとしている別のクラスの連中のもとへと向かっていった。早速簡単に練習試合をしてみようとのことらしい。確かにまどろっこしく作戦を立てるよりそっちの方が分かりやすいしな。



(一応ヘルメットが支給されてるだけマシか。あとは連携が取れれば怪我の確率もぐっと減る)



 とりあえず全体の流れを見るためにも今回は俺も積極的に参加した方が良さそうだ。すると葉山は大急ぎでこちらへと戻ってきた。どうやら向こうのクラスから了承が取れたらしい。



「じゃあみんな、とりあえず今回は……」



 そうして葉山は俺たちに作戦を伝えて回る。今回は積極的に攻撃はせず守備を確認するらしい。



「隣のクラスは俺たちと同じ二年生だけど体格がいい人が多いから、みんな怪我をしないように注意してね」



 みんなで頷き合うと、早速練習試合を始めるために定位置へと着いた。あとは合図があればすぐにでも始まる



(ま、みんなのお手並み拝見だな)



 そうして葉山が肉声でスタートを切った。すると二つのクラスの攻撃チームが一斉に走り出す。中にはタックルをしている者もいた。



 そしてとうとう、相手チームの攻撃部隊が俺のもとへとやってきて……

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