第4章 姉弟の絆

第57話 体育祭に向けて


 それは私が高校一年生の秋にあった出来事。お父さんの再婚により私に新しい家族ができた。


 否、正確には増えたというべきだろう。二人の人間が新たに椎名家に加わるのだ。義理の母は美しい女性。義理の弟は根暗な少年。私はシングルファーザーで忙しい父に育てられていたため、いつも一人ぼっちだった。そういう事情もあり、新しい家族ができるというのは少しだけ嬉しかったのだ。


 義理の母になる女性には事前に挨拶をされていたのだが、弟になる少年とはお父さんが婚姻届けを提出する当日に出会った。具体的には父と義母が書類を提出する役所の中で。



『……』



 その少年の瞳は冷たく、さらに心を閉ざしているため何を考えているのかわからなかった。ただただ無表情で顔を伏せており、ありとあらゆる感情をこの世からシャットアウトしているように見えた。



(……怖い)



 これから家族になるのに、そう思ってしまうほど彼は不気味な存在だった。髪の毛はぼさぼさで伸びっぱなしで、とても中学生には思えない。それに親の再婚に賛成も反対もなく、ただ事の成り行きを見守るだけ。まるで自分には関係ないと言わんばかりの佇まいだ。


 けれど私は少し前、義理の母となる女性に彼のことを少しだけ聞かされていた。



(えっとたしか、中学校で嫌なことがあったとか。それに色々なことがあったんだっけ?)



 詳細は聞かされていないが、心に傷を負うようなことが彼に度重なって起こっているらしい。そしてどの出来事もトラウマとなって彼を縛っているのだとか。まさに、運命に嫌われていると言わんばかりだ。


 勇気を持って何度か彼に話しかけてみても最低限の会話しか返してくれない。それどころか、一緒に暮らし始めてしばらく経つのに一度も目が合ったことがない。私は生まれて初めて誰かに拒絶された。それも、何もできないまま。



『……どうすれば』



 私は、彼とどのように接すればいいのかわからなかった。




   ※




 時は流れ七月。衣替えをしてからというもの毎日が暑苦しい。地球温暖化の影響もあるのか知らないが、半袖から見える肌に日差しがチクチクと刺さってくるような感覚に襲われる。一か月後に迫る夏休みが待ち遠しいくらいだ。



(そうなったらそうなったで、毎日義姉さんと一緒に過ごすのか)



 義姉さんは受験生なので口うるさくなること間違いなしだ。一体どんな小言を言われるのか今から憂鬱だ。だが、それより憂鬱なことがこれからもうすぐ起きようとしている。



「はーい、みんな席についてねー」



 担任である七宮先生が教室にやってきていつものように朝が始まる。だがいつもと違うのは、一時間目に授業変更があり体育祭についての話し合いが行われるということだろう。クラスで運動が苦手な連中以外はどこか浮かれたような雰囲気だ。



「それじゃ、昨日言った通り体育祭についての話し合いを行います。えっと、とりあえずプリント配るね」



 七宮先生はクラスの最前列に座る生徒にプリントを配っていく。そして俺のもとにプリントが回るころには、黒板に色々と書き出していた。黒板を見るよりもプリントを見た方が速そうなので俺はプリントに目を落とす。



(……へぇ、去年とはだいぶ違うな)



 去年は二つのチームに分けられ勝敗が争われた。さらに全校生徒の中から様々なジャンルでMVPを決めてそれを得点に加えるなどチームの総合力や個人の力が重視された。だが、今年は大きく違うので重要そうな要点をまとめてみる。



・今年の体育祭はクラス対抗で行われる(クラス数18)

・今回行われる競技は五つ(玉入れ・棒倒し・障害物競走・借り物競争・リレー)

・棒倒しは男子限定、障害物競走は女子限定競技とし、リレーは男女各4名の計8名とする

・原則全員が一つ以上の競技に参加で一人の生徒が他競技に重複して参加してもよい。但し、病気や怪我をした際にはその限りではない

・それぞれの競技で勝ち抜くごとに10点、決勝戦で勝ち優勝すれば20点が与えられる

・今年も去年に引き続きMVP制度あり

・総合点数が最も高かったクラスを総合優勝とする



(去年は騎馬戦があったけど、それが棒倒しに代わった感じか……自衛隊でもないのによくやるよ)



 今どき体育祭で棒倒しをやる高校などあるのだろうか。しかも、男子限定ということはこれに参加させられる可能性が高そうなので今から萎える。というかシンプルに怪我の可能性が高いので最もやりたくない種目だ。



(それに加えて他競技への重複参加か。これが今回の体育祭で大事なところだろうな)



 一人が他の競技に重複して参加してもよいということは、運動神経がいい生徒を限定競技以外のすべてに参加させることもできるということだ。そういう戦略も重要になるだろうし、ここをうまくできるかで勝敗が大きく左右される。



(このクラスでそういうのに向いていそうなのは……)



 まず筆頭として挙げられるのは如月。あとはスポーツテストで好成績を収めた男子が何人かいたはず。雪花は……技術はあるが体力的に向いていないだろうな。



「それじゃあまずは誰がどの種目に参加するか決めていくね。それじゃあ、如月さんお願い」


「はい!」



 そうしていつものように学級委員である如月が取り仕切る。俺はとりあえず一番楽そうな玉入れに手を挙げておいた……のだが、俺と同じような考えの生徒が多かったのか玉入れの倍率が高かった。それに対して、棒倒しや障害物競走などの限定競技はあまり人気がない。



「うーん、玉入れは倍率が高いわね。それじゃあ、ここは公平にじゃんけんで……」


「……待って」



 じゃんけんならどうとでもなると思った俺だが、そこに副委員長である雪花が待ったをかけた。如月はいきなり声を上げた雪花にどうしたのと聞き返す。



「……希望者が多くない限定競技の方を優先して決めた方がいい。具体的には、その玉入れから運動能力が高い人を優先的に」


「そう、ね。確かにそういう風にしていかないと決まらないわよね」


「……提案だから、まずはクラスの人たちがそれでいいのか確認をしてから」


「わかったわ。それじゃ皆、今の意見に反対する人がいたら手を挙げてね。えーっと……いないみたいだから、とりあえずそういう風に決めていきます」



(反対の人に手を挙げさせる時点で、誰も手を挙げないだろ)



 ここで手を挙げるのはある意味公開処刑のようなものだ。なにせ手を挙げた後にその理由を問いただされるのが分かりきっているからだ。だからこそ、そういう言い回しで聞いたと。うまいやり口だなあいつ。



「じゃあ、体育の成績がいい人から順番に棒倒しと障害物競走に回ってもらうわ。玉入れはそれから調整ね」



 そうして強制的な種目移動が始まった。俺は体育の成績を中くらいに留めていたから大丈夫だと思ったのだが、余裕で棒倒しに移動させられた。というかよく見れば棒倒しの最低参加人数がこのクラスの男子の数とあまり変わらない。どちらにしろ参加しなければいけないらしい。



(そうなるなら、玉入れはキャンセルだな)



 棒倒しに参加させられるのなら原則すべての競技に全員参加という条件を満たしているので、改めてわざわざ玉入れに参加する必要はない。そういうわけで俺は棒倒しだけに留めることにする。


 女子も同じように障害物競走の要因が決まっていく。どうやら如月が先導して障害物競走に参加するらしい。対する雪花は障害物競走には参加せずちゃっかり玉入れの競技を勝ち取っていた。彼女は如月と違い障害物競走に参加するつもりはないらしい。そうして限定競技と玉入れの参加者が確定する。


 借り物競争に関しては男女混合なうえ参加したい人が意外といたのですんなりと決まった。もしかしたら隠れた人気種目なのかもしれない。


 そして残る徒競走は男子が足の速い順番から選出された。徒競走はある意味で花形の種目なので意外にも男子は乗り気だ。女子は陸上部である如月を始めとし運動神経が良さそうなメンバーで構成。意外だったのは



「瑠璃ちゃんも、リレーに参加ね」


「……ふざけるな」


「あら、瑠璃ちゃんが言ったじゃない。体育の成績がいい人から選出しようって。瑠璃ちゃん、長距離走はともかく短距離走は早かったからきっと活躍できるわ!」



 そうして雪花は押し切られリレーにも参加することになっていた。本人は面倒くさそうだが自分が言い出した案なので引けなかったのだろう。身から出た錆というやつだろうか。



「うーん、それじゃあこんな感じでいいかしら?」



 そうして、誰がどの種目に参加するかが大まかに確定する。如月は障害物競走とリレー。雪花は玉入れとリレー。そして俺は棒倒し。


 参加種目が確定するとクラスメイト達は近くの席の人たちと色々なことを話し合っていた。きっと種目についてや当日のことについて話しているのだろう。


 俺もどのように棒倒しをサボろうか思案していると、如月が教卓を叩き改めてみんなに大きな声で何やら呼びかけ始めた。



「みんな! 去年と違って今年はクラス対抗。きっと、たくさんの思い出と絆が生まれるはずよ。だから後悔がないようにそれぞれベストを尽くして、私たちのクラスが総合優勝してやりましょう!」



 如月がそう言うとクラス全体が盛り上がる。やはりこいつが今のクラスの実権を握っているといっても過言ではないな。どうにかして雪花に手綱を握って欲しいものなのだが。



(何がともあれ、俺はクラスに協力なんて一切しないけど)



 俺は今回の体育祭においてクラスのために動こうなどとは考えていない。どうすれば目立たずサボることができるのかをただただ考えるだけだ。可能なら当日欠席してしまいたいが、その後に何を言われるかわからないのであまりとりたくない選択である。


 そうして各クラスで体育祭に向けての本格的な準備が始まった。










——あとがき——

第4章開始です!

物語は全体的に体育祭がベースになる予定なのでお楽しみに!

引っ越しの手続きや準備が進んでいるため時期を見て休止するかもしれませんができる限り積極的に更新していきますのでどうかお付き合いを!

(これから学びの場が文系から理系に代わるので緊張している作者です)

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