第67話 体育祭当日
とうとう迎えた体育祭当日。
休日だというのにどうして制服に身を通さなければならないのかという思いに葛藤しながら俺は目覚めると同時に着替える。いつもこの時間はストレッチなどをしているのだが、体育祭の日は通常授業がある日よりも早めの登校時間が設定されている。そのせいで少しだけ体が固い。
「……はぁ」
なんというか、憂鬱だ。俺はもともとショートスリーパーでそこまで多くの睡眠時間を必要としていない。しかし、そんな俺でもここ最近は眠いと感じてしまう。それもこれも俺の脳内に響く耳鳴りのせいだ。次第に耳鳴りがするペースが増えてきたので、体育祭中はそれがゼロになればいいのだが。
「義姉さんは……もう起きてるのか」
耳を澄ませてみると一階からガサガサと音が聞こえる。一体何をしているのか知らないが、朝からご苦労なことだ。生徒会としての仕事も実質的にこれが最後みたいなものだし、その影響で気合が入っているのかもしれないな。
「そういえば、最近は義姉さん俺の部屋に入ってこなくなったな」
ちょうど一年ほど前はノックなしに扉を開けて朝の挨拶だとか食事への連行とかをされていたが、ここ半年はそのようなことがもうなくなった。まあ俺としても減らず口を大量に叩きすぎたり、義姉さんの料理を上回るような手料理を披露したりして心を折ったりしてしまったので引け目がないと言ったら嘘になる。
「……行ったか」
俺は一階から物音が聞こえなくなったと同時に部屋を出て一階へと降りた。母さんも既に仕事へ向かっており家には俺一人しか残っていない。リビングのテーブルにあるのは朝食用のトーストと、見慣れない物体。
「……これは」
どこからどう見てもお弁当箱だ。俺が不思議に思って持ち上げてみると、下から紙きれが一枚ひらひらと落ちて来る。どうやら弁当箱の下に引っ付いていたようだ。
『お弁当用意した。いらないなら残しておいていい』
義姉さんの文字で簡単な言葉が書かれていた。今まで義姉さんは朝食や夕食を作っていたが、昼食を作ったことはない。生徒会の仕事などが重なる場合があるので単純に手間だし、コンビニなどで購入した方が楽だからだ。だが今日初めてお弁当を作ってくれた。一体どういう風の吹き回しだろうか。
「……残していいって書いてるけど、本当に残したら殺されるよな」
家の中での愚痴がさらに増えてしまいそうなのでこれは持っていかざるを得ない。まあ、地雷だと思って慎重に扱うことにしよう。そもそも昼食を買うのだって面倒くさいのだし。
「しかも朝食のトースト……いつもより凝ってるな」
いつもはマーガリンを塗っただけの簡単なものが置かれているのだが、今日はチーズに目玉焼きを乗せるなど手間のかかるような調理をしていた。しかも脇には簡単なフレンチサラダが添えられている。義姉さん、一体何時から起きていたのやら。
「ありがたくいただくとするかね」
俺は手を合わせてそれを食べ始めた。初めて料理を振舞われたときは目分量や火力を気にしないなど勢いで料理を作ることが多かった義姉さんだが、最近では量をきちんと守り、丁寧な調理をするようになった。恐らく毎日作っていることに加え料理に関して相当勉強したのだろう。もしかしたら俺よりも料理が上手くなってるかもな。
「……ごちそうさまでした」
そういえば、義姉さんと話すようになってから挨拶などをきちんとするようになった。昔は挨拶などは適当に流していたのだが、俺もここ二年で本当に変わってしまった。
「さて、学校に行くとするかね」
やはりどう頑張っても前向きにはなれないが、ここで休んで余計なやっかみをを買うよりはマシだ。それに、俺の前で大口を叩いている義姉さんの最後の勇姿でも見届けに行くと思えば多少は気が楽だ。
俺は着替えが入ったトートバッグに弁当を入れて家を出る。いつもはリュックなどを使っているが、今日は授業がないのでいつもよりかは軽装だ。しかし背中に教科書の重みがないというのもやはり違和感がある。
「しかし、うちのクラスはどうなるかね」
如月や葉山を筆頭に運動神経抜群な生徒が揃っており、雪花のようなダークホースもいる。新海のクラスを除けば間違いなく学年でトップクラスの能力を秘めているだろう。新海の対策さえどうにかすれば、学年を出し抜くことは容易い。つまり、他学年との対決にシフトするのだ。
(義姉さんのクラスは去年優勝してたよな)
義姉のクラスは去年の体育祭で三年生への下剋上を果たし、見事体育祭に優勝した。確か義姉さんのクラスの男子生徒が大活躍をしたのだ。
(名前は確か……
三浦春斗。義姉さんのクラスでトップクラスの運動神経を誇る男子生徒であり、新海と並びこの学校の副生徒会長を務めている人物だ。加えて彼は確かサッカー部の副部長も務めており、うちのクラスの葉山の部活動での先輩にあたる人物でもある。普段は人づきあいが少ない俺でも話が聞こえてくるくらいには有名な先輩だ。というか、生徒会長である義姉さんよりも有名な人物かもしれない。
ちなみに俺も詳しくは知らないのだが、義姉さんは学校で滅茶苦茶モテてるらしい。しかし告白をされても全てバッサリ断っているらしいので真偽は分からないが。
三浦春斗と椎名遥。この二人が三年生の二大巨頭であり、異性や同性関係なく圧倒的人気を誇る双頭。きっと体育祭でも三年生のクラスは義姉さんのクラスが学年でトップに躍り出るだろう。
(……戦いたくねー)
どうか如月たちにはライバル的な誰かが現れて見事に敗北してほしいものだ。そうすればギリギリのせめぎ合いなどの展開は訪れないだろう。いや、むしろそのように立ち回るべきだろうか?
「……」
周りを見渡すと俺と同じで休日登校が面倒くさそうな生徒がちらほら見える。しかしそれはほんの一部でほとんどの生徒がこれから訪れる体育祭を楽しみにしていた。
「あ、おはようございますセンパイ!」
すると、俺の後ろから明るく朗らかな挨拶が聞こえて来た。違う意味で面倒な奴に声を掛けられてしまったな。
「お前はいつも元気そうだな、七瀬」
「まだ体育祭が始まってもいないのにどうして疲れ切った顔をしてるんスか? ほら、もっとハイテンションに!」
最初は目立つかと思って無視しようとしたが、こちらを見ている生徒はほとんどいないので取り合ってやることにした。昔は目立っていた芸能活動をやめて学業に専念してるおかげで七瀬ナツメという存在に周りが慣れてきたのだろう。
「センパイは何の種目に出るんスか?」
「棒倒しだ」
「おお、棒倒しっスか! それはまた激しそうな競技を選んだんスね」
いや、選んだというより強制的に移動させられたのだが。まあ、それをこいつに説明をしたところで何の意味もないのだが。
「それで、センパイはどこのクラスと?」
「1年2組だ」
「自分のクラスじゃないっスか!? あれ、ということは……」
俺が棒倒しで戦うクラスを言うと七瀬は驚いていた。まあ俺は知っていたので驚きはしないが、その後の七瀬の様子が少し変だった。何か微妙な顔というか、苦い顔をしているような……
「えっとセンパイ。無茶はしないでくださいね。こう、勇猛果敢に前に出て来るとか」
「俺がそんなことするように見えるか?」
「いや、今回ばかりは見えないっスけど、たぶん物凄く危ないと思うので。えっと、気合が入ったバカ翡……猛犬がいるんで」
「なんだそれ」
要領を全く得ないが、とにかく危ないから無茶するなと言いたいのだろう。そんなことを言われなくても全くやる気がないことに変わりはないので多分大丈夫だ。自分の身くらい守ることができる。
「とりあえず、お互いに頑張りましょう!!」
そう言って七瀬は俺より先に学校へと駆け足で向かった。あいつも楽しむ側に回っているようだ。性格を考えればまあ当然というべきか。
いや、七瀬だけではない。如月、新海、雪花、義姉さんでさえこの体育祭を楽しもうとしている。そして、完全に冷め切っている俺。
『張り切っていってみよー!』
「うるさい」
まあ、俺は傍観側として最後まで務めるさ。最後まで実力を出すことはないし、そんな予定もない。楽しみたい奴は、俺から離れたところで勝手に楽しんでてくれ。そして、俺を巻き込もうとするな。
こうして、いよいよ体育祭が始まる……
——あとがき——
更新遅れてすみません。
そして申し訳ありませんが、この一週間でさらに忙しくなるのでどうかお待ちを!
その分、物語の質を向上させて見せますので!!!
追伸:引っ越しまであと二日……全然荷造り終わらない(涙)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます