第115話 橘彼方→椎名彼方⑤



 唐突だが、新しい家族ができた。



 僕はあれから一週間ほど意識が戻らなかったらしい。どうやら僕はもともと栄養失調気味だったらしく、ここ短期間で精神的に多大なストレスを経験したことも相成り意識を取り戻すのに時間がかかったようだ。自分がここ数か月まともな食事を摂れていないというのは自覚していたので、特に不思議には思わなかった。一年ほど前までは母さんが最低限の金額を家に置いていてくれていて自分もバイトをして稼いでいたが、ここ最近はそれすらなくなったのだから。


 そうして目を覚ましたと聞いて僕の病室にやってきたのは実の親でも友達でも担任でもなく、僕とはあまり話す機会がなかった叔母さんだった。僕が上半身を起こした姿を見た叔母さんはこちらに駆け寄ってきた。



「彼方くん、ごめんね、ごめんね……」



 そう言って僕のことを抱きしめてくる叔母さん。感動的な抱擁のシーンかもしれないが、僕は特に何も思うことがなかった。いや、きっと何も考えていなかったんだと思う。だがそんなことに気づいているのかいないのか、叔母さんは僕のことを抱き寄せるのを辞めなかった。



 それから数日後、母さんが亡くなったという知らせを聞いた。



 どうやら自ら線路に侵入しやってきた電車に轢かれたとのことだ。警察が監視カメラや身辺情報などを調査した結果、自殺だということが分かった。誰かに脅された訳でもなく、自ら線路内に侵入する母さんの様子が防犯カメラに映っていたそうだ。


 どうやら母さんはホストなどに多額の金を貢いでいたらしく、かなり大きな借金なども背負っていたそうだ。総額にして600万円ほど。どうやら複数の消費者金融などを通して金を借りていたらしく、利子などを含め気が付けば多額な金額に膨れ上がっていたそうだ。


 だが何を思ったのか、母さんは借金を背負ってもホストに貢ぎ続けたそうだ。それほどまでに依存していたのか、それとも自身の息子や別れた夫のことを忘れたかったのか。真相はもうわからない。



 その件を聞いた数日後、叔母さんを通して僕のもとに弁護士を名乗る人物がやってきた。母さんが抱えていた借金の600万に加え、自殺した際に電車を止めたことによる損害賠償150万。すなわち合計750万円の借金が僕のもとに降りかかることになるのだとか。いわゆる遺産の相続というやつで、どうやらマイナス面のものも背負ってしまうらしい。しかも、プラスとなるの遺産はほとんど何もないらしい。



「おすすめは相続を放棄することだね。家庭裁判所で色々と手続きしてもらうことになるけど」


「……」


「聞いているかな、橘くん?」



 僕がリアクションを返さないことに弁護士は戸惑い徐々にイラつき始めた。そんな様子を見かねた叔母さんが手続きをすべて代行してくれた。細い腕を使って僕もサインをしたような気がするが、どんな書類だったかなんて覚えていない。



 そうして病院食や点滴のおかげもあり栄養状態も回復した頃、担当医から退院の時期について知らされた。父親が刑務所に入っており母が他界している僕がこれからどうするのか担当医や役所の人も頭を悩ませていたようだが、叔母さんの「私が引き取ります」という鶴の一声があったらしい。



 そうして僕は叔母さんが済んでいる新しい家(狭いアパートだが)の一室に身を移すことになった。幸いにも使っていない部屋があったらしく、そこに住まわせてもらうことになった。



 だが、僕の生活はほとんど何も変わらない。学校にも行かず一日のほとんどをぼーっとして過ごすだけ。叔母さんが食事を作ってくれて徐々に会話をするようになったが、変化なんてそれくらい。お金を出してもらっているうえで申しわけないとはわかっているのだが、僕はずっと心を閉ざしていた。



「そうだ彼方くん、私のことお母さんって呼んでみない?」



 僕が『母親』という存在に飢えているとでも思ったのか、叔母さんはそう提案してきた。僕はすべてにおいて考えるのを放棄していたため、彼女に言われるがまま従った。叔母さんには自分の仕事があったし、僕のような男が転がり込むのは迷惑だったはずだ。だが彼女は真摯に僕と向き合ってくれた。だから紛いなりにも、僕は彼女のことを徐々に母親だと思えるようになっていた。


 だが、結局のところ心を開くことは一度としてなかった。何かミスをしてしまえば異常なくらい震えて何度も謝るし、原因不明のストレスで丸三日眠れないこともあった。ずっと一人で生きて来たゆえの弊害なのかもしれない。



 そんな生活が続いたある日のこと。僕は知らぬ間に中学三年生になり、相変わらず何も変わらぬ日々を過ごしていた。



 そんな中で叔母さん……母さんが僕にとあることを告げて来た。



「その、なんて言ったらいいかわからないけど、結婚することになったの、私」


「……」


「えっと、家族が増えるけど大丈夫かな?」


「……はい」



 どうやら母さんには交際相手がいたらしい。話を聞くところに寄ると相手は子持ちで早くに妻を亡くした苦労人だとか。そして数年間の交際の後にその人からプロポーズを受けたとか。うん、ちょっと複雑かもしれないけど美談にはなっていると思う。



「彼方くんには、歳の近いお姉ちゃんができるみたいだよ」


「……はい」


「ふふ、ちゃんと挨拶考えておいてね」



 夫となる男性には僕のことを詳しく話したらしい。まぁよくよく考えれば僕は居候という立場になるし、そんな男が娘と家族になるのだから不信がるのも無理はない。だが全てを話し終えると彼も納得してくれたらしく、僕のことを受け入れてくれるそうだ。ちなみに娘の方には僕のことを詳しく話さず、ただ自分の息子だと説明したようだ。血が繋がっていないとかそんなことを、これから義姉になる人物は一切知らない。



『こんにちは、椎名晴彦といいます。初めまして、彼方くん』


『あっ、し、椎名遥です。はじめまぢて』



 顔を合わせた相手家族と最低限の挨拶を済ませる。義父は大学で教授をしているらしく落ち着いた雰囲気を纏う理知的な人だった。そしてその娘(義姉)は緊張しているのか挨拶の時点で噛んでいた。彼女は僕の一つ上で高校一年生らしい。



「……よろしく、おねがいします」



 僕は穏便に済ませようと簡単ながらそう挨拶した。義父の方はそれで十分だったのか微笑んで色々と話しかけてくれた。対する義姉の方は僕のことを見て色々と困惑しているようだ。まぁ人から見ても今の僕は不気味に映るだろうし仕方のないことだろう。



(……できるだけ、関わらないようにしよう)



 僕と仲良くなってもその人は不幸になるだけ。この時の僕はそう思い込んで誰とも関わろうとしなかったのだ。あれよあれよという間に様々な手続きが終了したようで、母さんは僕と住んでいたアパートを解約し二人して新たな家へと移り住むことになった。



(……広)



 感情が薄れていた僕でも、そう思ってしまうくらいには良い家だった。どうやら義父も結婚を機に新しい家に移り住むことを考えていたようで、前々から広めの家を探していたようだ。ローンを組んでそれを何気ない顔で支払っているあたり、大学教授というのはどうやら結構儲かる仕事らしい。



「ここが新しい家だよ。遥、彼方くん。二人の部屋は二階にあるから見ておいで」



 そう言われ義姉さんはウキウキしながら二階へと上がっていった。僕も後を追うようにいくつかの部屋を見る。どうやら事前に部屋割りのようなことを決めていたようで、義姉さんは迷うことなく自分の部屋へと入って目を輝かせていた。



(これが、僕の部屋……)



 母さんには悪いが、以前とは比べ物にならないくらい綺麗な部屋だった。既にベッドや机なども置いてあり、僕にはもったいなさ過ぎる部屋だ。



(……けど)



 僕にこんなものが与えられていいのかという罪悪感が心を抉る。そうだ、僕はもともとこの人たちとは何の関係もない赤の他人。叔母さんとだって本当は血も繋がっていないただの親戚。そう呼べと言われているだけで、実のところ彼女のことを母親だなんて一度たりとも思ったことはない。挙句の果てに、人を信用せず一年以上仲良くした女の子を投げ飛ばすクズ。そんな人間と親交を築いたその果てには、違和感と気まずさしか生まれないだろう。


 一人でどこかへ消えてしまおうと思ったこともあった。だが、勝手に出て行ってしまえば母さんに迷惑が掛かる。せめて中学卒業までは……



「ねっ、ねぇ!」


「!?」


「あっ、驚かせてごめんなさい」



 いきなり声を掛けられて思わず肩を震わせる。ゆっくり振り返ると、そこには目を逸らしつつチラチラとこちらの様子を伺う少女がいた。椎名遥……僕の義姉になる人だ。直接話すことは今までなかったが、この前とは打って変わって明るい印象がある。きっと新しい家にテンションが高くなっているのだろう。



「彼方くん、その、これからよろしくお願い……します」



 尻すぼみながらも改めて僕に挨拶をしたかったらしい義姉さん。彼女の屈託のないその顔を、今の僕は直視することができなかった。きっと彼女の顔をまっすぐ見てしまえば、今の僕は醜い自分を嫌悪して立ち直れなくなってしまうから。



「……はい」



 だから彼女とは目を合わせずボソッと言葉を返すだけで終わった。義姉さんにはそんな僕の様子が少し不気味に映ったのか少したじろいでいたが、それでもこれから家族になる人間だからとできる限り歩み寄る姿勢を見せてくれた。それなら僕も、出来るだけ波風立てないで静かにしていた方がいいだろう。きっとそれがお互いのためになるはずだ。そうしてしばらく一方的な会話が続いたのちに義姉さんは部屋を出ていった。



「……」



 静かになった自分の部屋のベッドに座り、そのまま横になる。目を瞑ればそのまま眠れるだろうか。あの日からまともに睡眠をとったこともないが、もしかしたら引っ越しの疲れなどでゆっくりと休むことができるかもしれない。願わくば、このまま……


 そうして僕は静寂に包まれた真っ暗な部屋でそっと目を瞑るのだった。























 この家に引っ越してきてから数か月。僕は自分の部屋に引きこもる日々が続いており相変わらず中学校には足を運んでいない。部屋の中で何をしているのかというと、これから自立するにあたり必要な準備を一人でコツコツと進めていた。


 母さんから使わなくなったパソコンを譲ってもらい、僕は様々なことに手を伸ばしていた。サーバを借りてブログの運営をしたりアフェリエイトでの広告収入。さらに動画編集やアプリ開発の依頼を受注したり、僅かでもお金になることを積極的に引き受けた。


 無機質な画面と向き合っては寝て、向き合っては寝て、そしてたまにボーっと過ごして。特に感情はないし声も一切発さない、タイピング音だけが鳴り響く静かな生活を送っていた。



 ——コンコン



 けど、そんな冷たい生活の中で唯一といっていい声が扉越しに聞こえてくることがあった。



『彼方くん、今日もご飯食べないのかな?』



 義姉さんだ。義父さんと母さんが共働きで家にいないからと率先して家事を引き受けてくれている。僕は初めて喋ったあの日から一度も彼女と顔を合わせていない。いや、それどころか一度も話していない。


 にもかかわらず、彼女はこうして朝夕と声を掛けてくるのだ。



『ちゃんとご飯食べないと、身体に悪いよ?』



 その声に僕は答えることはない。彼女と一度でも関わってしまったら、きっと彼女のことを知らず知らずのうちに傷つけてしまう。そんな思いがあの扉を開けるのを躊躇させるのだ。


 とはいえ家族が全員寝静まった深夜にコンビニに行ったりするので扉を開けないという意味ではないのだが。



 そうして数分もすれば義姉さんもいなくなる。今玄関の扉が開く音がしたのできっと高校に向かったのだろう。一之瀬高校……僕の中学校と同じ理事長が運営する学校だ。まぁ別に今となってはもう特に思うこともないが。むしろできる限り遠くに行って二度と関わらないようにしたい。



 そんな僕の日常だったが、いつもとは違う出来事がこの屋根の下で起こっていた。義姉さんが熱を出して倒れてしまったらしい。幸い母さんが家にいたからよかったが、その母さんもなぜか仕事に行ってしまった。恐らくだが、義姉さんが大丈夫だと言い切って無理やり仕事に行かせてしまったのだろう。義父さんは相変わらずしばらく帰っていない。



(……僕には関係ない)



 そう思って再び眠りに着こうとした。だが僕はどうしても寝付けず僕は扉を開けて部屋の外に出た。普段なら夜になるまで部屋を出ることはないのだが、この日はなんとなく気まぐれで部屋の外に足を運んでいた。どうせ義姉さんは熱で部屋を出ることはないのだし、何も気負うことはない。



(……)



 久しぶりに来た明るい時間帯のリビング。窓際で外の景色を眺めながら久しぶりに陽の光を浴びながら背伸びをする。そういえば、しばらく体を動かしていなかったせいで随分みすぼらしい体になってしまった。ガラスに映る自分の顔を見てみる。



(……)



 心なしか、少しだけ以前と顔つきが変わっているようにも見える。成長期に栄養失調などで規則正しい生活を送れなかった影響だろうか。それに顔だけではない。以前あった体力や筋力ももう備わっていない。ガラスに映る男は、弱くて惨めな一人の男だった。



「……ばからし」



 そうして俺は改めてこの家を見渡した。いつもは真夜中に出歩いている俺だが、この時間はいつも寝ているため日の出ている時間に徘徊するのは初めてだった。今までは暗闇に包まれていた家だったが、見渡したなんとなく思ったことがある。



(掃除、何かがさつー)



 一見綺麗に掃除しているように見える我が家だが、細かいところの掃除が全く行き届いていない。テレビ台の裏には大量の埃が積もっているし、コードの配列も雑。それにキッチンに至っては油汚れが全く取れておらず、最低限の水拭きで済ませていることが伺えた。この家で主に料理をしているのは義姉さんだ。つまり、あまり細かいところにまで手が回っていないのだろう。



「……そういえば、義姉さんはどうしたんだろ」



 そう言えば義姉さんは今日家にいるんだったと思い出し、気づかれないようにそっと部屋の前に立ってみた。扉に耳をそばだてると浅い寝息が聞こえたため、少しだけ扉を開けて彼女の様子を見てみる。



「……すぅー……すぅー」



 少し苦しそうだったが、義姉さん普通に寝ていた。だが意識が朦朧としていたのか、それともただ単に寝相が悪いのか、思いっきり熱さまし用のシートがズレていたし、毛布を蹴飛ばした跡があった。



「……なんか、バカみたい」



 普段から根気強く僕に声を掛け続けていた彼女がこんな風に弱った姿をさらしているのは、少し釈然としなかった。どうして彼女が熱を出したのかは知らないが、きっと呆れるような理由に違いない。それなのになぜ、彼女はこんな風になるまで全力疾走を続けていたのか。



「……うざ」



 そこからの行動は僕でも何故そうしたのか説明できないし、もしかしたら理由は何もなかったのかもしれない。考えるよりも先に体が動いていた。


 僕はコンビニに行って替えの熱さましシートやスポーツドリンクなど必要になりそうなものを購入。そして家に帰って気づかれないように彼女の頭に張ってあったシートを付け替えた後は毛布を静かにかける。


 その後は掃除道具を見つけ出して家中の至る場所を掃除した。さすがに義姉さんの部屋の中は先ほど入って以降何も手を付けなかったが、自分の部屋を含めてほとんどの部屋のありとあらゆる汚れを除去。家事を行うのは久しぶりだったが、家が違くともどうやら体が覚えているらしく比較的短時間で終わった。



「はぁ……何してんだろ僕」



 そうしてすべてをやり終えた後僕はリビングのテーブルで突っ伏した。久しぶりに動き回って体が重い。そして心なしか瞼もどんどん重くなってきた。久しぶりかもしれない、こんな風に純粋な睡魔がやって来るのは。



「……」



 僕はそのまま遊び疲れた子供のように眠ってしまうのだった。




























 あれから数日後。



「おはよう、彼方」



 義姉さんとの距離が以前より近くなってしまった。本当、どうしてあんなことをしてしまったのだろう。馴れ合うつもりなんて端からなかったのに。しかも、義姉さんは日を追うごとにどんどん遠慮が無くなってくる。最近ではわざわざ二階に聞こえるくらいの声量で『ただいま』と言ってくるのだ。



 そんな日々を送っていたある日のこと、僕は義姉さんに言われた。



『私が通っている一之瀬高校を受験してみない?』



 もはや呆れを通り越して疲れた。だが負けじと義姉さんも独自の理論を展開して自分の考えをプレゼンしてくる。その内容は端々に子供じみたものを感じたが不思議と聞き入ってしまう内容だった。



 気になって、僕は尋ねてみることにした。



「……高校」


「ん?」


「面白いの?」



 そして義姉さんは僕の質問に皮肉を込めた内容で答えてくれる。どうやら彼女も学校という場所を良い場所だとは思っていないのだろう。だがそれでも、どこか義姉さんの話には力が籠っていた。



(僕は、学校に通いたいのだろうか)



 その答えを問い詰めるなら、ノーだ。別に高校に行く意味はないし得られるものもない。それに前の繰り返しになってしまう可能性だってあるのだ。だが、特別意味を見出すとするならば……



【復讐】



 僕をこんな状況に追い込んだ全てへの復讐。そう考えると今まで真っ暗だった心に僅かながら熱がこもるのを感じた。きっとこんなの最低な結末になるだろう。だが、それでも僕は……



「……つまり、義姉さんはボ……のことを、面白いのかつまらないのかもわからない学校に入学させようとしてるってこと?」



 一人称を変えたのは決意表明の表れだ。正義の味方から復讐者へと変わるための魔法の言葉。無理やり新たな人格を演じるための鎖だ。



「……それを選ぶのは私じゃないわ。選ぶのは、いつだって自分自身。物語や小説と同じで、自分の人生の主人公は常に自分自身。何かを変える選択をするのも、人生の主人公である自分自身でしかない。だから、私が彼方の何かを決めることなんてできないわ」



 ——うん、その通りだ。なら俺は俺のために生きて、俺を傷つけたものをすべて追い詰めよう。自分が人生を滅茶苦茶にされたように、他人の人生を滅茶苦茶にしよう。



 そこからの俺の行動は早かった。まず模試を受けて今の自分のレベルを確認。軽く本気を出したら余裕で満点を取れた。これなら全国どころか世界中の高等学校に進学できるだろう。


 そして次に完遂したのは、中学校での復讐だ。悔しいことに信也は俺が不登校になってしばらくした後に転校したらしい。だから俺は信也のことは後回しにして自身のクラスメイトだった人たちを標的にした。彼らは自身の進路がかかった重要な時期だ。復讐をするにはうってつけの期間だ。



 誰かを追い詰めるのは存外楽しかった。まず俺は誰がどこに進学するのかなどの情報を集めた。推薦などが多いこの学校では事前に進路希望を募ってリストを作成しているようだった。だから俺は夜に学校に侵入し担任が使っているPCをハッキング。データを無事に盗み出した後は持ってきた金属バットでそのPCを粉々にした。ささやかとは言えないが、単なる嫌がらせだ。

 警備員などには細心の注意を払い監視カメラなどの死角などを使い俺は容易に犯罪行為を成し遂げる。まだきちんと通っていたころに中学校の警備やカメラがどこにあるかなどを調べていたからこそできた芸当だ。


 その後はさらに簡単だった。進路先を割り出した俺は既に合格が決まっている生徒本人を装って合格を辞退する旨を相手校に伝えた。それが難しかった場合は相手校の教師陣の耳に入るよう一之瀬中学校や生徒本人を名指しした噂を流した。すると爽快なことに、俺のクラスで第一希望の進路先に行けたものは誰一人としていなかった。ただ一人、俺を除いて。



 当時の担任にはさらに追い打ちをかけるという意味でメールアドレスや電話番号を出会い系サイトに登録した。ハッキングした際に【婚活】などのワードが出て来たのできっとちょうどいいだろう。



 そうして中学校でやることを終え切った俺は高校の合格証を眺めて思う。



「……まだ、これからか」



 信也の情報は以前として得ることができなかった。だが焦りなどは一切なかった。きっと俺の名前を理事長かそれに連なる誰かが見ればすぐにでも動き出してくる。そこを返り討ちにするだけだ。



「さて、がんばるか」



 そうして俺は疲れ切った心を引きずって高校生活をスタートさせるのだった。










——あとがき——

これにて過去編は終了です。次回からまた怒涛の展開を繰り広げる予定(たぶん)なので、お楽しみに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る