第49話 腐れ縁
七瀬は一人、自分の教室へと足を進める。もともと用具室へと立ち寄ったのは忘れ物を取りに向かうためで長居するつもりはなかった。ただ、予想外の姿があったためについつい長話をしてしまった。
(あの人、もしかして友達とかいないのかな?)
この前は姉と仲良さそうに買い物をしていたが、案外クラスの人たちとは馴染んでいないのかもしれない。だからこそあそこで一人細々と寂しそうに朝食を食べていたのかもしれない。
まあ、自分にはどうすることもできないと七瀬は目をつぶる。
そして教室へとなるべく静かに入る……のだが、やはりみんなの視線が自分へと一度向く。この髪のこともあるが、結局自分が悪目立ちすることには変わりない。
そんな視線をできる限り無視して、私は自分の席へと向かう。最初の頃は男子を中心に話しかけられまくったが、近頃はそういうのが減った。やはり、私によく絡んでいたあの二人が退学したことで不気味がる生徒が増えたのが要因だろう。あの二人には悪いが、退学してくれたおかげで平穏な日常が近づきつつある。
そして七瀬は自分の机にがっしりと鞄を置いた。
七瀬の席は教室の窓側から二番目だ。本当は窓側に行きたかったのだが、勉強にも集中できると自分に言い聞かせ無理やり納得している。そして七瀬の隣で窓側の席を楽しんでいる男子に目を向けた。
「……」
相変わらず今日も音楽の世界へと浸っている。しかし今日は珍しく音楽を聴きながら机の下で某携帯型ゲームをして遊んでいた。あれはたしか、つい最近発売されたポケ〇ンのリメイク作品だ。
(こいつ、もうクリア直前まで行ってるし)
画面をそっと見ると、もうほとんどクリア直前まで足を進めていた。かなり熱中して遊んでいたことが伺えるが、ラスボスに苦戦しているところを見るにきちんと楽しんで遊んでいるようだ。
そんなことを思っていると、彼の目がゲームを離れ七瀬の方へと向いた。寝不足なのか、それとも画面に映し出される戦況が不利だからか、どことなく機嫌が悪い。
「なんだよ」
「ずいぶん楽しんでるっスね」
「ああ、お前の顔を見る前までな」
「ぷっ、ラストで負けかけてやんの」
「うっせ、黙れ」
そういうものの、ラストでほとんど全滅しかけてるためそれ以上強く言い返せない彼は、舌打ちをしながらゲームをしまう。
「あれ、やめるんスか?」
「あんなのはただの息抜きだ」
「目の前で負けちゃったら、そりゃ恥ずいっスもんね」
「てめぇ、マジで覚えとけよ」
「冗談っスよ冗談。まったく、相変わらず短気っスね翡翠は」
「……ふん」
慣れたように会話をする七瀬ナツメと雪花翡翠。七瀬に関してはまた見栄を張ってと呆れて息をつく。
(まったく、そんなんだから友達出来ねーんスよ)
七瀬はもともと海外で暮らしていたのだが、親の仕事の都合で日本で暮らすことになった。翡翠と出会ったのは転校先の小学校。しかも、なぜかずっと一緒のクラスで過ごしている。要するに、腐れ縁だ。二人が志望した高校が一緒だと知ったのはそれこそ高校に入学した後だった。
特別仲がいいというわけではないが、お互いにある程度の信頼関係を築いている。
当初は雪花翡翠と話すのはやめた方がいいと七瀬は何度もクラスメイトに忠告を受けた。七瀬は全く相手にしなかったのだが、そうしているうちに翡翠の悪い噂が広がった。どうやら、自分と仲良さそうに(向こうから見て)話していることに嫉妬した男子生徒がでたらめな噂をでっちあげて流したらしい。
本来なら怒ってもいい出来事。しかし翡翠は
『知るかよそんなデマ。てめぇはてめぇの心配してな』
そう言って全く気にも留めていなかったが。というか、その噂を流した生徒が退学したので、いったいどんな心境でいるのか推し量ることもできない。
(まったく……昔はもっと泣き虫だったのに)
そんな過去を知る七瀬だからこそ、できる限り気を配っていた。それに加え彼にいくつか借りがあるため、意外と引け目に思っているのである。
そしてそのまま時間が流れ、ショートホームルームが終わりすぐに授業が始まった。
(……センパイは来てくれるっスかね)
授業を聞き流しながら、ふと今日の朝のことを考える。
無理やり誘ってしまったが、本当にあの人が来てくれるかわからない。というか、来てくれない可能性の方が高い。だが、どうしても確かめてみたいことがあるのだ。
(やっぱり、あの時の……あれは)
七瀬はふと、昔のことを思い出す。自分も翡翠もまだ小学生で、何を目指せばよかったのかわからなかった時代。あの日々は、自分にとってつらいものだった。そしてそれ以上に、翡翠はもっと酷い思いをしていただろう。
(知りたい、どうしても)
あの時、センパイに投げかけた言葉。
『笑顔っていうのは意外と馬鹿にできないもんスよ。誰かの笑顔を見るだけで自分が嬉しくなることだってあるし、幸せが伝染するっス。それこそ、誰かの人生に影響を及ぼすくらいに』
あれはまさに自分自身のことを指していたのだが、センパイは理解していなかった様子。独特な価値観と評されたが、それを植え付けた張本人がセンパイ……かもしれない誰かだ。
(ちょっと、懐かしいっスね)
七瀬は少しの間、自分の過去に浸ることにした。
——あとがき——
次回、七瀬過去編
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