第62話 譲れない何か
「今日は良い感じじゃなかったか?」
「ああ。だってこの前と違って勝てたんだしな!」
義父との食事会から数日が経過し、最後の棒倒しの練習が設けられていた。先日の練習で立ち回り方が分かった生徒が多かったのか、今回の練習では同学年のクラス相手に勝利を収めることができていた。葉山の指揮能力も向上したことで、みんなが動きやすい環境を作り出していたのも勝因の一つだろう。
慣れというのは勝負事において破格の力を発揮する。このモチベーションを維持できれば本番でも二勝くらいはできるかもしれない。
体育祭は今週の土曜日に開催される予定で今はちょうど三日前だ。そのせいもあってか学校全体がそわそわと浮かれているような雰囲気だ。それに反比例して生徒会や体育委員会などは相当に忙しそうだったが。
「あ、椎名くん! ちょっといいかな?」
「葉山か」
練習を終え帰ろうとした俺に葉山が声を掛けて来た。どうやら棒倒しのことで何か相談があるようだ。
「椎名くんには防衛側をお願いしてたんだけど、案外余裕があるかもしれないから攻撃側に回って欲しいんだ。もちろん椎名くんがよければだけど」
「……どうして俺に?」
「椎名くん、この前サッカーで凄いプレーをしてたし、見せつけないだけできっと身体能力が良いんだろうなって」
そう言えばそんなこともしたな。あの時は適当にクラスメイトの男子たちを誤魔化すだけで済んでいたが、サッカー部である葉山はいまだに疑念を持っていたようだ。いや、この言いぶりから察するに確信しているらしい。俺が棒倒しや体育で手を抜いていることを。
(……攻撃、か。どちらにしても面倒だな)
防衛は自チームの棒を守るためにその場から動かないようにしている。だが攻撃に移るとなれば自分で考え行動しなければならない。葉山の指示があるとはいえ、積極的に動きたくないのが現状だ。
——この体育祭、俺の予想が正しければ奴も……
「どうかな、椎名くん?」
葉山はまるで俺が引き受けると確信しているような口調で喋りかけてくる。だが、俺はそもそも競技自体に出たくないのだ。だからこそ適当にやり過ごすためにどうすればいいのかと全力で考えていたのだが。
まあとりあえず、今思いついた妥協案を話してみるしかないな。
「それじゃあ、こういうのはどうだ? 俺は最初に防衛側で棒を守り、余裕があるようであれば途中から攻撃チームに途中参加する。そうすればバランスよくゲームを運ぶことができるだろ?」
「攻守の切り替えか。いいね、そういうのも面白そうだし」
「指示は葉山が出してくれ。それに俺だけじゃなく、他の生徒のこともしっかり使ってやれ」
「わかった! とりあえず俺の方からみんなに話してみるよ」
そうして葉山はまだ残っている棒倒しメンバーの方へと足を運んでいった。あいつも本気で勝ちに行きたいようだな。如月、葉山、雪花。うちのクラスはこの面子を中心に回っていくだろう。
今のところ、障害物競走とリレーの両リーダーを受け持っている如月が責任重大というところだろうか。雪花も玉入れのリーダーを務めることになったらしいが、そこまで勝ちにこだわっているようには見えない。この温度差も本番当日に影響を及ぼしてくるだろうな。
(それにしても本番が土曜日って。振替休日もないみたいだし)
今更だが休日に体育祭が行われるということに嫌悪感を示す。せめて平日に実施するか振替休日を設けてほしかった。この学校もそういうところはカバーできていないらしい。まあ、相変わらずというほかないのだが。
「……あ」
校庭から校舎の中に入るための昇降口。そこで二人の人物が目に入る。生徒会長である義姉と、副生徒会長である新海だ。昇降口には当日に飾ると思われるアーチが置いてあった。恐らく二人でアーチの最終確認をしているのだろう。
俺は下駄箱の陰に隠れ二人がいなくなるのを待つことにした。なんとなくだが、今はあの二人と顔を合わせたくない。そうしていると、あの二人の会話が聞こえてくる。
「体育祭が終わったら、遥先輩と生徒会室で会えなくなるんですね」
「引退するし、そうでしょうね。けど、連絡をくれればいつでも会えるわ。私の卒業するまでは」
「それでもやはり寂しいです。私はずっと遥先輩の足を引っ張ってしまって」
「そんなことない。私だって桜に何度も助けられているわ。実際、桜は私以上の判断力や実行力を持っているじゃない」
体育祭が終われば生徒会は一度解散となる。体育祭終了後すぐに生徒会の選挙活動が始まることになり、それまでの間は三年生以外の現生徒会員で生徒会を回さなければならないのだ。その期間中のリーダーは間違いなく新海になるだろうな。
「そういえば桜、嬉しいことを言ってくれたわよね。私のことを凄いとか」
「あ、あの時は色々とテンパっていて。でも、その言葉は今でも事実だと思っていますよ」
「ふふっ、そうならいいんだけど」
へぇ、新海は義姉さんに憧れて生徒会に入ったのか。なんというか運命的だな。俺に憧れ失望した後、その義姉である人物のもとにつくなんて。もっとも、本人はそのようなことを全く知らないだろうが。
「そういえば遥先輩に聞いてみたいことがあったんです」
「あら、何かしら?」
「遥先輩は私と同じスカウト制度を使って生徒会に入ったんですよね? それも遥先輩は二年生一学期という中途半端な時期から」
そう言えばそんなこともあったな。俺も一年生だったからあの時のことはよく覚えている。いきなり義姉が生徒会長になると宣言し、その数か月後にはそれを実現してしまったのだ。
生徒会に二年生から入りそのまま数か月で生徒会長になる人物などどこの学校を探してもそうはいない。実際義姉さんは入会当初かなり異質な存在だったらしいし。
「なにか、目的でもあったんですか?」
「あら、桜は私が利己的な理由で生徒会長になったって言いたいの?」
「い、いえ、そういうわけでは!」
義姉さんは新海のことをからかいながら微笑む。食事会の時の笑顔とは違い慈愛に溢れるような笑顔だ。まさか義姉さんにあんな顔ができるなんてな。
「フフフ、正解」
数拍置いた後、意外なことに義姉さんは自分が言ったことを肯定する。新海は目を見開いて驚いているが、俺にも同等以上の衝撃が伝わってくる。まさかあの人がそういう理由があってあんな必死に選挙活動を行っていたとは。
「い、いったいどのような理由で!?」
「それは教えられないし、聞いても無駄よ。だってその目的は、もう成し遂げられそうもないんだもの」
「?」
「まあ強いて言うとするなら、自分のためよ」
義姉さんはところどころぼかしながら新海の質問に答える。もう成し遂げられない。一体義姉さんは生徒会長になって何をしようとしていたのだろうか。少なくともあの人が自己中心的な理由で動くことはないと思っていただけに、珍しく俺の脳も処理が追い付いていない。
「ちょ、教えてくださいよ遥先輩!」
「内緒」
そう言いながら義姉と新海はアーチから離れ廊下を歩いて行った。その後を慌てて新海も追う。足跡が聞こえなくなったことを確認し俺は先ほどまで二人がいた場所に立つ。そして目の前にあるアーチを見つめながら、義姉さんのことについて考える。
俺はあの人のことをすべて知っているわけではないし、その逆もしかり。義姉さんは、いったい何のために……
「ま、あの人にも譲れないものがあるってだけだろ。うん、それだけさ」
義姉が生徒会長になって何を成し遂げたかったのか。気にならないと言えば噓になる。だが十中八九俺には関係のないことだろうし、仮に俺に被害が及ぶようなことだったとしても、義姉さんはもう実現できないと言っていた。その言葉を信じるなら俺がその件に踏み入る理由はない。
体育祭まであと数日。まずはこちらのイベントに集中することにしようか。噂によると今年の一年生の中にはとんでもない身体能力を持った生徒もいるらしいし。三年生だってまだほとんどの部活動は現役だし、俺たち以上の経験値とポテンシャルを秘めているだろうからな。
そして俺はそんな奴らと戦って、目立たず自然に負ける。クラスに貢献するなど、はなから考えていないのだから。俺は自分がどれだけ楽をし、無関係に過ごせるかしか頭にないのだ。それだけは決して譲れない。
こうして、少しずつ体育祭が迫る。
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