第63話 体育祭前日


 あれから時間が経ち、体育祭前日。この日は部活動などを行わず役員たちが最終準備に取り掛かっている。生徒会や体育委員会、有志で募ったボランティア。さらにバックアップをする教職員。なるほど、このイベントへの思いや熱が伺える。



(去年の俺は軽く流してたけど)



 ある程度この学校に馴染んだ今ならどれだけ多くの生徒が体育祭を楽しみにしているのかが分かる。その波は学年を隔てることなく様々なクラスに影響を及ぼしている。


 一年生はクラスとの絆を深め下剋上を成し遂げるため。


 二年生は先輩に追いつき後輩にその背中を見せつけるため。


 三年生は高校生活最後のイベントで思い出と爪痕を残すため。



 一年前の俺はどのような心境で体育祭に臨んだのだっけ? よく覚えていないということは、俺にとってそこまで重要なイベントではなかったのだと思う。去年の俺と今の俺の違いを挙げろと言われても、たぶん一つもない。俺はこの一年間、何一つとしてその在り方を変えることがなかったのだから。


 冷めている俺とは違いどのクラスも浮足立ち明日の準備や作戦を整えている。そしてそれは、俺のクラスも同様だ。帰りのホームルームが終わりさて帰るかと思った時、クラス委員長である如月が声を上げてみんなを呼び止めた。



「みんな、明日は待ちに待った体育祭本番。ここにいる誰もが、少ない練習時間で葛藤し大変だったと思う」



 多くの生徒は確かにそうだろうな。葉山なんて、一日中棒倒しの作戦を考えリレーのメンバーとのコミュニケーションをとっていたし。雪花も表面上は冷めているように見えるが心の奥底には熱を感じる。多くの人が体育祭でいいところを見せつけてやりたいのだろう。



「それでも、他のクラスに負けないくらいの絆がこのクラスにはある。部活がある生徒だっているのに、どのクラスよりも真剣に練習に臨んできた。明日、絶対に勝ちましょう……いえ、勝つわ!」



 如月の勝利宣言。それを聞いたクラスメイト達は盛り上がる。担任である七宮先生も楽しそうにその様子を見つめていた。担任としてもこのクラスに勝ち残って欲しいのだろう。俺も悪目立ちしないように乾いた拍手を送っておく。隣の雪花も似たような行動をしていた。



「じゃあ、今日は解散。しっかりと休んでね!」



 そうして俺たちは解放された。如月の影響で多くの生徒がやる気になった。普段はクールキャラを気取っている奴やもともと熱血キャラだった奴。そのすべてを体育祭という一つの目標に向けて一致団結させたのだ。あいつのカリスマ性、もしかしたら案外本物なのかもな。



(さて、俺も帰……)


「……ちょっと待って」



 さっさと帰ろうと荷物を持って席を立った時、俺のことを呼び止める少女の声が聞こえた。誰あろう雪花だ。なんだか、最近こいつの方から会話を振られることが多くなったな。



「なんだ?」


「……ちょっと、確認しておきたいことがある」



 ふざけたことを聞こうとするものなら帰ろうかと思ったが、こいつは真剣な表情をして俺の目を見つめていた。その眼力は、俺でも思わず目を逸らしたくなるほど。まるですべてを見透かさんとしているような目だ。



「何を聞きたいんだ?」


「……二つある。一つ目、明日の棒倒しで最初に戦うクラスは?」


「ああ、今日抽選があったか。確か葉山は1年2組と言ってたな」



 正確には葉山から直接聞いたのではなく盗み聞いた、だが。それがどうしたのかと思ったが、雪花は目を見開き何やら真剣に考えごとをしていた。いったい何を考えているのやら。



(そういえば、七瀬のクラスも2組だったか)



 以前七瀬とゲームセンターに行った際、あいつのカバンに名前が書いてあるのを見た。落とし物対策などでそうしているのだろうが、イマドキわざわざ鞄に名前を書くなんて律儀だと思って印象に残っていたのだ。



(まあ七瀬のクラスといっても棒倒しは男子限定競技だから、あいつと戦うわけじゃないんだけどな)



 今回は性別という括りのせいで実現しなかったが、もしあいつが棒倒しで敵に回っていたら俺が本気を出さない限りうちのクラスは敗北確定だ。それほどのスペックが七瀬という少女に秘められているのだ。


 もし七瀬と同等以上のスペックを持っている人物があのクラスにいたら俺たちが負けることに変わりはないだろうが。



(ま、あいつみたいな奴がそうそういるとは思えないしな)



 そういう意味では新海なども挙げられるが、あいつは作戦や戦略を持って勝負事に挑む。だからこそそれを逆手にとれば攻略は容易となるのだ。七瀬のように素の身体能力で真っ向から勝負を挑まれる方がよっぽど厄介。



「……はぁ」



 俺が七瀬のことを思い出していると、雪花は諦めたかのように溜息を吐く。いや、諦めているというより開き直っている? いったい今の間で何を考えていたのだろうか。



「……とりあえず、棒倒しは特にこれといって応援しない。あなたたちは怪我をしないよう身を守っておけばいい」


「ほぅ、お前がそんなことを言うなんてな」


「……別に冗談じゃない」



 雪花が不機嫌そうに俺のことを見てくる。こっちだって別に茶化したつもりはなかったんだけどな。そう言って、俺は二つ目の質問とやらを雪花に催促する。雪花は不機嫌さを隠すことなくもう一つの質問を俺にする。



「……あなたがそこそこ動けることは知ってる。だからこそ、本気出せ」


「あ?」


「……棒倒しが初戦敗退なのは確定してるけど、当日の状況次第では誰かが体調不調とかでやむを得ず欠席したりするかもしれない。そのときお前は代理役をやれ」



 こいつ、体育祭前日にとんでもないことを俺に言い出してきたな。確かに、体調不良などでやむを得ず欠席する場合は自クラスの誰かがその競技に参加してもよいことになっている。原則として、同じ性別でないといけないという制約があるが。



「なんで俺がやるんだよ。そういうのは葉山とかの役割だ」


「……彼はあなたも知っての通り忙しい。なら暇そうな誰かに頼むしかない」


「俺が代理で出ても活躍できない」


「……手を抜くから?」


「どうせ足手まといになるからだ」



 何と言われても、俺は今回の体育祭で直接活躍をしようとは思わない。誰かを引き立てて勝たせるとかは状況によってはあるのかもしれないが、そんな状況が訪れるとも思わない。



(それに、この学校の体育祭。もしかしたらも……)



 もしそうならなおさら目立つわけにはいかない。俺は敗北者であり、これ以上余計な醜態をさらすことができない。それに、もし俺がこの学校に通っているとバレたらヤツも何をしてくるか……



「へぇ、面白いことを聞いたわね」


「「……」」



 俺と雪花は同時に無言になってしまう。この会話を聞かれたくない奴に聞かれてしまったからだ。雪花も面倒くさそうな顔をしているし、それを隠そうともしていない。



「負けが確定とか、手を抜くとか。まったく、本気になってもらわないと困るわ」



 その人物、如月は面白そうな顔をして俺たちの会話に割り込んできた。そして雪花を見て、膨れ顔で注意する。



「瑠璃ちゃん! まだ戦ってもいないのにそういうことは言っちゃダメよ? みんなも全力で取り組もうとしてるんだし、応援してあげて」


「……」



 雪花は何も答えない。どうやら特に思うことはないのだろう。それとも先程の言葉を撤回するつもりがないのだろうか。

 そんな粘り強い雪花を尻目に今度は俺のことを見てくる如月。こいつと会話をするのもだいぶ久しぶりだな。



「あなたも、手を抜くとか言ってないでまじめにやって。知ってるのよ? 椎名くんがサッカーの授業でスーパープレーをしたの。私は信じられないけど、葉山君が言ってたし本当なんでしょうね。なら、その才能をクラス貢献のために使ってもいいんじゃないかしら?」


「……」


「それとも、何か他に目的でもあるの?」



 如月は厳しい目で俺のことを見つめてくる。以前の確執から、俺が何かを企んでいると思い込んでいるのだろうか。だとしたらそれはいらない心配だ。俺は少なくともこの体育祭で何かをするつもりはない。



「とにかく、最大の結果を尽くすこと。いい?」



 如月はそう言って他の人たちのところへ向かっていく。きっとあいつは景気づけのため教室に残っている人たち一人一人に声を掛けていたのだろう。先ほど言葉を聞かれたのも偶然か。だとしたら相当運が悪い。雪花も怠そうに息をついているし。



「……帰る」



 雪花はそう言って俺より先に帰っていった。まったく、あいつも変な苦労をしているな。もう少し如月のことを制御してほしいのだが、それは実現できなさそうかもしれないな。



「帰るか」



 そうして少し時間を置き俺も学校を出る。学校では慌ただしく準備が行われていたものの、そこに義姉さんや新海の姿はなかった。彼女たちはきっと生徒会室で最後の会議を開いているのだろう。特に誰かを待つこともなく俺はまっすぐ帰宅する。



 そうして俺が帰宅して約一時間後。義姉さんも帰宅する。今日は随分と早い帰宅だな。



「ただいま、あー疲れた」


「今日は早いね」


「今日やることはもう終わり。あとは明日の朝に最後の準備をするだけ」



 義姉さんはこう言っているが、相当疲れが溜まっているだろう。だがその生活ももうすぐ終わる。体育祭が終わればすぐに生徒会は解散となるのだから。もしかしたらこれからは俺より早く帰宅しているかもしれない。この人、あんまり友達いないし。連絡先を交換している人だって、家族を除けばほとんど……



「なにか失礼なこと考えてる?」


「……いいや、特に」


「あっそ」



 俺が義姉さん唯一かもしれない欠点を思い出していたら、すぐに俺のことを睨んできた。もしかして義姉さん、本当に神通力が使えるようになったのだろうか。


 そんなことを思っていると、義姉さんが立ち上がりすぐに自室へ向かう。どうやら今日はすぐに休むようだ。

 だが、義姉さんは一度振り返ってこちらを見た。



「ねぇ、あんた……」


「え、なに?」


「……いえ、やっぱりなんでもない」



 おやすみ、そう言って義姉さんは部屋へと向かっていった。一体何だったのだろうか。まあ、今深く考えてもきっとわからない。とりあえず今は自分の事を考えることにしようか。



「明日の棒倒し、俺が取るべき行動は……」



 そうして、俺はいつもより少し長めの夜を過ごすのだった。












——あとがき——

ワクチン接種で余裕だと思って過ごしてたら39度くらいの熱が出ました。なんやかんやで隔日更新を続けてましたが少しだけ休みます。どうかお待ちを!


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