第91話 二つの覚悟


 三浦との接触を終え俺はそのまま学校を出て帰宅した。どうやら信也は学校に残りクラスメイト達と交流を深めているようだったが今は近づかないことを第一に行動する。仮に接触することがあったとしても、それは信也を追い詰める盤石な状況を整えてからだ。



「……ちょっと熱くなりすぎかもな」



 どうにもいつにも増して体温が高い気がする。だが体調に問題はないので体調不良ということはない。きっと俺の感情がいつもより昂っているのだろう

 ようやくだ。ようやくあの時の借りを返せる絶好の機会を得たのだから。



(問題は……)



 そう、残る問題は信也が俺の存在に気が付いているかという点のみだ。もしバレていなければ特段問題はないのだが、仮にバレているとすれば向こうから接触がある可能性を考慮しなければならない。否、接触された時点で俺は詰みだ。今まで隠し通してきたものが露呈し崩れ去ってしまう。それどころか中学の時の二の舞になる可能性だってある。



「……ふぅ」



 俺は少し火照った息を吐きだして心を落ち着かせる。今は夏真っ盛りでもうすぐ夏休みが待っている。何とかそこまでに決着を付けられればいいのだが。そうすれば気兼ねなく夏休みを過ごすことができるだろうが、きっとこのままでは難しいだろう。


 このまま信也を放置すれば、間違いなくクラス内で高い信頼度を築いていく。そして火遊び感覚で良く知りもしない誰かのことを追い詰めていく。そして誰も、それが信也によるものだとは思わない。


そう、あの日の俺のように。



「まっ、誰がどうなろうと知ったこっちゃないけど……」



知ったこっちゃない……が、あいつの思惑通りになるのは癪だ。何を考えているのかはさすがの俺も読み切れないが、きっとあいつは近いうちに何かをしでかす。そしてその責任を他の誰かに負わせる。俺に直接関係ないとはいえ、あいつの思い通りに事が進むのが気に食わないのだ。



「とにかく、今後の方針は決まった」



 信也についてだが、しばらく放置して泳がせることにした。あいつとてまだこの学校に来て日が浅い。すぐに何かをしでかすということはないだろう。俺の推測が正しければ、一か月は順風満帆な高校生活が過ごせるはずだ。


 では信也を放置している間に何をするのか。そんなもの、決まっている。俺はポケットからスマホを取り出し通話を起動する。



「さて、この時間に出るかね」



 夕暮れに照らされながら数回のコール音を聞き、プツリという音が聞こえたかと思うとスマホの向こうからふてぶてしい声が聞こえて来た。



『……なに』


「そろそろお前の話を聞いておこうと思ってな」


『……意味わからない』



 相手は電話越しで不機嫌さを一切隠そうとしない雪花。以前、俺は雪花と連絡先を交換していたのだ。当初はチャットアプリでもいいかと思ったのだが、雪花がその類のアプリを一切落としていなかったため泣く泣く電話番号の交換となったのだ。以前翡翠に接触された際、電話を繋ぎっぱなしだった相手も雪花。意思を揺さぶるために色々と情報を明かしてみることを決意したのだ。



「それより俺の質問に答えろよ。お前、何を抱え込んでんだ」


『……お前には関係ない』


「いや、ある」


『……何を根拠に』


「多分お前の悩みは、例の転校生絡みのごたごただろ?」


『……』



 雪花は押し黙る。すぐに否定しないのは俺の話を暗に肯定しているのか。それとも俺の考えがすべて外れていて意味が分からないのか。だが俺が三浦から聞いた情報から推察するに、そうとしか考えられないと結論付けたのだ。そしてここ数日の雪花の態度から察するに、それが間違いではないことを物語っている。



「そして聞き分けのない弟のせいで、その問題がさらに拗れている」


『……お前は、何なの?』


「さてな。俺はただ思ったことをそのまま口にしているだけだ」



 そうして俺と雪花は同時に黙り、しばしの静寂が訪れる。このままこいつにアドバイスをくれてやってもいいが、それだけでは何も解決しそうにない。こいつの考え方を変えることから始めなければ意味がないのだ。



「なんとなくお前が抱えていることには想像がつくが、それは一人で解決できるものなのか?」


『……う、うるさい』


「うるさくさせているのは他でもないお前だろ?」


『うざい……切る』


「そうか、なら別のことを教えて欲しい」



 雪花が会話をやめて通話を切る気配を覗かせたので俺は話題を転換する。こいつの考えを僅かばかり帰るというのが目標の一つではあったが、今雪花に電話したのはもう一つ目的がある。



「お前の弟……雪花翡翠の連絡先を教えてほしい」


『……はぁ?』


「あいつといつでもコンタクトが取れるようにしておきたいんだ」


『ふざけるな、誰がお前に教えるか』



 いつもは多少の間を置くが、今回に関しては間髪入れずにバッサリと断る雪花。どうやら俺に弟の連絡先を知られるのが不快極まりないらしい。それならば、こちらも正論で戦う。



「俺はお前の弟に暴力を振るわれかけた。通話を聞いていたお前もわかるはずだ。違うか?」


『……』


「俺が黙ってやっているおかげで首の皮が繋がっていると、そう思わないか?」


『……脅し?』


「さてな。ただ、最近のスマホは通話をしながら周りの音を録音をできるということだけ伝えておこう」



 そう、俺はその気になれば雪花翡翠を暴行で訴えることができる。学校側に申し出ればすぐに調査が始まるだろうし、その時にその音声を聞かせれば俺の発言に信憑性が生まれる。仮に姉であるこいつが庇ったところで何の意味もない。



『……翡翠に、何をするつもり?』


「俺は何もしないし余計なことは伝えない。それだけは確約しておこう」


『……何を話すの?』


「ちょっとした世間話だ」



 普通ならバッサリと切り捨てて相手にしない。だが俺が暴行の証拠を握っている以上雪花は身の振り方を考えざるを得なくなる。無論、普段の雪花ならうまい方便や屁理屈を使って言い返してくるだろう。だがよほど追い詰められているのか、今回はそう言った兆候はない。それに、ここで雪花に教えてもらわなくても七瀬経由で教えてもらえばいい。



 そしてしばらくして……



『わかった。ただし、変なことしないで』



 そうして彼女の口から翡翠の電話番号が伝えられる。本物かどうかは後程公衆電話を使って確認するが、ひとまずこれで必要なものはほとんど揃った。



「それじゃ用件はこれで済んだ。おやす……」


『待って』


「なんだ?」


『……何を企んでいるの?』



 それは雪花翡翠に対することではない、今回の一連の流れを見てそう言っているのだろう。なぜ俺が雪花たちのことを気にかけているのか、その真意を図りかねているのだ。もちろん俺に教える気はさらさらない。ただ、強いて言うなら……



「自分の身を、守るためだ」



 この言葉に、偽りはない。



『……そう』



 雪花はそう言い残して通話を終了した。あいつが納得したかどうかはわからないが、答えとしては成立していたようだ。そして深く何かを考えていた。


 俺の言葉は、雪花の心にどれほど届いたのだろうか。




「そういえば、アドバイスのことを忘れてたな」



 今回雪花に電話した目的は実はもう一つある。このアドバイスを伝えることだ。少なくとも現状を打破するきっかけになるだろう。



 そして、俺自身がそろそろ向き合わなければいけない問題の根本的解決にもつながる。さすがに、いつまでも逃げていてはダメだと心のどこかで気が付いているのだ。信也とは違う、もう一つの因縁に終止符を打たなければ。



 そうして俺は嫌気が差すくらい眩しい夕日に照らされそのまま静かに帰宅するのだった。










——あとがき——


すいません予約更新忘れてました。すべては夏期集中講義のせいです。授業と課題が楽しくて、夢中になってました。

<(_ _)>

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