第47話 二つの遭遇


 何とか義姉さんの機嫌を直すことに成功した次の日。


 俺はいつもより早めに家を出ることになった。理由はもちろん、コンビニで朝食を確保するためだ。いつもは義姉さんか母さんが作ることがほとんどのため、俺がキッチン事情に介入することはない。


義姉さんに関しては、俺が自分より料理スキルが高いことに嫉妬して、二人きりの時はなかなか料理をさせてくれないのだ。ちなみにそんな義姉さんもいつもより気持ち早めに出かけて行った。



「しっかし、昼食代を含めて渡されたのが五百円か……」



 この五百円で今日の朝食と昼食を決めなければならない。まるで借金を背負ったサラリーマンみたいな状況に俺は思わず苦笑してしまう。というか、それもこれも七瀬のせいだ。



「銀行もこの時間じゃやってないし、キャッシュカードも忘れちまったか」



 一応そこそこのお金が自分の口座に入っているのだが、俺は銀行のカードなどは基本持ち歩かないようにしているため軍資金を調達することも不可能だ。とりあえず行きつけのコンビニ内の商品でベストな組み合わせをシミュレーションしてみる。



(パンとおにぎりは一つずつ買えるな。あとは適当な総菜パンでも……)



 そうしてコンビニの方へ行くと、見慣れた顔を見つけた。誰あろう昨日家に招いてもらった雪花だ。あいつがコンビニの駐車場で一人立ち尽くしていた。



(そういや、あいつもコンビニ弁当だったか)



 いつも早く学校へ来ているのは知っていたが、こんな時間からコンビニに立ち寄っていたとは思わなかった。いつもの俺ならまだ家でスマホをいじっている。



(……ん?)



 俺が遠くから雪花を眺めていると、コンビニから見たことない生徒が出て来た。中性的な顔のせいで一瞬だけ女子だと思ってしまったが、制服を見てすぐに男子だと気づく。


そして雪花はそいつと合流し、一緒に学校の方へと歩いて行った。どうやら遠目から眺める俺には気が付かなかったらしい。ただ……



「……」

「……」



 雪花と一緒に歩いていた男子生徒。そいつと一瞬だけ目が合ったような気がした。だが俺はそれを無視して雪花たちと入れ替わるようにコンビニへと足を踏み入れる。向こうも俺のことを無視するらしく特に声をかけに戻られることもなかった。



(あの距離からの視線に気づくかね)



 久しぶりに凄そうなやつと目が合ってしまった。雪花と一緒にいるという時点で相当な曲者だということには違いないだろうが、目が合った瞬間に体が危険を感じて身構えてしまった。こんな感覚に陥るのは一体いつぶりだろうか。


「……」


今すぐにどうこうということはないだろうが、先程の彼も俺と同じ学校に通っているようだ。警戒しすぎなのかもしれないが、一応気を付けておくことにしよう。



「ま、とりあえず今は食料調達だ」



 俺は先ほどのことをいったん忘れコンビニの食品たちと睨めっこすることにした。しばらく悩んだ後、ツナマヨおにぎりと菓子パンを二つ買うことにした。


 確かこのおにぎりはテレビで酷評されていたようだが、どうやら逆にそれを利用した販売促進活動を始めたようだ。ポップにも『ボロクソに言われた……』みたいな風に書いてあるし、結果的に売り上げは伸びているとかなんとか。


 俺はコンビニから出るとスマホの時間を確認する。ホームルームまであと三十分といったところだ。ここから学校までの距離、徒歩でおよそ五分。朝ごはんとして菓子パンを一つ食べるくらいの余裕はありそうだ。



 そして俺は少しだけ急ぎ足で学校へと向かい、いつもよりスムーズに上履きを履く。



(とりあえず、教室に行く前に……)



 このまま教室に行って食事をしてもよいのだが、いかんせん朝にそんなことをしてしまうと悪目立ちする。それに俺は一人で食事を摂りたい派だ。


 俺はこの学校の地図を脳内に描き、この時間に人が居なさそうなところをピックアップしていく。



(屋上はそもそも立ち入り禁止。図書館も飲食禁止。この前言ったあそこの階段は……この時間はサッカー部の荷物置き場になってるか)



 自由に教室が開いているであろう大学などとは違い、高校で都合よく開いている教室はそう多くはない。だが、俺は今朝の雪花を見て思い出した。



(そーいえば、用具室があったか)



 以前雪花と二人きりで作戦会議をしたことがある用具室。立ち入り禁止の文字もないため何度か俺や他の生徒も利用している。今にして思えば、あの場所は何かと俺と因縁がある。


 雪花とのこともそうだし、この前は七瀬が一人で食事をしているところを目撃した。そして何より、一年前にはこの場所で義姉さんと……



(ま、今は使える場所が見つかっただけでもありがたい)



 深く考えることをやめ、俺はその場所へと足を進める。中に入ってみるが、案の定人の気配はないようだ。俺は使われていない跳び箱の一番上の部分に腰かけ、レジ袋を漁る。



「ま、栄養補給はしなきゃダメか」



 ちなみに購入したのはあんパンとホットドックみたいなパンだ。俺は朝食としてあんパンをチョイスする。ここに牛乳があれば完璧だったのだが、お茶を購入したため忘れてしまった。


 俺はちょっとだけ後悔しつつ、ゆっくりとあんパンを食べ始める。ちなみに俺は粒あんとこしあんにこだわりはなく、たまたま位置的に取りやすかったこしあんを選択した。義姉さんは粒あんガチ勢らしいが。



「七瀬の件や雪花の件もあったし、しばらくは落ち着きたいところだな」



 ここ数週間の間にいろいろなことがありすぎた。如月と雪花の件に始まり、新海、そして今は七瀬といったところか。まあ、この短い期間にこれだけのことが起きたのだ。しばらくは静かに過ごせるはず……



 ガラガラガラ



 俺がそう考えていると、用具室のドアが静かに開かれた。いきなりだったので姿を隠す暇はなかったし、向こうも人がいるとは思わず俺の顔を見て硬直していた。というか、なぜなんだ。



「あれっ、センパイ!?」


「……」



 俺が昨日散々振り回された諸悪の根源。七瀬ナツメが用具室へと足を踏み入れて来た。


 もしかしたら俺はこういう面倒ごとに巻き込まれる星のもとに生まれてきたのかもしれない。そう思いながらゆっくりあんパンを頬張った。










——あとがき——

余裕ができてきたので、更新頻度を徐々に増やしていきます。

ちなみに作者はツナマヨ(主にマヨネーズ)が苦手です。

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