第139話 拡散
俺が理事長が襲撃されたニュースを知ったのは信也に桜から電話がかかってきたことがきっかけだ。こいつには俺の連絡先をあえて教えていなかったのだが、どうやら雪花から聞き出したらしい。その際に俺が雪花組に乗り込んだことをついでに知ったのか、物凄い捲し立てで電話口に大声を響かせていた。
『いや、さすがに一言くらい声を掛けてくださいよ! 私だってこれからどうするかあれこれ考えてたのに!』
「だから、お前には他にやることがあるって言ってただろ」
『それはそれ、これはこれです! もうっ、これ絶対に信也くん怒っていますよ。こっちは穏便に交渉しようと準備を進めていたのに……』
桜には俺が理事長とケリをつける間、信也と雪花の婚約解消のために色々と動いてもらっていた。だが、それもこちらですべて済んでしまった。つまり、桜の働きは気泡と化したわけで……
『私だって、この件とは別で生徒会長として色々忙しいんですよ。それを片付けてからの行動になるわけで……』
ぐちぐちねちねちと、桜はこの期間中いかに自分が忙しかったかを朝のスケジュールから詳細に語りだした。どうやらここ最近の過剰タスクで相当ストレスが溜まっていたようだ。桜の行動にあまり意味が無くなってしまったことには素直に謝罪しつつ、俺はパソコンを立ち上げてSNSやニュースサイトを閲覧して回る。
「悪いが桜、本当に大変なのはこれからだぞ」
『……わかってますよ。今、色々と炎上していますもんね』
理事長が救急搬送されたことが速報として報道された数時間後、ネット上には様々な憶測や疑念を抱くようなコメントが溢れかえっていた。そのほとんどが、理事長の悪事に関するものだ。誰もが聞いたことのあるニュースサイトもそれを取り上げており、閲覧者数も決して少なくない。
『教育者にも関わらず反社会組織と親密にしていたり、女子生徒にセクハラまがいのことをして学校ぐるみで隠蔽していたとか。真実と虚偽が入り混ざって現在進行形で拡散されていますね』
「うちの学校の口コミを見てみろ。既にだいぶ荒らされてるぞ」
『うわっ、本当ですね。レビューが星1くらいになってます』
どうやら世間は面白おかしくうちの学校に攻撃を始めたらしい。今日は土曜日なのでまだ落ち着いているだろうが、きっと週明けの朝には学校に電話が殺到するだろう。さすがに休校とまでにはならないだろうが、きっと教職員たちはしばらく慌ただしくなるだろう。
『でも、襲撃されて救急搬送されただけなのに、どうしてこんな情報が流出して……』
「……」
おそらく三浦たちだ。三浦が働いている探偵事務所は理事長に関してかなり詳細にその行動を調査していた。今回の件を皮切りに自分たちが抱えている情報をマスコミなどを通じて垂れ流したのだろう。それが想像以上の油となり、火種は一気に燃え上がった。
「こういうとき、生徒会は忙しくなるのか、逆に業務が少なくなって暇になるのか。どっちなんだろうな?」
『……不穏なことを言わないでください。はぁ、でも今回の件で不安になっている生徒も多くいるでしょうから、そちらのケアをすることになりそうですね』
ここまで悪い意味で大きく話題になってしまったら、いやでも卒業後の進路に響いてしまう。指定校推薦などの枠も場合によっては取り消されてしまう可能性だってある。それどころか、来年入学してくる生徒も激減する可能性だってあるのだ。うちは進学校を自称しているからこそ、その影響は計り知れない。
「あっ……」
『どうしました?』
「いや、なんでもない」
SNSを見ていると、とある画像が目に入って思わず声を漏らしてしまった。どうやら特定班と呼ばれる人たちが理事長の自宅を特定したらしく、その写真をアップしているのが目に入ってしまった。確認してみると、そこは確かに俺と桜が数年前に訪ねた理事長の自宅だった。信也は今家の中にいるのだろうか。
(どちらにしろ、まともな精神状態じゃないだろうな)
俺とは違って、あいつは世間のすべてが敵だ。きっと心的な負担は計り知れないだろう。だが、そこまで追いつめてこそ俺の復讐は完遂される。むしろまだまだ足りないくらいだ。
「とにかく、お前には週明けに信也がどうでるか見ていてもらいたい。同じクラスだから、それくらいはできるだろ?」
『確かに出来ますし、元からそうするつもりでしたけど……』
俺は桜に、追い詰められた信也がどのような行動をとるか。あらゆる可能性を考慮して伝えておいた。俺の話を聞いた桜は『さすがにそこまでは……』と言っていたが、対策に越したことはない。何せ信也には、今失うものがほとんどないのだ。
「あとは……」
——コンコン
「ん?」
ふと、部屋のドアがノックされたことに気が付く。ノックの仕方からして、恐らく姉さんだろう。こんな時間に俺の部屋を訪ねてくるなんて珍しい。
「悪いが切るぞ」
『えっ、ああはい。おやすみなさ……』
どこか名残惜しそうな声が聞こえたが、俺はスマホをベッドに放り投げて部屋のドアを開ける。すると、やはり姉さんが部屋の前に立っていたのだが、どこか焦っているような表情だった。
「彼方、ちょっといい?」
「別にいいけど」
「なんか今ニュースで……って、あんたも知ってたのね」
姉さんは俺が立ちあげていたパソコンの画面を見てどこか安堵したような表情を見せた。だがすぐに顔を引き締め俺に向き直る。ただでさえ自分の進路に忙しいはずの姉さんだが、これから学校が大変になるであろうことを見越しているのだろう。
「多分これから学校が慌ただしくなると思うから気を付けなさい」
「えっ、ああうん」
まさか姉さんが俺の心配をしてくれていたとは。というかそれを言うためだけにわざわざ部屋を訪ねてきたのだろうか。たしかに学校のレビューは酷いことになっていたし、もしかしたら俺が何かショックを受けていないか確認しに来たのかもしれない。なにせ姉さんには俺が心を閉ざして塞ぎ込んでいた時期を見られているからな。
「ちなみに、あんたは何か知ってる?」
「いや、俺も今知ったばかりだから」
「そう、ならいいけど。じゃあ私はもう寝るから。おやすみ」
「うん、おやすみ」
姉さんはあくびを噛み殺しながら俺の部屋を出ていった。最近はずっと勉強漬けで今日も例に漏れず夕食の後すぐに勉強していたのでかなり疲れているのだろう。姉さんの成績は学年トップクラス……というわけでもないので、それくらいの努力が必要だと本人が自覚しているのだろう。
「進路……ね」
そういえば、いままでまともに考えていなかった。もし俺の復讐が全て終わったら、俺はどこへ進んでいくのだろうか。進学か就職、そんなことさえまともに決めていない。そんなことを考える心の余裕は、一生訪れないと思っていた。
そんなことを考えていると、なんだか眠くなってきた。
「さてと、俺も寝るかな」
俺は部屋の電気を消し、そのままベッドに入る。最後に安眠することができたのは、いつだっただろうか。もしかしたら、小学生くらいの時が最後だったかもしれない。あの時あたりから、睡眠時間が不足していても行動できるようにトレーニングしていた。今となっては懐かしい。
「……」
そうして俺は一瞬で眠りに落ちた。積み重ねた数年分の疲労を癒すように穏やかな顔だったことは、自分でもわからなかった。
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