第133話 秘密主義

 桜視点



 彼方が後輩を引き連れて橋本さんの家に凸しているなんて知る由もない私は、ここ3日ほど三浦先輩のことを調べ回っていた。生徒会長としての業務と兼任するのは大変だったが、それ以上に謎を究明したいという信念が何とか私を突き動かしてくれた。



「調べて分かったのは二つ。三浦先輩が知らないはずの情報をなぜか知っているということ」



 彼方は私の電話番号を三浦先輩を経由して知ったと言っていた。だが私は三浦先輩に自分の電話番号を教えた覚えはない。生徒会としての連絡は専用のチャットルームが存在しており、かく言う私もそのチャットを利用して生徒会のメンバーと連絡を取っている。だが使用しているアプリから電話番号を特定することはできない。


 さらに彼方が言うには、三浦先輩が体育祭の時に盗撮犯が紛れ込んでいたことを自分に教えたと言っていた。そのような事実があったことにまず驚きだが、情報網の広さが明らかに一般人にそれを越えている。


 この情報を推測して導き出される結論は、特殊な伝手を持っているスーパー高校生か共犯者の二択だ。可能性としては後者の方が高いと見ている。



 そして二つ目に分かったことは……



「三浦先輩に、妹なんていない」



 この情報を探るのが正直一番大変だった。なにせ学校が所有する生徒の個人情報を盗み見なければならないのだ。そんなことはハッカーでもない限り不可能なので、兄弟姉妹がいるかというアンケートを生徒会の調査という体で不特定の生徒に依頼した。

 もちろんその中には三浦先輩を故意に入れた。そして正確に答えてくださいと念押しして書いてもらった結果、彼は兄弟姉妹はいないと回答した。


 彼方曰く、三浦先輩は妹に信也くんが手を出してきたと言ったらしい。だがその情報の信憑性が一気に吹き飛んだ。



「先輩を疑うような真似、本当はしたくないんですが……」



 ここまで調べた結果、三浦先輩に何か秘密があるということは明白。だからこそ、その先の情報が知りたい。少なくとも、彼が橋本さんにとって敵なのか味方なのか。



「だからこそ、結局自分で体を動かすのが一番早いんですよね」



 生徒会としての業務が終わった私は、学校の中から校庭の様子を伺っていた。ちょうど今は三浦が所属するサッカー部が練習の片づけをしている最中だ。



(もう引退しているはずなのに……)



 サッカー部はつい先日、県大会に出場し惜しくも決勝戦で敗退した。それを期にサッカー部の3年生は引退し徐々に新体制に移りつつある。しかし三浦は後輩たちの手伝いをするため未だに練習に付き合っているようだった。



(やっぱり、根は良い人に違いない気がするけど……)



 だが、一見大人しそうに見えてえげつないことをする知り合いが何人かいるので何とも言えないところだ。そして三浦が後輩たちに手を振って一人帰路に就くタイミングで、私も学校を出た。



(三浦先輩を尾行する。少なくとも、これが素上を知る上で一番手っ取り早い)



 すっかり日も落ちて、徐々に街灯がつき始める中私は気配を殺してずっと三浦先輩の後をつける。十分に距離を保つことで案外尾行というのは気付かれないものなのだ。それに三浦先輩はスマホを弄りながら歩いているため注意は散漫だ。尾行としての難易度は非常に低い。


 そうして後を付け回しながら、三浦先輩の目的地を分析する。たしか彼は電車通学と言っていた。だからこそ最初は駅の方角へ向かうと思っていたのだが……



(駅とは逆方向ですよね?)



 スマホを弄りながら三浦は迷う素振りを見せず陽の落ちた街を歩く。どうやら道を間違えているわけでもない用だ。まさか、電車通学ということまで嘘だということだろうか? 何が真実で何が嘘なのか、



(それにしても、どんどん人が少なくなってきましたね……)



 今のところ気付かれている様子はないが、どんどん道行く人が減ってきた。ここまで物陰や電柱を上手く使い十分に距離を取って背後をつけて来た。しかし、それもどんどん難しくなってくる。



(けれど、明らかに怪しい)



 部活終わりの高校生がこんな時間に帰らずぶらついている時点で既に違和感をぬぐえない。ここまで来たら最後まで追跡したいが、ここでバレて私の存在を露呈させてしまうのも得策ではない。


 続行か断念か。



(……やるしかない)



 私はつい先日まで元気に登校していた橋本さんの顔を思い出し、諦めるという選択肢を捨てる。どちらにしろこの機を逃してしまえば次に同じシチュエーションが都合よく訪れるとも限らないのだ。ならばここは続行あるのみだろう。



(けれど三浦先輩、一体どこに向かって……)



 スマホを触りながら歩いている三浦先輩。誰かとメッセージのやり取りでもしているのだろうか。そして三浦先輩はしばらくすると足を止め周りを見渡すようにキョロキョロし始める。慌てて物陰から顔をひっこめた私はスマホ越しにカメラを向け、三浦先輩が路地裏の方へ入っていくのを見届ける。



「……」



 そして私も足音を殺しながら三浦先輩が入っていった路地裏の方へと近づく。少なくともこんな場所に人の家や高校生が立ち寄る飲食店があるはずもないので警戒心は先程より高い。



「……っ」



 そんな警戒心むき出しの状態だからこそ気づけた。誰かがこの路地裏の入口にぴったり張り付いている。きっと次に路地裏に入って来たものを襲うため待ち構えているのだろう。息を殺しているとき特有の気配がすぐそこから感じられた。



(尾行に気づかれていた!?)



 慌てて距離を取るための行動をしようとするが、私は思いとどまった。ここで逃げてしまえばどちらにしろ何も得られなかったという結果には変わらない。それならば、ここはあえて飛び込んでみるべきでは?



(……鬼が出るか、蛇が出るか)



 私は覚悟を決めて、路地裏の入口へと身を乗り出す。



 バッ!



 その瞬間、私の肩をめがけて手が伸びてきた。いきなり飛び出してきた手を見て驚き私の体が固まった瞬間に肩を掴んで拘束する……という魂胆だったのだろう。確かに予期せぬ現象が起こってしまった際、人間はどうしても硬直してしまう。



 パンッ!



 今度は乾いた音が真っ暗な路地裏に鳴り響く。待ち伏せという手段を選択した時点で後手に回る分、こちらが一気に畳みかければまず負けることがない……と、どこかの誰かさんに教えられた。私はそのまま相手の体に飛びかかり、その両肩に全体重をかけて組み伏せる。



「ちょ、なっ!?」



 反撃が想定外だったのか、それとも私の顔を見て驚いたのか、完全に度肝を抜かれたその人物は何もすることができず私の下に組み伏せられる。そしてそのまま膝で体を押さえつけ、身動きができない程度に力を込める。筋力には自信がないが、どこに力をかければ相手が痛がるかはこの数年で熟知している。



「レディ相手にずいぶん荒いことをしてくるんですね、三浦先輩」



 三浦先輩は驚いた顔で私のことを見つめてくる。特に意図してはいないのだが、私は高校に進学してからというものこのような荒事を行っていない。だからこそ、まさか私がこんな派手に立ち回れるとは思いもよらなかったのだろう。



「……まさか、桜ちゃんに付き纏われていたとはね」


「やはり、気づいていましたか」


「いや、誰かがいるような気がしてスマホのカメラで確認してたんだよ。そしたら女の子っぽいフォルムだったから、てっきり俺のストーカーかと……っていだっ!?」


「それ以上ふざけたことを言ったらもっと膝をめり込ませますから」



 そう言って私は三浦先輩にさらに体重をかける。女の子相手にあんな風に手を出すのもどうかと思うのだが、こうなってしまった以上、それよりも先に聞かなければならないことがある。



「それで、先輩はこんなところへ何をしに?」


「ちょっと散歩に……痛いって!」


「わかったら、キリキリ吐いてください」



 こういう尋問は正直彼方の方が得意だ。心の隙間に入り込んでいつの間にかすべてを吐き出させる心理的アプローチ。しかも疑似的なマインドコントロールというおまけつきだ。だが、私にはそんな器用なことはできない。だからこういう風に圧をかけて直接言わせざるを得ないのだ。



「では、質問を変えましょうか。あなたは何者なんです? どうやら高校生にそぐわない情報網をお持ちのようですが」


「……」


「これでもまだ優しい方なんですよ? 何せ生徒会でお世話になった先輩なんですから。だから、どうか私が優しいうちにすべて話してくださいね?」



 ギリギリと、軋むような音が聞こえそうなくらい強めに三浦先輩の上半身を拘束する。地面にしっかり体をつけていれば、足を拘束しなくても身動きをできなくさせることができる。顔をしかめるのを堪えているらしい三浦先輩だったが、やがて観念したのか完全に脱力し降伏する。



「俺の正体が知りたい、だっけ?」


「……もったいぶらずに、早く話してほしいのですが?」



 そう言って早く白状するように迫るが、意外にも三浦先輩は素直に話そうとしない。だが、どこか諦めた表情をしているのは事実だ。そうしてしばらく待つと、三浦先輩は再び口を開き……



「とりあえず、場所変えない? そっちの方がお互いのためになるし、何よりわかりやすいと思うから」

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