第89話 噂の転校生


 それから数日間。俺から具体的な動きをすることはなくただただ時間が過ぎていった。今日はちょうど週末明けの登校日。三浦の話が本当なら、今日あいつが転校してくる。どうも俺のクラスではなく隣の新海クラスという情報だけは耳にすることができたが、果たしてどのような化学反応が起きるのだろうか。途中から不登校になってしまった俺には最新のデータがないのだ。



「おはよ」


「うん、おはよう」



 俺はリビングへと移動しすでに起床していた姉さんと挨拶をする。今まで姉さんは生徒会の都合で俺がリビングへ降りてくるころにはすでに学校へ登校していたのだが時間に余裕ができたのか朝はのんびり過ごすようになっていた。

 だが、俺たちが二人で登校することはない。どちらかが拒否したというわけでもなく自然な流れでそうなった。当たり前のように登校時間をずらし、ごく自然に挨拶をして家を出る。ぶっちゃけてしまえば今までと何ら変わりない。


 ただ、今までと違う点は……



「ほら、早く顔洗ってきなさい。待ってたんだから」


「ごめんごめん」



 今までと違う点は、一緒に朝食を食べるようになったという点だろうか。登校時間の違いから今まではそれぞれの朝を過ごしていた俺たちだが、今では同じ朝を共有するようになった。これが俺の日常生活で大きく変わった点だろうか。



「「いただきます」」



 そうして俺は姉さんが作ってくれた朝食を食べる。トーストにサラダとほとんど火を使わない簡単なメニューだがそれでも作ってくれることはありがたい。それに今までと比べて作ってからほとんどタイムラグがないおかげで冷えていないのだ。とても暖かい。



(さて、とりあえず様子見だな)



 トーストを頬張りながらこれからの方針を考える。雪花姉弟にちょっとした働きかけをしたが、まだ向こうから具体的なアクションは返ってきていない。俺の見立てでは今週中にでも向こうから再度接触があると踏んでいるのだがひとまずそれは保留とする。



(俺だけじゃない。新海にとっても、これは乗り越えるべき壁になるな)



 俺はあの体育祭以降とある可能性を抱いていた。すなわち、あの走りを見た新海が俺という存在に気が付いてしまうこと。こちらはまだ調べてないので何とも言えないが、あいつのことだから気づかれている可能性の方が高い。


 俺の存在に気が付いた新海は間違いなく俺のことを探そうとしただろう。だがいまだにその動きがみられない。その原因として間違いなく信也転校が引き金になっている。きっとあいつに対して新海もどこか思うところがあるのだろう。



 三つ巴の戦いになるか、それとも二人が結託し俺対二人になるか。どちらにしても俺にとっては不都合な展開になるだろう。しかも味方がほとんどゼロなのだから笑えてしまう。



(けど、最終的な目標は決まってる)



 今はそこに向かって愚直にひたすら突き進んでいくだけだ。



そうして俺は姉さんの後に家を出る。途中でコンビニにより昼食を購入するといういつものルーティーンを欠かさず、普段通りの朝を過ごす。

 そして俺が学校につき教室に入る。向こうのクラスはどうか知らないが、少なくともこのクラスでの変化はほとんどない。俺の隣に座る、物静かな隣人以外は。



「……」



 雪花はいつものように本を読むでもなく、組んだ手の上に顎を置きノイズキャンセリング機能付きのイヤホンをつけてぼーっと虚空を見つめていた。今まで雪花の隣だった俺だからわかる明確な変化。今の雪花は、どこか感情というものが消え失せたように見える。だが、その瞳だけは死んでいない。



(焦り……緊張。もしくは憎しみ)



 そのような感情が雪花の胸中を渦巻いているのを察した。雪花家と理事長たちが繋がっていると仮定して、その時こいつはどのような立ち位置にいるのか俺なりに考えてみた。少なくともリスクがあることに加担するような奴ではないことは確かだ。



(それなら、雪花翡翠のあの焦りに説明がつかない)



 先日あった翡翠はどこか焦燥感に駆られていた。俺と接触するなんて早計な行動をとったのも多分そのせい。つまり、雪花姉弟に直接かかわるような形で何か厄介ごとが降りかかろうとしていることになる。それが今回の信也転校に直接関わってくると思ったのだが……



「……」



 ともあれすでにタイムリミットは迎えてしまった。俺にできることは猶予があった内にすべてやり尽くした。ならばあとは、時が来るまで傍観するだけだ。少なくとも自分の安全は確保するが、その他の有象無象は全く考慮していない。果たして奴はなんのために転校してきたのか……



(さて雪花、手遅れにならなければいいな……俺みたいに)



 本心でもないことをないがしろに願い、俺は流れに身を任せる。





 そして時が進みホームルームが終わると明らかにいつもとは違う。徐々に隣の教室からざわざわ声が聞こえてくるのだ。騒がしいのはいつもの事なのだが、今日はどこか異質なざわめき。とうとう来るべき時を迎えたらしい。



「ねぇ、隣のクラスに転校生が来たんだって!」



 俺たちのクラスで転校生がやってきたという噂が広がるのにもそう時間はかからなかった。何でもイケメン男子が隣のクラスに唐突に転校してきたとのこと。この学校で転校生など滅多にいないので話題に飢えているここの連中が食いつくのも無理はない。


 すでに部活動勧誘などもされているらしく、本人の性格もぱっと見良いとのことで女子を中心に注目されているらしかった。一方の男子たちも女子にそこまで言わせる転校生に嫉妬よりも先に興味を持ったらしく後で見に行こうとまるで動物園のパンダ扱い。



(唯一のメリットは、兎面の男の噂がかき消されることだな)



 噂というのは新しい噂が舞い込むことで一気に存在感を殺される。ましてや自分たちに身近な噂ならなおさらで、少なくとも今から数日は注目されることとなるだろう。



(……雪花は、朝から変化なしか)



 朝からずっと様子のおかしかった雪花だが、いまだに朝から変化はなくどこか上の空で外の景色を見つめていた。何を考えているのかは俺でもわからないが、こいつが動かないなら俺も動けない。いつもは一人で物事の片を付ける俺だが、過去の反省を生かし今回は一人で行動することは極力避けたい。


 そのために、何かに巻き込まれているであろうこいつの力も必要になるのだが……



「……」



 そうして雪花は、その日学校に来ておきながら一言も言葉を発さなかった。
















 時は遡り数十分前。隣のクラスにやってきた男はみんなの前で自己紹介を始めていた。



「えーっと、獅子山信也ししやましんやです。よろしくお願いしまーす」



 少し気さくそうな男。少なくともこのクラスの生徒たちはそんな印象を彼に抱いただろう。ポケットに手を突っ込みながら軽々しく挨拶するその姿はどこか大物感を漂わせる。


 その姿を見たかつての友人、新海桜は二重の意味で驚く。



(信也くん……変わりましたね)



 以前の彼は物腰の弱そうな印象があった。だが今の彼はどこか不敵そうな態度で以前の面影は全くない。そして何より驚いたのは、彼のどこか違和感のある姿。



(髪の毛にちょっと違和感がありますね。もしかして、染めてた?)



 今の彼はほとんどの生徒と同じ黒髪なのだが、どこかその黒に違和感を覚える。まるで直前になって黒染めしてきたような違和感のある黒。おそらく少し前まで別の色に髪を染めていたのだろう。加えて、彼の耳。



(ピアスの穴。それにちらりと見えたけど首元に黒い痣。少なくとも中学の時はありませんでしたね)



 不良を卒業した直後。彼と親交があった桜はあり得ないと思いながらもそのような印象を信也に抱いた。あの首元にある痕は一体なんだろうか。まるで刺青をしているかのような……



「わー桜ちゃんじゃん。おひさー」


「え、あ、はい。お久しぶりです信也くん」



 ちょうど自己紹介が終わり先生に座席を指示された信也は席に向かう途中、桜にそう一言声を掛けた。それだけでも周りの生徒はざわついたのだが、桜と信也はそれを全く気にかけずただ一瞬目を合わせただけでお互いに目線を逸らす。そうして信也は何事もなかったかのように自分の席へと向かっていった。



(中学二年生になった後、まるで彼の後を追うように姿を消したと思ったらまた現れた)



 長期休みの後、何も言わずに彼は別の中学に転校した。いきなりの転校だったので私を含む当時のクラスメイト達はざわめくように驚いていた。一体どこに行ったのだろうと思っていたのだが、もしかしたらそれを聞くチャンスかもしれない。



(もしかしたら、もわかるかもしれない)



 新海桜は橘彼方のことを憎んでいる。だがそれと同時に疑ってもいる。が真実であるはずがないと。そのために数年間、彼女なりに沢山のことを調べていたが結局何もわからず終い。だからこそ彼女は常に真実を追い求めていた。



「……ぁ」



 そこで桜はふと気づく。それはつい最近の体育祭のリレーでの出来事。そしてそこから推測し、一つの結論に至る。



(橘彼方が現れたから、彼が再び現れた?)



 そうしてホームルームが終わり束の間の休み時間。彼は時の人となってしまい結局話すことはできなかった。










——あとがき——


どうも、テスト期間真っただ中の在原です。まだ未公開な新作の書き溜めと合わせてごり押しで毎日を過ごしていたので更新が滞ってましたができるうちに更新しておきます。

私も自分にできることを毎日全力でやっているので一緒に乗り切りましょう! みんな、夏休みがすぐそこで待ってるぞっ!!!


【悲報】在原、編入生のため単位が足りず大学の夏期講習として複数の特別プログラム(必修の単位を落とした人や超ハイレベルな知識を追い求める人用)に強制参加になってしまい夏休みがほとんど潰れました(涙)

なお親からはとっとと車の免許を取れと毎週のように催促が来ます。まだ自動車学校に入校すらしてません。はい、終わりですwww(泣)

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