第39話 初めての油断


 雪花に面倒ごとを押し付け数日が過ぎた。どうやら相当映画の出来が良かったらしく、頼んでいた感想文は箇条書きでまとめてもらったにも関わらずおよそ十ページにも及んだ。


 俺も一応ネットを使って大体のストーリーを調べてみたが、雪花の書いている感想があまりにも多すぎて、うまく物語と結びつけるのにかなり時間がかかった。挙句の果てに最後には、感想ではなく多くの考察が書かれておりよほどこのシリーズが好きなのだと伝わってくる。



 ちなみに七瀬が演じた女子生徒について雪花に聞いてみると


『………………ああ』


 記憶力が良いはずの雪花が思い出すのに相当な時間を有していた。そういう意味では本当に脇役の中の脇役だったのだろう。まあ、高校一年生で映画に出演できるということ自体凄いことなのだろうが。


 そんなことを思いながら学校へ向かって歩いていると、およそ数週間ぶりに見知った姿を見かける。誰あろう、注目の人物である七瀬だ。


 以前まではストーキングのようなことを大勢の生徒にされていたはずだが、最近ではすっかり落ち着いている。俺がパッと見た感じでも七瀬に気を向けている生徒はほとんどいない。良くも悪くも高校生活に馴染んできたのだろう。



 そんなことを考えていると、急に七瀬が後ろを振り向いた。そして、七瀬の方を見ていた俺とバッチリ目が合う。


(あ、ヤバ……)


 俺がそう思い進路を転換しようと思ったがすでに時遅く、七瀬は速足でこちらの方へ歩いてきていた。しかも、めちゃくちゃ早い。


 そして俺は逃げる暇もなく七瀬と向かい合うことになってしまう。そして七瀬は俺に笑顔で話しかけてきた。


「センパイ、おはようございます! 朝から会えるなんて、奇遇っスね」


 幸いまだ人には気づかれていないが、七瀬はとんでもなく目立つ。だからこそ急いでこの場を逃げるように離れたかったのだが、それはそれで不自然だ。ここは、リスクを犯してでも留まるべきだろう。


「……七瀬か。おはよう」


「センパイ、朝から暗いっスねぇ。もう少し明るく過ごしたらどうっスか? ニパァーって」


「俺はそんなキャラじゃないが?」


 というかなんだよ、そのひぐらしが鳴きそうな子供の笑い方は。昔はしていたのかもしれないが、今はできて愛想笑いが精いっぱいだ。


ちなみに七瀬はモデルということもあって一瞬で笑顔を作り出していた。その技術だけは素直に俺も学んでみたい。


「そうそう、センパイに聞きたかったんスよ! この前試写会があったはずっスよね? 参加していただけましたか?」


「あー……面白い内容だったよ」


「若干間が開いたのが気になるっスけど、楽しんでいただけたのなら何よりっス」


 少し怪しまれているが、誤魔化すくらいなら問題なさそうだ。ただこの女、妙にまとわりついてくる。俺が歩くとほとんど同じペースで隣を歩いてくるのだ。



「おいおい、週刊誌とか大丈夫なのか? お前が男と歩いていて」


「これくらいなら問題ないでしょう。男子と話すことが禁止されているわけではありませんし、噂をされたところで私は痛くもかゆくもないんで」


「いや、俺がかなり気にするんだが」



 俺は今までクラスの連中とあまり話すことがなかった。だが俺と七瀬が一緒に仲良く歩いていたとか、そういう噂が独り歩きしてしまえば注目を受けてしまうのは確実。だから本当は今すぐにでも逃げ出してしまいたいのだが……と、そうだ。


「そうだ七瀬、俺はコンビニに寄らないといけないからここら辺で」


「おお、そうでしたか。邪魔をしてしまって申し訳ないっス」


 そう言って俺は七瀬から離れ、やや早歩きでコンビニの方へと足を運んだ。端っこにあったカーブミラーを見てみると、まだ俺のことを見つめている七瀬。背中に視線が張り付いているのがわかる。



「……やっぱり、似てる」



 七瀬がそう言っていたのが、最後に聞こえた。




   ※




 時は進み、四時間目。今日の四時間目の授業は体育でサッカーをすることとなっていた。


(あー……チョー楽)


 一見球技など面倒くさいと思うかもしれないが、サッカーやバスケなどは話が別だ。複数人で行う競技は、うまく立ち回れば一度もボールに触れることなく時間が過ぎ去る。だいたいハーフラインのあたりに立っていればいいので、言ってしまえばコート上で一人散歩をしているようなものだ。


 たまに俺の方にボールが転がってくるが、味方にパスをすればいいだけだ。だが、そうはいかない場面ももちろんある。


(ヤバ、少し奥の方に入りすぎちゃったな)


 校舎に飾ってある時計に気を取られて歩いていると、意外と奥のほうまで進んでしまっていた。そしてそんな時に限って、ボールが転がってきてしまう。


「うおお! 椎名。頼む!」


「決めてくれー!」


 同じチームから飛ぶ声援。だが、俺は完全にやる気がない。一応ボールを受け取り足で転がすが、そのまますかさずボールをけり上げてしまう。


(狙いは……ゴールポストでいいや)


 やる気がないのは事実だが、少しだけ遊んでみたいと思うのも事実だ。だから俺は難しいとされているゴールポストを狙いボールを蹴った。そして


 カーン!


 見事に狙いは的中し、そのままボールは大きく跳ね返る。そしてそのまま味方の連中が何とかボールを取り返した。


「いや、今のめちゃくちゃ惜しくね?」


「でも、あそこで蹴り上げるかね普通」


 俺に対して素直に感心してくれる者や、やる気のなさに呆れ返っているものがチラホラいる。だがそんなことを無視して俺は再びコート内を散歩する。ちなみにミスディレクションを練習しているので、何とか体育教諭の目は誤魔化せていると信じたい。


「……?」


 グラウンドのすぐ隣にあるテニスコートでは、女子たちの歓声が上がっていた。目を凝らしてよく見てみると、如月と雪花がシングルで一騎打ちをしていた。


「瑠璃ちゃんやるわね、でもまだまだこれからが本番よ!」


「……ちっ、しぶとい」


 陸上部の体力を生かしてコート内を縦横無尽に駆け回る如月と、技術とセンスで的確にボールを打ち返していく雪花。雪花に関しては最低限の動きを心がけておりフォームも妙に様になっている。もしやテニス経験者だったのか?


 そんなことを考えていると、急に何かが近づいてくる気配がしたので、俺はとっさに振り返る。


「あ、危ない椎名っ!」


 俺が振り返ると、サッカーボールが顔面目掛けて思いっきり飛んでくる。避けようと試みるがさすがに間に合いそうにない。


(……ちっ)


 雪花のような舌打ちを心の中でしながら俺は思いっきり足を上げる。真横から見れば百八十度近く開いた俺の足による蹴りは、顔面に迫るボールの衝撃を完璧に打ち消した。こういう時にこそ時折やっている柔軟が役に立つ。


 そしてそのまま空中を落ちるボールを逆の足で思いっきり蹴り上げた。ボールは十メートル以上ほど上昇し、ちょうど味方が固まる場所へ落ちていった。


「お、おおっ、すげーじゃん椎名!」


「見間違えじゃなければ、めちゃくちゃ股関節開いてなかったか!?」



 常人から見ればとんでもない柔軟性を見せつけてしまった俺。それに加えて、長距離に及ぶパスを繰り出したことにより、とんでもない注目が集まってしまっている。


(あー……やっちゃった)


 やはり痛みを承知して顔面でボールを受けきるべきだったかと俺は後悔する。油断していたわけではないが、完全に体育教師に睨まれてしまっている。たしか彼はサッカー部の顧問を兼任していた。色々な意味で、俺に思うところがあったのかもしれない。



 とりあえずその後はボールからできるだけ離れてコートを走り回ることに努めるのだった。










——あとがき——

今まで21時更新を心がけていましたが、21~24時くらいを目安に更新したいかと。どうかお許しを、、、


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